序章『とある少年の前世―1―』
恋愛ものとして書いたつもりなんですが、いかんせん酷くズレたものになってる気がします。
それでも、と読んでくださる方がいらっしゃいましたら、最後までお付き合いして頂ければ恐縮です。
撫でられるよりも、殴られることの方が多かった。
それでも俺が母さんを慕っていたのは、母さんしか俺にはなかったから。母さんだけが俺の世界であり全部だった。
俺のことを母さんは「愛してる」と言った。俺はそれが嬉しかった。母さんが俺を殴るのは、母さんが俺を愛している証拠なのだ。俺を想っていてくれるから、母さんは俺に手をあげるのだ。だから、俺も母さんが好きだった。愛していた。
だから――
「ねぇ、生きたい?」
俺に向かって目の前の彼女は、そう口を開いた。
正確な時刻はわからないが、今が真夜中であることだけ
はハッキリと言えた。辺り一帯は団地だが、部屋の電気が点いてるところは殆ど無く、空は黒い雲だらけで、ときおり雲の隙間から丸い月が姿を出しているぐらいだった。
俺は地面に大の字に寝そべっていた。地面は固いコンクリートで、まだ夏の暑さが残る初秋の所為でわけのわからない生温かさが残っていたので、真夜中だというわりにはあまり冷たく感じなかった。
(生きたい、か……)
彼女の言葉を頭の中でオウム返ししながら、俺はなんとか動く目玉だけを使って、自身の直ぐ横に建っているドでかいマンションを見た。
随分と高い位置で風に煽られて外に出てしまっているカーテンらしきものが、目に入った。あんな高い位置から自分は落ちたのかと、改めて自分のしたことを理解する。そして同時に、それでも未だ生きている自分の運に対して良いのやら悪いのやらと呆れた。
これまで生きてきた人生が、頭の中に自然と流れてきた。ヒューヒューと口から出る呼吸音は虫の息そのものだし、どこから出ているのやら、体内の血はドクドクと外に流れ出ていくし、あぁこれがいわゆる走馬灯というやつですか、と俺は理解した。
どの記憶にも、大好きな母の姿があった。怒っている姿が一番多かったけど、ちゃんと笑っている姿の母もあって、それを思い出すと自然と俺も笑顔が溢れそうになった。
今まで見てきた母の姿が思い出される。物心ついた頃の記憶のものから最後に見た母の姿――そこまで辿り着いた瞬間、俺は酷く泣きたい気分に襲われた。
(結局、最後まで俺の人生は母さん中心だったなぁ……)
でも、いくら俺がそうであっても、母はそうじゃなかった。母の中心にいたのは俺じゃなかった。俺はそのことを知ってしまったのだ。
だから、これ以上生きていても意味は無かった。でも、別に死にたいと思っていたわけでも無かった。とにかくあの場にはいたくなかった。あの場じゃなければ、どこでも良かった。
(生きたいか、死にたいか……)
それはわからないけど、一つだけ確かなことはある。
「…………った」
か細い呼吸音の中に混じって漏れ出た俺の声に気づいた彼女が、「ん?」と首を傾げた。
「あい、され……たかっ……たなぁ……」
誰でもいい。愛されてみたかった。
「……そう、わかったわ」
俺の言葉を聞いた後、彼女は一瞬だけなにか考えるような素振りを見せてから頷いた。そして、ニンマリと笑って口を開いた。
「じゃあそれを叶える手伝いをしてあげる」
手助け。一体どうやって。俺はもう死ぬのに。
視界の中が徐々に白いボヤで覆われていったかと思うと、その端々から黒い闇に覆われていく。もう、呼吸音すら聞こえない。
暗闇の中、俺は最後の走馬灯を見た。それは、大きな暗い窓ガラスに映る自分の姿で――……
「人生に『愛』は必要不可欠なものよ。友情も家族も親切も勿論恋愛も、皆誰かを想うという『愛』で成り立っている。『愛』の無い人生なんて無い。だから貴方にも『愛』のある人生をあげるわ。神様はいつだって皆を平等に『愛』している生き物だから――まぁ、天界の神様に限ってだけど」
(神、様……?)
ゆるやかに耳に届いた彼女の言葉に、ぼんやりと疑問を抱くと同時に俺の意識は完全に闇へと落ちて行ったのだった。