最期の闘い
プリンは一週間死んだように眠り続け、激闘から八日後の早朝に目を覚ました。激痛がプリンを襲った。頬には乾いた涙のあとがあった。
なにか哀しい夢を見ていた気がする、
(死にぞこなってしまったな…)
プリンは痛みを堪えて体を起こした。
「ようやく、目を覚ましましたか」
現れたのは、女性と見間違えるほどの美少年。名を金丸と言うらしい。
金丸からその後の、のべ黄門の動向を聞かされたが、プリンの耳には入らなかった。 プリンにはもう興味がない、死ぬ気力さえ無くしていた。
数日プリンはただ空を眺めて日を過ごした。周りは気でも触れたか、と噂した。
激戦から2週間、惑星スイーツから援軍300がたどり着いた。
プリンは引きづられるように、援軍の指揮官の前に拝謁させられた。
「今までの戦いの経緯を教えてもらおう」
権高の指揮官はプリンを見下ろし言った。プリンはそっぽを向いて答えない。おい!と周りの衛兵がプリンを怒鳴りつけた。
「見たところ、ずいぶんと弱そうな援軍ですね」
プリンはぴしゃりと吐き捨てた。
事実、この300の兵は実践経験のない、新卒隊員の集まりだった。
そして、この指揮官もまた実践経験のない下っ端役人で、スイーツ上層部の陰謀で無理矢理に階級特進させて、指揮官にしたてあげた男だった。
つまり、体面上の援軍である。任務は奮闘して死ぬこと。勝利は求めていない。
「私は戦う気は毛頭ない!ましてや貴様のような愚人のもとでなどな!」
その瞬間、プリンを数本の槍が襲った。
が、次の瞬間には槍を持った兵が斬り倒されていた。
プリンは悠々とその場をあとにした。
深夜、プリンの寝室に珍客が現れた。 艶があり少し低い声が名を名乗る。
「シシリアーナ」
噂に聞いていた女帝は、身なりはボロボロだが確かに美しい。大きくて、気持ちつりあがった瞳は、何かを成し遂げようとする意志の強さを感じた。
「帰れ」
プリンにはなんとなくその用向きがわかった。
「魔法少女プリン!貴女の下で黄門を倒したい」
(やはり…)
単刀直入に言うシシリアーナ。プリンの予感は的中していた。
「わたしには何もないぞ。スイーツからの軍は別の指揮官がいて決別してきたばかりだ。そして、ここの軍も家禿の軍でわたしには関係ない。」
シシリアーナは笑った。そしてプリンの目の前まで近付くと、
「家禿の軍は貴女の一声で動きます。貴女を盟主として仰いでいることを知っているでしょう?」
「……」
確かに将軍家禿はプリンの下で働くと言ってきていた。
「そしてね、スイーツのあの部隊の隊長、暗殺されましたよ。ついさっきね」
そう言ってシシリアーナはキャハハと笑った。
「キサマ…、まさか…」
シシリアーナからはぷんぷんと血の臭いがしていた。
「これで、階級では貴女の上はいない。自然貴女が指揮をしなければいけない」
「私の手持ちの手勢五百を合わせて、総勢一千。貴女の軍だ。」
「たったの一千で何ができる!」
プリンの言葉には怒気が含まれている。
「黄門の軍は一千ありませんよ。」
シシリアーナは薄笑いを浮かべて言うと、背を向けた。
「決断の時です。では」
シシリアーナは、そう言って早々に部屋を出て行った。
遥か遠くで戦闘の始まる音が聞こえた。 目的地は敵本陣。少数で真後ろに回り込み黄門を討つ。シシリアーナを先頭とし、シシリアーナのえりすぐりの戦闘兵七人がプリンを囲むようにして森の中を進む。敵に気付かれないように、慎重に遠回りをしている。誰ひとり言葉を発する者はいない。皆、死を覚悟していた。
遥か遠い戦場では、家禿を大将とし、家禿軍、シシリアーナ軍、スイーツ軍の連合組織が、真正面から肛門軍と戦いを繰り広げていた。この時点で戦況は互角。この状態でプリン達が後ろから本陣に突撃すれば、肛門軍の混乱は計り知れない。わずか九人のプリン達が百にも二百にも見えるだろう。
この時、できれば肛門の首をあげてしまえば、その場で戦闘は終わるのだが、無理でも大きな奇襲になる。
「あれですね」
シシリアーナの部下が指差した。そこには大きな杉の木に、小さな切り込みが入っていた。すぐにその部下は杉の木に登り、辺りを見回した。
「読み通りでございます。この場が敵本陣の真後ろでございます」
部下は木から降りると、そう報報告した。シシリアーナはプリンの顔を見た。廻りのシシリアーナの部下達も皆、固唾を飲んでプリンの言葉を待った。
「行こうか…」
微笑を浮かべ、プリンは言った。ゆっくりと兵一人一人の顔を見渡した。
「よくぞここまでついてきてくれた。そしてここから先は冥土への道だか、ついてきてくれるか?」
シシリアーナをはじめ、みな心の底から震えた。中には泣き出す者もいた。 プリンは腰にさしている魔法のステッキをとると、力まかせに岩に叩きつけ、先端の水晶を砕いた。散らばった破片を九つ拾うと、兵一人づつに渡した。
「冥土で出会う目印じゃ」
皆が懐深くしまうのを見届けると、晴れ晴れしい顔付きで敵陣方向を見据えた。
「我につづけ!」
プリンは叫ぶと、真っ先に駆け出した。大将に遅れるのは恥、とみな必死に駆けた。敵陣まで約七百メートル。
「敵兵ー敵兵ー」
肛門軍に気付かれると、すかさずシシリアーナ兵は雄叫びをあげて、走る速度をあげた。
「うおおおおおぉぉぉ!!」
敵軍までの距離およそ百メートル。シシリアーナ、シシリアーナ兵からやや遅れてプリンは走る。プリンは走りながら、妙に冷めている自分を笑った。
「ぐぎゃ」
敵兵が血を噴き出しながら倒れた。
「1番槍、鬼豆修一!!」
シシリアーナの兵の一人が名乗りをあげた。皆次々と敵陣に突撃していく。
プリンは走りながら愛刀佐治神をポンポンと撫でた。佐治神に対する最後の挨拶である。目前には襲い掛かる敵兵。
プリンは速度を緩めることなく佐治神をぬいて、同時に敵兵を斬り倒している。敵が斬られたと気付いた時には、プリンは遥か後方に突き進んでいた。
この奇襲により、肛門軍は大いに崩れたしかし、やはり数が少な過ぎた。
すぐに九人はバラバラになり、それでも九人それぞれが気にせず前に突き進んだ。プリンは一体一体斬り殺すたびに、鬼のごとき形相に変化していく。
冷めていた心の中も、しだいに真っ黒に塗り潰されように変わっていった。
プリンが完全に身も心も、人殺しの鬼神になった頃、ようやく肛門軍の混乱も回復してきていた。
この時、生きているのはプリンだけである。
(?)
襲い掛かる敵が急にひいていく。そして、視界が一気にひらけた。
(あ…)
ひらかれた視界の真ん中には、敵軍総大将のべ肛門の姿が。
以外にも小柄で締まった体、涼しげな目元に哀愁を感じる穏やかな顔、とてもこの天下無敵の戦闘集団を束ねる者とは思えない。
「プリンか…」
のべ黄門の声は透き通っていて、ととのった顔にぴったりの声である。
プリンは黄門の持つ神秘的な雰囲気に引き込まれていた。
そして黄門の持っているそれに気付くのが遅れた。
「あ…」
肛門の左手には髪の毛をわしづかみにされた、シシリアーナの生首が握られていた。




