エピソード1 誠一の話その1
小さい頃に、両親と離れ離れになった俺は、親の代わりに、跡取りとして、親の実家で大事に育てられた。
成績優秀は当たり前の世界の中、特に出来の悪い子だった俺は、小・中と先生に目をつけられ、クラスメイトには虐められていた。
家に帰ると毎日のように説教、人一倍負けず嫌いの俺は、何とか1位をとり、周囲を見返してやろうとがんばった。
そのおかげで、高校では地元のそこそこの学校で、1位を取る事が出来た。
俺は、自慢げにその報告をしにいったが、爺と婆は「じゃー。次は、もっといい学校狙いましょうね」と、言って、褒めてくれなかった。
我慢の限界だった。
それから段々と、学校には行かなくなり、部屋に篭る事が多くなった。
唯一の楽しみは、TVのお笑い番組と、PCで、同じお笑い好きの、見知らぬ誰かと、話すことだった。
「ねぇ。君は、お笑い芸人目指さないの?」
ある子にそう言われて、自然と心弾ませてる俺がいた。
考えもしなかった。
自分がTVの中側の人間になるなんて・・・・・・。
それから、日増しに、お笑い芸人になりたい欲求は増えていった。
当時は、俺みたいな人に、一人でも多く、笑顔を作ってもらいたいなどと、語っていたが、今考えると、ただ自分を認めてほしかった、だけなのかもしれない。
俺は、部屋に篭ってる時間を、バイトと、お笑いの研究する時間に費やした。
最初反対してた爺と婆は、いつの間にか諦めたのか、高校だけは卒業するという約束のもと、上京を許してくれた。
約2年、上京資金を貯め高校を卒業し、東京へと駆け出していった。
「1番キットカットです。暗転板付きで、よろしくお願いします」
俺は、お笑いの養成学校に入り、コンビを組み、ネタ見せの毎日を続けた。
いつの間にか、つるむようになった大樹と、カズの3人でいつも行動を共にし、それぞれコンビを組み、ネタ見せをする中、美術館や演劇めぐりなど、ネタの参考になりそうなものを探す毎日を続けた。
「なあなあ、やっぱ今一番おもしれーのは、俺らベーコンエッグバカだよな?」
「あほか、ネタの最初に下ネタって入れるコンビが、一番のわけねーだろ!!」
「えぇ。おっぱーい。おもしれぇじゃん。きもちいいし、なあ?」
「ま、男は好きだよな、おっぱい」
「だろ! 男は好きなんだよおっぱい」
「お前、またカズにいい加減な事を」
「それより、次は水族館いかね?」
「いいねぇ」
ネタ見せでは、それぞれウケる事はなかったが、それでも、充実した毎日が続いていた。
「こないだのウツボ、すげぇ面白かったな」
「確かに。あれ、山田講師そっくりだったし」
「うんうん。今度お前、あれでネタ作れよ」
「バーカ。俺は怒られるような事はしないの」
「大樹様は相変わらず、堅実ですのう。なぁカズ」
「ああ。そうだな」
「なんだお前、元気ねぇじゃん。ババアのオッパイって、はしゃいでたくせに」
「まぁな」
カズはその日、珍しくノリが悪かった。
「へんな奴。そんな事よりさ、次は上野動物園いかね?」
「水族館と、あんまかわんねぇじゃん」
「いあ、あそこ美術館もあるからさ、色々回ろうぜ」
「お! いいね。いつにする?」
「ごめん。俺パス」
初めてだった。
カズが、誘いを断る事など、今まで一度もなかっただけに、俺はたぶん、大樹もだろう、妙に不安だった。
「珍しいな。まさか、彼女でも、出来たんじゃーねーの?」
「うん。実は・・・・・・」
そのまさかだった。
カズはその後、彼女が出来た経緯と、本気で好きな事。
そのために、お笑いを諦めて、就職する事などを話した。
「ハハッ。お前つまんねーと思ってたけど、まさか、そんなにつまんねぇ冗談、言うと思わなかったぜ」
「ごめん。本気なんだ」
「だから、つまんねーって」
俺は、本気でキレ始めた。
「やめろって、カズが本気なら、しょうがねーじゃん! いつまでも、売れないまま、ダラダラとこんな事するより、真面目に働いたほうが、幸せなんだからよ」
「お前までそんな事・・・・・・いいのかよ! 俺らみんなで、お笑いのテッペン目指すって、約束したじゃねーのかよ」
「ごめん」
カズは、申し訳なさそうに言った。
「ごめんじゃねーよ!」
俺は、カズの胸倉をつかんだ。
殴る気はなかったが、気持ちの整理がつかず、どうしようもなかった。
「お前、いい加減にしろよ」
そういって、俺とカズを突き放した。
「いい加減、現実見ろよ! 俺らはお前ほど若くないし、賢い生き方しかできねーんだよ」
俺はその時、何も言えなかった・・・・・・。
自分勝手な事しか思い浮かばず、カズに「おめでとう」の、一言も言えなかった。
次のネタ見せに、大樹もカズも、顔を出さなかった。
その日の俺は、ボロボロで、ウケない所か、ネタも満足に出来なかった。
ネタ見せ終了後、相方に「解散しよう」と言われた。
いつも3人で遊んでた俺は、養成所の奴らに、遅れをとっていた。
どうやらそれが、原因らしい。
M−1が始まる一ヶ月前に、俺はまた・・・・・・。
一人になってしまった。