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祝福の花  作者:
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前編

 花弁の中心に薄っすらと青色を帯びた白い花。今日のルカの花は一段と美しく咲いていた。朝露に濡れてキラキラと輝く花は、その花言葉に相応しい明るさを纏ってる。


「綺麗に咲きましたね」


 思わず見とれていた私に、低く穏やかな声が掛かけられた。声の近さに少しだけ胸が高鳴る。顔を上げると、艶やかな黒髪を揺らして、先生が私と同じ目線で微笑を浮かべていた。

 少しのことで上気してしまう私の頬は、きっと赤くなっていることだろう。気恥ずかしくはあったが、いつものことなので一々気にもしていられない。私は花を手に取り、そっと先生のほうに向けた。


「はい。青色がとても綺麗。これって魂が大地に上手く循環している証なんですよね」

「それと君たちが上手に面倒を見てくれたおかげでもありますよ」


 単純な私は、先生のちょっとした褒め言葉で顔を綻ばせた。大好きな人の笑顔付きなのだから、浮かれてしまってもしょうがないと思う。彼は私が送還師を目指す切っ掛けになった方であり、思いを寄せている人でもあったのだ。

 今日は幸運な日。朝一番で先生の笑顔が見れたし、褒められた。大好きな花は綺麗に咲いたし。本当に最高。素敵な気分で、うっとりと花をつつく。それにしても今日のルカは本当に綺麗。一輪だけ貰えないかな。押し花にして飾りたい。確か綺麗な紙があったからそこに押して……


「あ」


 陶酔していた私の視界に、にゅっと横から薄手の黒手袋をはめた手が突き出される。その手はそのまま、私が愛でていた花を勢いよく引き抜いてしまった。


「儀式の花束、さっさと作っちゃいましょう」

「そうですね」


 私と同じく弟子であるカイの言葉に、先生は苦笑して私の傍から離れてしまった。残された私は、カイの咎めるような視線に恥ずかしくなって俯いた。いいことがあると、ぼうっとしてしまうのが私の悪い癖だ。カイはせっかちなので、私の作業が遅いことに苛々していたのだろう。これ以上ぐずぐすしていては、いつもの嫌味がとんできてしまう。私はカイの視線から逃れるように、本来の作業をそそくさと始めた。


 私たち送還師の役目は、望んだ者の魂を大地に還すこと。それに加えて、ルカの花を世話することも含まれている。

 この花は、国を作る際に活躍した英雄ルカの化身だと言われている。傷ついた大地を癒すために、そしてこの国が平穏であるようにと願ってルカは大地に身を投じた。するとその場所から、清廉な花が次々と芽吹いたのだ。やがてその花はルカと呼ばれるようになり、花言葉には祝福と付けられた。だから儀式があれば、この花を摘み、添える。対象者の魂が癒されるように、そして次の生が平穏であるようにと願って。

 不思議なことに、送還が終わると対象者の胸に抱かれたルカの花は、土塊(つちくれ)となる。先生が仰るには、対象者の魂が迷わぬようルカの魂が大地へと誘導し、安らぎを与えるのだと言う。役割を終えた花は、土となり、招かれた魂たちはひと時の休息を終えた後、新たなルカとなるのだ。


「ソフィーヤ、お前は何で送還師になろうと思ったんだ」


 カイのぶっきらぼうな声に、私はハッとして顔を上げた。いつもの嫌味や嘲笑の言葉ではなく、彼が普通に話しかけてくるなんて珍しい。何故だかカイは私のことを嫌っていた。そんな彼が私のことを知りたがるなんて。


「えっと、最初の切っ掛けはね……」


 私は戸惑いながらも、あの頃のことを思い返した。



 切っ掛けとなる初めての送還式をみたのは六歳の頃。それは祖母の送還だった。

 送還の儀式は笑顔で見送るのが習わしだったが、私にはそれができなかった。大好きな祖母との別れなのだ。とりわけ泣き虫な子供である私には無理な話だった。儀式の直前まで祖母にすがりつき、ぐずぐずと泣いて皆を困らせた。


「おばあちゃんに二度と会えなくなっちゃうなんていや……いやだよ……」

「ソフィーヤ……」


 普段は苦しみの中でも涙を見せなかった祖母が、この時ばかりは涙ぐんで途方に暮れていた。

 祖母が送還を申請した理由は、前日の送り宴でちゃんと説明されていたのだ。長いこと患いを抱えていたが、ようやく五十歳を迎えたので送還の申請をした。苦しみに耐えかねて、とのことだった。

 送り宴で散々泣いた私だったが、儀式の直前になって永遠の別れが迫ると、より悲しくなって涙が溢れて止まらなかった。そして悲しみのあまり、私はとんでもないことを言い出したのだ。


「私もおばあちゃんと一緒に行きたい……」


 そんなことを子供が言っても、相手にされないことは皆解りきっている。送還は五十歳から申請可能なのだ。それでも両親や祖母を青ざめさせるには十分だった。


「ソフィーヤ! いい加減にしなさい!」

「待ってください。私に任せてくださいませんか?」


 私の頬を張ろうとする母を制したのは、少年の域を抜けきっていない若者だった。送還師になりたての、イザヤ・ゼルキン。これが私と先生の出会いだった。


「いえ、そんな……」


 戸惑いを顔に登らせた母を見て、先生は心得たように人懐こい笑みを浮かべた。


「大丈夫ですよ。送還なんてしませんから。そもそも子供にはできません。さあ、こっちへおいで」


 私は先生に手を引かれて、人の輪から外れたところに移動した。人見知りの激しい私が、初対面の人について行くなんてありえないことだった。しかし彼の笑顔をみた瞬間、得たいの知れない好奇心が芽生えてしまったのだ。今思えば、もうここで恋に落ちていたのかもしれない。

 私は涙をこぼしながら、初めて見る異邦人の顔をまじまじと眺めた。私たちとは違う彫りの浅い顔立ち。細いけれど優しそうな目。先生を見詰めていると、不思議と気持ちが落ち着いていくようだった。

 私の不躾な視線に、先生は気を悪くすることもなく優しく微笑む。

 優しそうな人。ひょっとしたら、こっそり自分の願いを聞いてくれるために私をよんだのかな。そう思った私は現金にも涙を引っ込め、先生に尋ねた。


「おばあちゃんと一緒の所に連れて行ってくれるの?」

「君がお祖母ちゃんと一緒のところに行くには、もっと大人になってからでないと」


 希望があっさり打ち砕かれ、私の目に再び涙が盛り上がる。


「じゃあ儀式をしないで……」

「君はお祖母ちゃんが大好きなんだね」

「うん」

「じゃあお祖母ちゃんの平穏を願うことはできるかな」

「へいおん、って?」

「お祖母ちゃんの苦しみがなくなって、穏やかになること、かな」

「うん。おばあちゃん、いつもお咳していて苦しそうだから、早く治って欲しいなって思ってるよ……」

「そうだね。治るのが一番いいね。でもお祖母ちゃんの病気は治せない。だから儀式をして、苦しみを終わらせるんだ」


 結局私はまた泣いた。祖母の苦しむ姿は見たくない。二度と会えなくなるのも嫌。でもどちらかを選ばなければいけないのだ。私は答えを出せずにぐずぐずと泣くことしかできなかった。


「ソフィーヤ、両手を出してごらん」


 言われたままに手を差し出す。先生は、その手を軽く握って目を瞑った。

 次の瞬間、私の全身に形容の出来ない暖かさが巡り、ふわっと身体が軽くなる。泣きすぎて頭痛に襲われていたが、その感覚もなく、そのまま眠ってしまいそうな心地よさだった。やがてそれは徐々に冷めていき、快い感覚が抜けきった頃には、涙はすっかり止まっていた。


「今の、なあに?」

「お祖母ちゃんが向かう所だよ」

「そうなんだ……」


 苦痛のない心地よい世界。そんな所に行けるのなら、きっと祖母は救われる。私は祖母の太陽のような笑顔が好きだった。しかし病床についてからは、苦しむ姿ばかりで、あの笑顔は消えてしまった。だから最後ぐらい祖母に笑っていて欲しい。苦しみ続けるなんて、そんな酷い事させられない。二度と会えなくなるのは悲しいけど、祖母がそれで幸せなら……。


「それなら……、おばあちゃんはここに行った方がいいね。とっても気持ちよかったもん」

「お別れはできそうかな?」

「…………うん」


 先生のおかげで、冷静にものを考えることが出来た私は、ようやく結論を出すことが出来たのだ。


 駄々っ子が落ち着いたところで、儀式は滞りなく行われた。

 祖母は素焼きの柩に入れられ、ルカの花束が添えられた。そして先生の手が祖母の額に触れる。祖母の目から一筋の涙が流れ、苦しげな顔つきは満ち足りた笑顔に変わっていった。



「その時にね、送還師って人を苦しみから解き放つ尊い職業なんだなって感動したの」

「ふーん。で、その時から先生を追っかけてるってわけか」

「……え? えっ!?」


 一瞬何を言われているのか解らなかったが、すぐさま理解した私は真っ赤になって仰天した。よりによってカイにばれるとは。吹聴するような人ではないけれど、気まずい相手に知られるのは何となく嫌だった。


「お前わかりやすいからな。先生だって解ってるんじゃないの」

「そ、そうなのかな……」


 私は素早く視線を走らせ、先生の居る方向を確認した。遠慮なく放たれるカイの声はそこそこ大きいので、先生に聞こえてしまうのではないかとヒヤヒヤしたのだ。先生は既に作業を終えたようで、花を抱えて斎場へと向かっている。私はほっと胸をなでおろし、無意味に土を弄った。

 同じ師に学ぶ仲間なのだから、カイとは仲良くしたいと思っている。この話題でそうできるものならしたいところだけど、彼の声音はそれを許さない冷たさだった。これ以上この話を続けても、私が恥ずかしいだけだし、いつものことを考えると、いい方向に向かない気がする。話題を変えたい。でも何も思い浮かばない。普段必要なことしか話さない間柄なので、何を喋ったらいいのかわからないのだ。そしてこういう時に限って、カイは私に話し続ける。


「そんなに好きなら告白すればいいのに……ってお前にそんな度胸あるわけないよな」


 ほら、やっぱり。カイの言葉がちくちくと胸に突き刺さる。そんなのカイに関係ないのに。私にだってそのくらいの勇気はある。私は声を振り絞って反駁した。


「一人前になったらって決めてるの……」

「一人前になったって、お前なんか相手にされるもんか。拗らせる前にさっさと振られちまえ」


 どうしてそんな意地悪を言うんだろう。目尻にじわりと熱いものが溜まる。十五歳になっても相変わらず涙腺の緩い私は、恥ずかしいことにちょっとのことで涙が出てしまうのだ。こんなことで一々泣きたくない。私は涙をこらえて、カイを見据えた。

 思えば初めて会ったころから、彼には睨まれ嫌味を言われてきた。決定的な言葉を聞くのが怖くて避けてきたけど、いい加減この関係をどうにかしたかった。原因を聞けば、もしかしたら改善できるかもしれない。


「ま、前から思ってたんだけど、私あなたに何かした……? そんな風にきつく当たられる理由がわからない……」

「お前みてるとイラつくんだよ。そうやってすぐ泣くところもな」


 カイはそう言い捨てて、斎場へと向かって行った。

 目尻から耐えていたものがぽろりと零れる。やはり、はっきり言われるのは身にこたえた。私自身が嫌いと言われてしまうと、もうどうしようもない。

 私は涙を拭って、汚れたルカを拾った。さっきカイが落として踏んで行ってしまったものだ。茎がひしゃげてしまっているので、もう花束には使えない。でもこのまま捨てるには忍びなかった。

 私は折れてしまったルカを籠の中に入れた。まるで自分の心のようだと思いながら。




* * * * * * *




 花鋼装飾の施された煌びやかな天井。壁に掛けられた美しい絵。バランスよく配置された高級感溢れる調度品。磨き上げられた床に、足元を柔らかく受け止める絨毯。どれもこれも私には馴染みのないものであり、縁のないものだ。別世界にいるようで、どうしても気が張ってしまう。今身体を収めている座り心地の良い椅子も、私の緊張感を高めるのに一役買っていた。緊張のあまりに、手がガタガタと震えだす。そんな私をみて先生は苦笑した。


「そんなに緊張しなくてもいいですよ。ノルディア公は気さくなお方ですから」

「は、はい……」


 そうは言うものの、ノルディア公といえば国主さまよりも長命なお方。五百年以上を生きる、私にとっては神話の中のお人なのだ。神に近いお方に謁見するのだから、緊張するなというのは無理な話だった。


「そうだよ、もうちょっと普通にしてろよ。こっちまで落ち着かなくなるだろ」

「うん、ごめん……」


 カイにまで窘められて、私は縮こまった。彼は緊張しないんだろうか。ふっとカイを見ると、ぎゅっと素手の拳を握り締めて視線をあちこち彷徨わせていた。なんだ、やっぱりカイも緊張しているんじゃない。可笑しくなって、つい頬が緩んでしまう。それに気付いたカイが眉を上げたので、私は慌てて顔を引き締めた。


 私とカイは、先生に連れられて州都のノルディア領館に来ていた。送還師になる者は、十六歳になると出身地の州公と面談をして、送還の力を貸与して頂くという決まりになっている。そんなわけで今の私達は、領館の一室でノルディア公との面談を控えていた。


 深呼吸をして、大きな両開き戸を見守る。程なくして、見かけより軽い動きで大扉が開かれたので、私達は一斉に立ち上がった。扉から現れたのは、黒衣を纏った(まとった)中年の男性だった。

 うねる黒髪は後ろで一まとめにされており、黒眼鏡に鷲鼻。その下にある唇は奇妙な笑みを湛えている。占い師、もしくは怪しいお店の店主、というのが失礼にもノルディア公に対する第一印象だった。


「やあ、待たせたね。大きくなったなあイザヤ君。二十年ぶりかな?」

「十年ぶりですね。ルージさまは相変わらずお元気そうで何よりです」

「うん。それにしても」


 ノルディア公は私とカイを見て、口元だけでニッと笑う。


「ヤルクス地区の送還師は豊作だね。十人全員に弟子ができたのだから、ありがたいことだ。しかもイザヤ君は二人もだ」

「ええ。本当に仰るとおりです」


 送還師になりたがるものは少ない。華々しい職ではないし、送還師になると心を病んでしまうと言われているからだ。


「さあ、二人とも、ルージさまにご挨拶を」

「はい。私はカイ・トゥオマリアと申します。どうぞお見知り置きください」


 カイの淀みない挨拶に続いて、私も挨拶を述べる。


「私はソフィーヤ・サジナと申します。ど、どうぞお見知り置きください」


 うっかりどもってしまい、頬が上気したが笑顔でごまかす。自分が恥ずかしいと思うことは、他人は大抵気にしていない。最近になってやっとそう思えるようになった。おかげで私の上がり症も少しはマシになったと思う。この調子で赤面症も治ればいいのだけど。

 そして当然のごとく、ノルディア公は気にも留めずに頷いた。


「はい、よろしく。僕はルージといいます。苗字はありません。それでは、ソフィーヤからいこうか。手を出してご覧」


 いこうか、ってなんだろう。面談をするんじゃなかったのかな。ノルディア公――ルージさまに向かって、私はよくわからないまま手を差し出した。その手をルージさまが握る。握手かとも思ったけれど、どうも違うようだ。ルージさまは私の手を握ったまま、あごを少し下げて考え込んでいるようだった。


「感じやすいけれど、真っ直ぐな良い心を持っているね。経験を積めば、立派な送還師になれるだろう。頑張って」

「は、はい! ありがとうございます! 頑張ります……!」


 なるほど、こういう面談の仕方だったんだ。変わったやり方に驚きはしたけれど、ルージさまのお言葉が嬉しくて私は天にも昇る思いだった。


「では、力の貸与を行います」


 ルージさまがそう言うと、不思議なことに、握手を交わしたままのお互いの手が淡い光を放ち始めた。不思議なことはそれだけではなかった。彼の手から、私の中に何かが流れ込んでくる。そんな感覚がしたのだ。

 光が収まった頃、ルージさまは私の手を離した。


「これより君は送還師としての力を得ました。あと一年、師の下で学び、一人前を目指してください」

「……大切なお力、謹んで承ります。良き送還師になれるよう、精進致します」


 何かの力を感じる、ということもなく、自分の中で何かが変わったという感じもしなかった。ただ、ルージさまのお言葉を賜って、私の中に強い使命感が生まれたのは確かだった。

 力の貸与が行われ、私の面談はこれで終わった。次はカイの番だ。ルージさまはカイに向き直って、先ほどの私と同じ事を求めた。


「はい、次は君の番だね。手を出して」

「え、でも俺は……」


 カイは手を差し出そうとはしなかった。彼にしては珍しく不安げな様子で、先生とルージさまを見比べている。どうしたんだろう。何もおかしなことはなかったと思うんだけど……。


「カイ、決まりですから。大丈夫ですよ」


 カイを落ち着かせるように、先生が微笑む。相変わらず素敵な笑顔。私は厳粛な場であることも忘れて、うっとりと見入ってしまった。

 先生の笑顔には人を和ませる効果があると思う。その証拠に、カイにもその効果を発揮している。彼は戸惑いを消し、素直に手を差し出していた。

 カイの手を取ったルージさまは、さっきのようにじっくりと握手を交わした後、こう言われた。


「君の成長を楽しみにしてるよ。壁を乗り越えたらいい送還師になるだろう」

「……はい。ありがとうございます」


 二人の握手が解かれる。これでカイの面談は終了したようだ。私のときと違って随分早い。何だか変だ。あれでカイにも力の貸与はされたのだろうか。などと首を傾げていたが、次に起こった出来事に、私の思考は停止してしまった。


「一年後、また君たちに会えるのを楽しみにしているよ。では、急ぎの用件があるので、僕はこれにて失礼」


 そう言うと、奇妙な笑みを湛えたルージさまは、その場から音もなく掻き消えてしまったのだ。えっ、何今の? 手品?


「移動師(ポーター)の力ですね」


 どうやら驚きすぎて、声にだしていたようだ。先生が面白がるように私たちを眺めていた。


「驚きましたか?」

「え、あ、はい。俺、移動師の力って初めて見ました……」

「州公って本当になんでも出来るんですね……」


 そう呟いた後、私は肝心なことを思い出した。


「あの、カイが面談したときのことなんですけど」

「うん?」

「私の時のように手が光らなかったじゃないですか。あれはどうしてですか?」


 もしかして力の貸与をルージさまは忘れてしまったのだろうか。でもそんな馬鹿なこと、ある筈がなかった。返ってきたのは驚くべき答えだったのだ。


「ああ、カイは元々送還の力を持っているんですよ」

「えっ、そうだったんですか」


 学校で習ったことがある。特異な能力を備えて生まれてくる者が稀にいると。移動師の力、送還師の力、精霊の言葉を聞き分けることのできる精霊の耳など。その中でも送還師の力は極めて稀なのだ。


「じゃあカイは送還師になるために生まれてきたようなものですね。羨ましい」


 そう言った途端、カイのきつい眼差しが私に降り注がれる。その目にははっきりとした憎悪が込められていた。私が何気なく言った言葉は、何故だかカイを怒らせてしまったらしい。


「先生、俺、先に外で待ってます」


 カイは先生の返事も聞かずに、すたすたと部屋を出て行ってしまった。

 わけがわからなかった。こういう時こそ、何が気に障ったのかはっきり言って欲しいのに。理由も解らずに睨まれるのは嫌だった。


「先生、私、そんなにひどいこと、言ったんでしょうか……」

「あの子にも色々と事情があるんですよ。過去を冷静に振り返ることができるようになったら……話してくれると思いますよ」


 そんな日は来ない気がする。私はカイを怒らせてばかりいるし、お互いの身の上話を話し合うほど仲良くない。いや、一度私のことを話したことがある。その時も何故か盛大に睨まれたっけ。


「さあ、私達も行きましょう」

「はい……」


 先生に促され、とぼとぼと歩き出す。暗い気持ちが、私の足取りを重くしていた。


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