§8、類感魔術と乙に関する記述
[Fab-20.Mon/20:25]
「……ハッ、『時雨沢タクミ』か。覚えておいてやるじゃん。それとも十字架に刻んで毎日祈ってほしいのか?」
「いや、お前の魔術は対象の名前があった方が使いやすいかと思ってな、ただの親切心だよ」
タクミの言葉に、標的撃破はギクリと肩を凍らせた。手の内を読まれた魔術師ほど情けない存在はない。タネのバレた魔術はただの手品に過ぎないのだ。
そんな標的撃破の心の内を見透かした様に、タクミは語る。
「ま、そんな事はそのお人形さんを見れば誰にでも想定出来る話だろ。そこまであからさまな装備ぶら下げて、気付かない方がどうかしてる」
「……言ってくれんじゃん」
「さて、どうかな。類感魔術の一種の呪いって事は理解出来たが……まだ術式の構成までは分からないし。わざと外したとは言え、不意に一撃やっちまったって罪悪感もある」
だから、と。訝しげる標的撃破に向かって両手を差し出す様な体勢を取り、タクミは続ける。
「日本には『一発は一発』って諺があるんだ。……諺か、これ?まぁいいや、兎に角、そんな言葉がある。ようするにフェア精神の塊みたいなもんだ。
サービスだ、俺は逃げやしない。好きな場所に一発、思い切りのいい一撃を打ってこい」
軽く標的撃破が仰天する様な事を、タクミはどうという事もなく語る。
あからさまな挑発か、紳士的なフェアプレイか。ここまでオープンに晒け出されると、打ち込む事に躊躇いを覚えるのは当然だろう。何の考えもなく殴りに行くのはド素人のやる事だ。
東洋がそうである様に、西洋の呪術にも『呪詛返し』というものは存在する。東洋とは少々違うのだが、例えば、『似た形』の役割を逆転させるだけで呪詛返しは成立するというものだ。
術式に使う人形は『人』と『似た形』である為に対象を呪う事が出来る――だが逆に言えば、それを使う術者が『人』である以上は術者ともまた『似た形』である、という理屈。『似た形』と対象をリンクさせる事で効果を発揮する類感魔術だが、更にここで対象自身が自らを『似た形』として術者とリンクする。
その場合の対象はただの電導体となり、人形から流れた力は対象を介し、最後に術者に魔力を注ぐ。しかも呪詛返しの術式は人形と対象を逆流する様に組み込まれている為に、術者自身は気付かない事が多い。
東洋では呪った場合の墓は二つ必要だが、西洋には何れにせよ一つだけでよい。
(クッソ……カウンター術式を解析するじゃんよ。『時雨沢タクミ』に伸びるあたいの術式の裏に……なし。だったら両者が接触する地を介した術式が……なし?空間も異常なし、いや……そもそも、コイツははなから魔力を練っていないんじゃん?)
何の異常も見当たらない、時雨沢タクミの周辺。それが逆に不気味に思える。もしかしたら超簡略型のカウンター術式を組む事に長けた、反撃専門の即席術者なのではなかろうか……思わず疑心暗鬼に駆られる。
(何だ?コイツは何を狙ってんじゃん?分からない、こんな敵は初めてじゃんか。クソ、どういうつもりだ?本当に攻撃していいのか?それとも罠?チィ、反撃専用対反撃術式を組むか?いや、ここまで大胆な戦術を採る奴がそんな暇を与えるか?でも、今動けばヤバい反面、動かなくてもヤバいんじゃん)
動けない。完全なる未知の敵に、どう対処すればいいのかが分からない。
「どうした、撃たないのか?遠慮するな。ガツーンとキっツい奴を見舞えばいい。それとも、ただ度胸がないだけか?」
「……ナメんじゃねぇじゃん」
腹を括った標的撃破は、人形を振り上げて力を溜める。大袈裟過ぎるモーションを目眩ましに、コンマ一秒でも一撃にかける時間を引き延ばす。この僅かな時間差が、決定的な勝敗を分けると言わんばかりに。
(反撃専用対反撃術式を組むのはやめだ。この瞬間に術式をエノク式暗号文化しつつ分解、一旦構成を解除して反撃術式を無力化すんじゃん!)
まるでジグソーパズルのピースを上から真っ白な絵の具で塗り潰した後にバラバラに壊す様に、標的撃破は頭の中で術式を複雑に処理していく。タクミと『似た形』を繋いでいた、幾重に連なった糸が解ける様に呪いが消え去る。と同時に、標的撃破は『似た形』を一気に地面に叩きつけるべく右腕を振るう。
(ここだ!ここで、暗号化した術式を一気に構成!組み立て方が雑でも何でもいい、とにかくスピード勝負で術式を展開!)
真っ白なジグソーパズルを、隙間なんて気にせずに一気に繋ぎ合わせていく。もはや精密さなんて必要ない、今一番重要視すべきは組み立てる早さだ。
ガツン、と。人形の顔が僅かに砕ける程に強烈な一撃。その僅かコンマ一秒前に術式を構成していた標的撃破はニヤリと口を歪めて嗤い、
ギュリ、と。身体を反転させる様にタクミに背中を晒し、叩きつけた反動を一〇〇%活かして一気に反対側に振るう。
(今のは、フェイク!アッハハ、アンタがどんな反撃術式を組み立てたのか知らないけど、『間違った』術式にカウンター入れたところで、あたいに呪いは来ないじゃんよ!)
間違った術式のフェイク。
それは、言ってみればインターネットの間違ったURLを相手に送りつける様なものだ。
確かに両者にはメールで繋がった痕跡が残るかも知れないが、記載されたURLから術式に反撃する事など出来ない。子供がグチャグチャに作った集積回路ではピクリとも動かない様に、それを元に組み立てた反撃術式が正確に作動する筈もない。標的撃破はそれを逆手に取ったのだ。
(暗号化、分解、再構成!あは、あはははは!一撃目に気を取られてる間に、ブッ潰してやるじゃんか!)
今度こそ正真正銘、完璧な術式を組み立てた。見る限りで術式に反撃術式を隠した痕跡はない。完全なる勝利に勢いをつける様に、一気に人形を地面に向かって叩き落とす。
ズコンとコミカルな音が辺りに響き渡った瞬間、一拍遅れてタクミの身体が、交通事故に遭ったが如く横に『轢ねた』。五メートルは宙を舞い、全ての衝突エネルギーを以て地面に叩きつけられる。
思惑通りに事が進んだ標的撃破はニヤリと嗤っている――かと思いきや、驚愕に顔を歪めていた。UFOやUMA等の、決して信じられない物を見て仕舞った様な表情だ。
魔術というのは、『使ったらハイ終わり』なんて便利な代物ではない。空気中……正確に言えば地脈や竜脈と言った、大地から滲み出る魔力を利用する為にかき乱れ、『魔術を使った』という痕跡が残るものだ。痕跡から『どんな魔術が使われたか』を分析する魔術もあれば、『隠蔽して痕跡を消す』魔術というのも存在する。しかしながら、用途は違えど両者とも『魔術』に変わりはなく、故に『分析した魔術の痕跡』や『隠蔽した魔術の痕跡』は残って仕舞う。それが魔術であれば絶対に避けられない絶対的な現象であり、当然ながら不発に終わった魔術というのも『組み立てはしたが発動しなかった魔術の痕跡』……即ちタクミが使った反撃術式もその場に残る筈だ。
残る、筈なのに――、
(……、ない?)
どこにもなかった。
『一撃目の間違った術式の痕跡』でさえ残っているのに、何故か、その場には『タクミが使ったと思われる反撃術式の痕跡』が存在しない。ほんの僅かにも、微かにも、欠片程も見当たらない。
(まさか……、コイツ、本気でフェアプレイなんて、馬鹿な真似をしようと?)
横殴りに吹き飛ばされたまま動かないタクミを見て、標的撃破は眉を顰める。実際の戦闘に於いてフェアプレイなど存在せず、人質を取ろうが不意を討とうが勝ちは勝ち、最後に立っている者こそが勝者なのだ。
(……まぁ、いいじゃん。さて、向こうはそろそろ決着がついてる頃か?早いとこ傀儡仕様を助けないと、あの女、マジで殺しかねない――)
「……痛っつ〜、効いたぁ〜」
ギクリと、背筋に氷を入れられた様に、標的撃破は身震いする。言葉を語る筈のない人間の声が背後から聞こえ、恐る恐る振り返ると、
「あ〜、クソ。そりゃ確かにガツーンとやれとは言ったけどさぁ。今のはガツーンなんてレベルじゃなかったぞ、ズドーンだズドーン」
上半身を起こしながら、脇腹を押さえる時雨沢タクミがいた。
「……ん?何、お前?そんな死人が起き上がった瞬間を見たみたいな顔してんの?」
「なっ、……あ、えっ?だ、だって、今の一撃は、あたいの全力で……1トン以上の衝撃が、あった筈じゃん?なのに、どうして……え、えぇ!?」
「あ〜なるほど、ハイハイ。西洋人には『氣』って概念は馴染みがないのかも知れないな。ようするにあれだ、インパクト時に簡易型の魔法障壁を作り出したんだよ、お陰である程度はガード出来たけど……流っ石にトラックが突っ込んできたみたいな衝撃は殺しきれなかったな」
「……」
「……だから、何だよその顔は。あれか、フェアプレイとか俺が言った事に不貞腐れてんのか?ハッ、俺は逃げないとは言ったが、防御しないと言った覚えはないぞ。こちとら外国人ファン多数の忍者様だ。不意打ちや騙し討ちっつぅのは基本だっての」
タクミは立ち上がり、膝からガクッと力がぬけた様にしゃがみ込み、何事もなく立ち上がる。ダメージを殺しきれていないとタクミは言ったが、まさにその通りダメージが表情に浮かんでいた。ツツ、と痛みに耐える際に浮かぶ冷や汗が流れた。
「……で?アンタは何の為に、わざわざあたいの攻撃を受けたんじゃんよ?」
「そうそう、それ。悪いけどさ、お前の魔術、解析したから」
「……面白い事言うじゃん」
「いやいや、嘘じゃないって。……色彩は緑……と言いたいとこだが、恐らく灰で、用途は『エーテルを物理化し対象へ移行する』。魔力で直に座標攻撃とは、なかなか無茶な術式を組んだなオイ。でも、弱点はある」
ピクリと、標的撃破は眉を微動させる。だがどこか余裕のある佇まいで、さもあれば言ってみろとばかりのふてぶてしさだ。
そんな標的撃破から視線を(わざと)外し、洋服についた埃を払いながらタクミは話を続ける。
「その攻撃、一秒ぐらいだが、タイムラグがあるな。多分、魔力を集約させる時間と、物理的な固着化にかかる時間だろう。単に『魂』で相手の魂に直接ダメージを与えるんじゃなくて、物理化して『速度』を加えた座標攻撃なら、タイムラグの間に回避して仕舞えば攻撃は成立しない。……だろ?」
「……へぇ。そこでくたばってるガキと違って、なかなか楽しめそう――
トン。
言葉の途中で、まるで遮る様にタクミの人差し指が標的撃破の額をつつく。本当にただつついただけなのだが、あまりに一瞬の事に対応出来なかった標的撃破はその場に尻餅をつく。人形が側面からガツンと地面に落ちる。
「――は?」
「こんな風にな」
見下ろすタクミの姿が、キュンという風を裂く甲高い音と同時に虚空に消える。刹那の後に、魔術効果が真横から虚しく通過するが、既にタクミは一〇メートルの距離を開いていた。
「……縮地法か!」
「ビンゴ。まぁ『今のは』その中の一つ、瞬歩っていう長距離特化した体術の一つだけど」
ニッと白い歯を見せる様に爽やかな笑顔を標的撃破に向ける。座り込んだままギリッと歯を食いしばり、標的撃破は右手で放り出した人形を殴るべく拳を振り上げ、横合いから伸びた手に掴まれる。言うまでもなく瞬歩で距離を詰めたタクミだ。
「ま、攻撃のタイムラグを避けるよか、攻撃そのものを防いだ方が簡単で楽なのは確定的に明らかな訳だが」
「……ドイツも、コイツも!本っ当に苛つかせてくれやがんじゃんよぉ!」
バギン、と標的撃破は歯を噛み締め、タクミとは正反対な歪んだ笑みを浮かべた。
[Fab-20.Mon/20:25]
全長六メートル弱の巨身兵。カバラに伝えられし、神の奇跡と称した堕天の使いの力。
原初には五元要素の基本とも言える土(個体)。そこに機動の為の火と空気摩擦や自重崩壊を防ぐ為に風(気体)を宿し、流体的で自然な動きを作る為に水(液体)の要素を内部に作る。そして最後は五元要素の中でも特殊な力である魂を刻めば完成だ。
神は、土より形を作り、命を吹き込み、やがてこれに人と名付けた。
土より出しその不気味なシルエットは、自らに血肉があり、血潮が流れ、生きていると証明する様に、石の欠片や木の破片で形作られた歯を鳴らし、クパァと口を開いて慟哭する。ベチョリと、唾液の様に粘着質な泥水が顎を垂れ、地面に前衛的アートを不気味に彩る。
だが、奇しくも、その姿は人間に『そっくり』だった。
「斯くしてぇ、神の御業をぉ扱いきれなかった人間はぁ、この腐った醜い泥人形にぃ、自らの名とぉ『ゴーレム』という名を与えた……」
大きな泥人形のシルエットの名は、『ゴーレム=ドミノ』。神の御業を人が真似ただけの、出来損ないの『人間』。
「さぁ、ドミノを守るだけにぃ生まれたドミノぉ。嗤って使い潰されてくれませんかぁ?」
額から血を流しながら、それでも傀儡仕様は、嗤う。無垢と邪気、どちらとも取れる悲しい笑顔を浮かべる。
傀儡仕様と隷従法師は対峙する。両者の背後には、六メートルは超えよう互いの下僕を従え、対峙する。
片やナタクと呼ばれる、中国神話最強の英雄。六本の腕にはそれぞれ違う宝貝を握り、あらゆる敵を粉砕・殲滅したとされる。
片やゴーレムと呼ばれる、ユダヤが受け継ぎし守護者。堕天の使いより頂きし神の奇跡により、あらゆる迫害にも屈せず迎撃してきた。
そして、二人は人形使い(マリオネッター)として、全世界でナンバー1とナンバー2と呼ばれる存在でもある。
二人は、対峙する。守護者は、対峙する。
「……ウク、ウククキカククケコカコ!これデスよこれこれ!こうでなきゃ潰し甲斐がねぇってんデスよ!さぁ、傀儡仕様、決着をつけましょうかァハ!」
「そうですねぇ……そろそろぉ、貴女のつまらない術式もぉ見飽きてきましたしぃ。これでぇ最期にしましょうかぁ」
瞬間、二人の髪が風もなく不自然にたなびいたかと思いきや、佇んでいた従者の姿が、虚空に消えた。
刹那、轟音――。




