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祈る少女  作者: 退
幸福を夢見る少女
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 私は、死にました。

 思い出せる限りで言うならば、それは不幸な死だったと思います。

 心が震え、脇目も振らずに喚き散らして咽び泣いてしまいそうになるくらい、哀しい死だったと。

 私は、幸せになりたかった。

 母のように、父のように。

 兄のように、姉のように。

 皆のように、幸せになりたかった。

 幸せに、幸せな花嫁に、幸福な人生に。

 けれど、願いは所詮ただの願いであって、祈っていただけでは叶わないのですね。

 昔の歌にもあったように、幸せは歩いては来ないのですね。自分で歩いて、けれど幸せは遠い存在だから近づくことも困難で。

 祈っていただけでは、願いは願いのまま儚く散ってしまうのですね。

 私は馬鹿でした。大馬鹿ものでした。

 幸せは望めば手に入るものなのだと勘違いして、いざ手に入らなかったからと勝手に絶望して不幸ぶって。

 愚かな女でした。本当に。

 だから、私は新しい命を与えられた時、決意したのです。

 今度こそ、幸せになろう、と。

 幸せは歩いて来ない。

 そうですね。その通りですね。

 だから、歩いて行くのですね。

 幸せになるために、人は歩いて、努力をして、自身を磨いて。

 それは、努力を怠らなければ幸せになれるということでしょう?

 私、努力します。本当です。 努力して努力して努力して努力して、一日一歩歩いて三百六十五歩歩き切って見せます。

 ねえ、だから。

 どうか、お願いです。

 私を幸せにしてくださいな。

 お願いです、神様。

 ほんの些細な幸せでいいのです。

 たった一人の愛する人の傍にいられて、私という存在を認めて頂けるのなら、私はそれだけで幸福なのです。

 ね?難しいことではないでしょう?

 別に一番でなくてもいいのです。愛してもらえなくても憎まれていてもいいのです。

 ごめんなさい嘘を吐きました。

 少しだけ。少しだけ我儘が許されるのなら。

 ………愛されたいです。

 愛する人に愛されたいです。

 同じでなくてもいいです。友愛でも、親愛でも、なんでもいい。

 形は違えど大切にされて、私のことを認めて貰えるのなら、なんだって。

 ね?簡単でしょう?難しくはないでしょう?

 どうか。どうかどうか。

 お願いします、神様。

 私を幸せにしてください。

 幸せになりたいのです。


 最期の時に、幸せだったと笑える人生を、私にーーー。


「リアンナ」

 名前を呼ぶ声に、祈るためだけに集中して研ぎ澄まされていた意識が浮上する。

 それと同時にキツく組んでいた手を解くと、よほど力が入っていたのか、指の間と手の甲に薄っすらと赤い痕が浮かんでいるのに気がついた。とくに痛みはなかったが、白すぎる肌に浮かぶ痕はとても痛々しく見えた。

「リアンナ。そろそろ帰りますよ」

「はい、シスター様」

 先ほどよりも近くなった声に頷きながら、木の椅子から立ち上がる。私の動きによってギッ、と軋む音が、静かな講堂に響いて少しだけ耳障りに思った。

「今日も熱心にお祈りしてましたね」

 いい子、いい子、と。隣に並んだシスター様が頭を撫でてくれた。

 優しく、優しく。

 まるで慈しむようなその掌は、台座に置かれた聖母様のようだ。

「祈っていました。たくさん、たくさん。慈母様に届いてくださればいいのですけど…」

 降り注ぐ光を、赤や黄色や青に染めながら、天へと手を伸ばし赤子を抱きしめた聖母の像を照らしている夕焼けに目を細める。

 祈って、祈って、祈って。

 どうか、叶いますように。

 その思いが、私の心を震わせる。その思いだけに、私の心は突き動かされている。

 どうか、どうか。

 お願いしますから。

 だけれど、私の願いは届くことはない。

 いつまでも、いつまでも、私は身を引き裂かんばかりの悲しみに苦しんでいる。

「自身の欲得の為だけに祈ることは、罪なのでしょうか?」

 泣きたくなる。不安で、不安で。慈母様は、こんな浅ましい願いしか口にしない私を疎んじて居られるのかもしれないと思うと、尚更に。

 頭を撫でる掌が、ひどく優しい手つきで頬をするりと撫でた。

「リアンナ。罪ではありませんよ。真の罪とは、他者を貶め、不幸たらしめる事です。貴女は、貴女の幸せだけを願ったわけではないでしょう?」

 貴女はいい子。優しい子よ。貴女のように心優しい子は罪深くなどありませんよ。

 シスター様の言葉に、涙が滲む。

 泣き出してしまいそうだった。

 泣き喚いて、この世の全てを恨んでしまいそうだった。

「……シスター様、私はいい子ですか?いい子ならば、慈母様は私を見て下さいますか?」

「貴女が心から神をお慕いし、心身尽くせば、必ず」

 戻りましょう。

 シスター様はそう言って、私に背を向けた。

 ウィンプルの上に被ったベールがふわりと宙に舞う。

「はい、シスター様」

 慈母様に向けて礼を取り、私もその後に続いた。

 いい子であれば、慈母様は見ていてくださる。

 なら、いい子でなければ、どんなに祈っても慈母様は見向きもしてくれないということなのだろう。

 だから、祈っても、祈っても、私は見向きもされないのか。

 だから、私の願いは叶わないのか。

 泣き出してしまいたい。泣き喚いて、縋り付いて。

 そうすれば、いい子ではない私は見てもらえるの?

 なんて、なんて浅ましい考えなのか。

 見てもらいたい。私を、私だけを。

 愛でなくてもいいのです。

 愛されてなくても、私を見ていただけるのでしたら。気にして貰えるのでしたら。忘れないでいてくれるのでしたら。



 私は、恋をしています。

 叶わない恋を。

 愛されない恋を、しています。


 目を閉じると脳裏に浮かぶのは、孤高の黒を纏った、孤独な彼の姿。

 無骨な表情は、誰も受け入れず、認めず、許さず、全てを拒絶して独りで在ろうとする。

 人を嫌っているわけではない。ただ、彼は誰にも無関心なだけなのだ。

 そんな彼に、私は恋をしている。

 叶わない恋を。

 いつか、私をその瞳に映してくれることを願って、私は今日も祈る。

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