§7、バンダナ少女と赤髪のアイツ
[Fab-20.Mon/20:20]
「さて、ブシドーってなぁあれじゃん?本名を名乗るって奴だっけ、じゃん?」
「……果てしなく歪みまくった情報な気がするが……まぁ大まか、そんなんだった気がするな」
戦国時代とかにどんな宣戦布告をしていたのかは知らないが、カナタの属する世界は特殊部隊だ。しかも狙撃手と言えば、相手の言い分も聞かずに手足または急所を貫く。自分の敵相手に、そんな回りくどい自己紹介をした事はない。
「さて、あたいの名はアーダ・オルトラベッラ。……これがブシドーなんじゃん?」
「……さぁ?まぁ、名乗れっつぅんなら名乗るけどさ。僕の名前は時津カナタだ」
「そうかい、『時津カナタ』、ね」
標的撃破はニヤリと笑い、左手の中指を親指で押さえて人形の頭付近に近付ける。
「さて、アンタの後学の為にいい事を教えてやるじゃん。……魔術師相手に、本名名乗ってんなクソ馬鹿」
ピン、と。親指で溜めた中指を軽く弾き、人形の側頭部をコツンとデコピンの要領で叩く。標的撃破の行動を前に、眉根を寄せたカナタが訝しげたきっかり一秒後、
ゴギン、と。
左側からカナタの頭に強い衝撃が走り、三メートルは吹き飛ばされた。
(……、はっ?)
特に異質な風切り音が聞こえた訳ではない。辺りに当たった何かが転がっている訳でもない。ただ単純に、カナタの左側頭部に、凄まじい衝撃が走っただけだ。
全く無防備なまま脳が揺さぶられ、カナタは立ち上がれない。足が重くて持ち上がらない上に、両目の焦点が合わずに標的撃破の姿が二重三重に映る。
「偶像理論を応用した類感魔術の類似の呪い、日本じゃ呪禁の厭魅呪法として有名じゃんか。けど、呪術師は戦闘が苦手だとか偏見は持たない方がいいじゃん?むしろ逆だ、呪術師は類似の呪いで自分のダメージをそっくりそのまま敵に与える術もあるんだよ」
こんな風にね、と呟きながら、標的撃破は人形の背中を思い切り殴る。ピアノ線を撓ませて跳ね上がった人形が真下に落ちると同時、動けないカナタの背中に衝撃が走る。ゴギベキと凄まじい音が響きわたり、肺の中の空気が一気に口から吐き出された。飛沫状の赤い液体が微量だがカナタの口から飛び出し、唾液が糸を引いて軌跡を描く。
「くがッ、ぎィ……お、前、ぇ!」
「あぁん?喧嘩なんざそんなもんじゃん?不意打ちだろうが卑怯技だろうが、勝ちは勝ちじゃんよ」
二度目の攻撃は身構える事が出来た為にまだ軽いが、最初の不意打ちのダメージがヤバい。完全に脳を揺さぶられて仕舞った。
(……あんまり、繊細な技は無理だな。クソッ、現状把握と打開策を即時に読め。身体の動く箇所と動かない箇所、今の僕はどこまでやれる)
足は……両方とも鉛を括りつけた様に重く、ビリビリと痺れている。両腕も同様だが、力は入る。但し柔術や空手のカウンターの様に、二種類以上の繊細な動きを要する技は不可能だ。
どうする、と自問する。標的撃破との距離は六メートル程度、どうあっても今のカナタには届きそうにない距離だ。
話から察するに、標的撃破の戦闘スタイルは万能型だ。距離に関係なく必中する攻撃の手段を持ち、更に敵は動けない。このチャンスに、わざわざ距離を詰めてくる事はないだろう。
(……だったら、この方法しかねぇな)
恐らく、勝負を分かつ瞬間は一度きり。成功すれば勝つ『可能性』が生まれ、失敗すれば確実に負ける。一か八かの賭けというのは決して五分五分でない事が多いのは分かっているが、そんな事はもっと別の機会に再確認したかった。
(さて、行くか)
心中で覚悟を決め、カナタは一気に距離を詰めるべく――、
ゴロンと、前転する様に勢いよく地面に転がった。
「あん?」
予想外の出来事に、標的撃破の思考がほんの一瞬だけ停止し、その一瞬を見逃すまいとカナタは地面に寝そべったまま重心を移動させるだけの力――即ち背筋で転がり続ける。
(なっ……!?コイツ、まさか……!)
意図に気付いた標的撃破は、すかさずバックステップを踏む。だが、反応が遅れた。地面を転がるという無様で滑稽な動きのみで接近するカナタの方が、早かった。
二人の距離は、もはや零だ。
「フッ!」
標的撃破の足下でうつ伏せる際に遠心力で宙を舞っていたカナタの腕が標的撃破の足首を捕らえ、脇を締めて固める。手を腹の下に挟み、足首を脇で締めて仕舞えば外す事は並大抵以上の力が必要となる。
そのまま、カナタは更に無茶な体重移動を行い、標的撃破を地面に押し倒した。とっさに右手を後頭部の下に挟んだ標的撃破にはそんなにダメージはなく、左手に持っていた人形は凄まじい速度で地面に叩きつけられた。
「バカ、じゃんかテメェ!こんな無茶な戦い方してんじゃねぇじゃんよ、泥臭ェんだよクソ野郎がッ!」
倒れた状態から、標的撃破は押さえられていない右足でカナタを蹴り付ける。だが、カナタは決して怯まない。
何故なら、既に敵は手中にあるのだから。
地面に手を突き、カナタは標的撃破に覆い被さる様に飛び上がり、マウントポジションをとる。右の拳を確と固く握り締め、隙だらけながらも大きく振り挙げ、
ベキゴギン、と。カナタの背中に、ノンストップで車にぶつかられた様な、凄まじい衝撃が迸った。カヒュッ、と血の混じった吐息が漏れる。
倒された際に、地面にぶつけて仕舞った人形。そして『ダメージを対象に伝える』術式が発動したのだと、標的撃破は気付いた。言うまでもない話だが狙ったのではなく、単に偶然の産物だ。彼女自身も計算していないイレギュラー。
「あ、ハッハ!大いに馬鹿過ぎるじゃんよテメェ!自分の攻撃で自滅して、みっともないったらねぇじゃんか、アッハッハ――!」
バギン、
「――ッハ……は?」
激痛と衝撃に意識が朦朧と遠退きつつ、しかし、それでも、カナタは歯を食いしばり拳をキツく固く握り締めたまま、倒れ伏せる標的撃破を睨み付ける。
「うる……、せ、ッエんだよ、テメェは!」
奥歯が砕けそうな程にビギバギと食いしばっている歯の隙間から漏れる様に、カナタは言葉を紡ぐ。
「無様だとか、無茶だとか、泥臭いだとか馬鹿過ぎるだとか、うるっせぇんだよテメェは!そんな事はハナっからどうだっていいんだよ!そんなつまんねぇ事は考えてねぇよ!」
漫画や小説にある様な、綺麗に勝つばかりが喧嘩ではない。必死に食らいつき、傍から見てどんなにみっともなかろうと、決して相手の油断を見逃さずに這い蹲ってでも倒す。それが喧嘩だ。
だからこそ、カナタは退かない。退けない。退く訳にはいかない。
たった一人の友人を救う為だけに、自らを省みる事なく、ただみっともなく泥にまみれようと、決して拳は開かない。
「テメェに用はねぇ、とりあえず寝てろ!」
倒れ込む様に、カナタは地面に頭突きをする様に、勢いをつけて身体を倒しながら、標的撃破の顔面に拳を叩き込んだ。
[Fab-20.Mon/20:20]
ドミノの挑発を警戒していた隷従法師だが、形勢は全く変わってはいない。先手を取った自分の有利は相も変わらず、ドミノは今も逃げ回りながらチマチマとチョークを振るっているだけだ。ハッタリだったのか、と隷従法師は舌打ちしながら悪態吐く。
パキパキパキパキン!と超高速で、ドミノは短距離走の様に走りながら、次から次に雑木林の木のみねに記号を描いていく。それは非常に雑で、非道く歪んだ記号であったが、魔術の回路を省略して意味を通している為に効果は発動する。
隆起した地面はヒュドラやイソギンチャクを彷彿とさせる蠢きを見せ、一気に隷従法師めがけて槍の様に飛んでいく。舌打ちしながら、ナタクを呼び寄せて一つ残らず斬り捨てる。
「一つ」
カキュン、と今までとは違った動きでベンチに記号を描き、中断して横っ飛びしながら一瞬で地面に記号を三つ描く。アクロバティックな動きにも関わらず、記号は歪みつつも原形は留めている。恐ろしいばかりの精度と速度である。
「殺って仕舞えデスよ、ナタク!」
ナタクの六本の腕の内の左腕中央、両刃の剣の先に小さな鉄球のついた『錘頭刀』と呼ばれる中国武具の暗器の一種と同じ形状の剣を振るう。斬る機能を完全に殺した代わりに遠距離攻撃に特化した錘頭刀の、柄から鎖で繋がれた刃が飛び出し、一直線にドミノを襲う。だが、先端の鉄球にドミノの華奢な身体が押し潰される寸前で、地面から分厚い壁が出現し、刃の突進をせき止めた。
「二つ」
パキンと壁の裏側に新たな記号を描き、ドミノは隷従法師の死角となる様に壁を背に向けて一気に走り出す。その際に落ちていた紙コップのゴミを拾い上げてチョークで記号を描き、背後に投げ捨てる。
わざわざ壁を斬り裂いて追いかけてきたナタクが紙コップを踏みつけた瞬間、地面から氷柱の様な土の槍が飛び出し、ナタクの足を引っかけて盛大にすっ転んだ。六メートル強はあろう巨大な機械が倒れる様は厭にコミカルに映るものだ。
狙い撃ちにされない様にジグザグに走り回り、落ちていた拳大の大きな石に記号を描き殴り、すぐ近くに設置されていたベンチを飛び越え、今まで走った分を巻き返す様に逆走する。
倒れるナタクの脇を抜けて通り、通過時にナタクの右腕下方に記号を描いて完全に過ぎ去る。
が、動けないナタクに代わってと言わんばかりに、襲ってきたのは隷従法師だった。
「人形使いが接近戦に弱いとでも思ってんデスかぁ、アンタはぁ!?」
右手にスパナを持った隷従法師はナタクの腰を踏みつけて、上空からスパナで殴りつける。とっさの事にドミノは反応出来ず、ゴッと硬質的な鋭い衝撃が文字通り頭を割る。
「が、ゥア……!!」
ブシュ、と。ドミノの額から鮮やかな緋血が噴く。怯んだ隙を逃す事なく、懐に潜り込んだ隷従法師のスパナが脇腹を殴りつけ、更に殴りつけた場所に回し蹴りを当てた。グヂャリと、不気味な厭な音が響き、ドミノは弾き飛ばされる。
「クフ、ククフッ!最強を見せるってぇ話はどうなったんデスかァァァああア!?見せろ、見せてみろ、見せやがれっつってんデスよ!」
狂笑しながら、隷従法師は距離を詰める。だが、
「四つ」
ドミノは隷従法師と距離を離す行動をとらず、倒れたまま地面に記号を描く。瞬間、一気に距離を詰めた隷従法師に脇腹を蹴り飛ばされ、再び吹き飛ぶ。
「くか、ッハ……!」
「ウク、ウククク!はぁん、これがアンタの言う『最強』って奴デスかぁ!?」
「カ、フ……そん、なに、ドミノの最、強とぉ、戦い、た、ければぁ……術式を、組む、暇くらいぃ、くれて、も、いいんじゃ、ないん、ですかぁ?」
「ウクク、アンタは馬鹿なんデスかぁ?戦いってのは何も、剣を交わしてから勝敗が決まる訳じゃないんデスよ。それまでの修練や能力、戦術や戦力の積み重ねってのが大事なんデスって知ってんデスか?ツラ合わせた時にはもう勝敗は決まってんデスよ」
ここの違いデス、と隷従法師は自らの頭をトントンと指で弾きながら、ニタリと嗤う。その後ろでは、ナタクが関節の軋みをあげながら、ぎこちなく立ち上がる。守護神、というには凶々しいシルエットが浮き彫りになる。
「先手を打ったからにはガンガン攻めんのは当然でしょう?相手が人形使いだってんなら尚更なんデスよ。そこを含めて最強と呼ばれるべきは――」
「貴、女の、気持ち、はぁ、分かり、ます、けどぉ、戯言、にぃ、付き合って、る、暇はぁ、ないんで、すよねぇ。残念、ながらぁ」
パキン、と。近くに聳えている街灯の柱に五つ目の記号を描いたドミノは、折れた肋骨箇所を手で押さえながら、優しく微笑む。苦虫を勢いよく噛み潰した様な、凄まじい形相で犬歯を剥き出しに睨み付ける隷従法師。
だが、既に目の前にいるのは、ドミノ=パフェルファムではない。
五つ目の記号を描いた時点で、その少女は傀儡仕様となった。
最強の人形使い。
空気が変わった。隷従法師と傀儡仕様が同時に存在するこの空間の空気が急激に変質し、ゾグンと心臓を鷲掴みにされた様な錯覚に陥る。
自然と、唇がひきつる。ひきつった唇は歪んだ笑みへと切り替わる。
「う、クク……何だ、そりゃ?ウク、ウクク、何、なんデスかってんデスよそりゃあ!」
轟、と唸りをあげて、見る見る内に五つの記号が組み合わされて術式が出来上がる。金属質な破壊音が響くと同時に、ナタクの右腕下方が砕け、傀儡仕様の前まで転がり、グシャリとへし折れて壊れた。
その、堕天の使いから授かった術式を精密にトレースした背徳の術式は、周囲の木や自販機や土やベンチを巻き込み、人の形を司る。
出来の悪い泥人形の如く、醜いシルエットが浮かび上がる。
「……さぁ、我が愛らしくカビ臭い親友。ドミノの敵の術式をぉ、存分に打ち砕いて下さいねぇ」
『自分を守護する自分』と。どこか自虐的に、そう呟いた。
[Fab-20.Mon/20:30]
「グゥ……この、クソ野郎!ナメった真似ぇ、してくれてんじゃねぇじゃんか!」
マウントポジションをとったまま、最後の力を振り絞って気絶したまま、覆い被さる様に寄りかかっていたカナタを蹴りでどかし、何とかその下から這って抜け出す。その際に人形がザリザリと地面を引きずられたが、カナタにダメージはない。殴られた衝撃のせいで、標的撃破の術式が途切れて仕舞ったのだ。
類感魔術とは『似た形』をした物と対象をコンタクトさせる呪いの一種だ。
例えば、十字教の十字架。修道者が十字架に祈る姿は誰にでも想像出来るだろうが、あれはゴルゴダの丘で十字架に磔にされて処刑された聖人と同様の苦痛を、信者がそれぞれ『重み』を分散して担うという意味を持つ。また同時に、神話上の天使の象徴でもある十字架を身に着ける事で、天使の力を何百万分の一でもいいから借りて祝福を得ようという、打算的な意味でもある。
占星術にしても同じ事が言える。地上と天上は同一的な世界である、故に地上で起こる事象は天上でも起こる、ならば逆に言えば天上で起こった事を読み取れば地上で起こる事が予測出来るのではないか。これが占星術の基礎であり根元でもある。
西洋の呪い、類感魔術とはそう言った『似た形』のリンク機能を応用した偶像理論の一種で、『似た形』を傷つける事で『本物』に悪影響を与える技なのだ。豊臣秀吉が行った踏み絵には、バテレン宗を追い詰める効果の他に、踏みつけたマリア像から本物に悪影響を及ぼそうとした思惑があったのだ。
そして呪いというのは東西南北の文化圏に幾つも存在しているが、より効果的なのは『対象の真名』を知る事である。得た対象の名を『呪』として術式に組み込む事でより強い効果を生むが、その性質故に強い衝撃などにより術式の一部が欠損して仕舞うと、全体が崩れて仕舞う。それはまるで、砂で作られたお城の様に。
カナタの拳は奇しくも、標的撃破が頭の中で組み立てた術式の一部を砕いたのだ。
「……クソ、チクショウ、チクショウ!あたいを誰だと思ってんだこのガキは!あたいは第一三枢機課の一人じゃん!それを……それを、コイツはブン殴ったんじゃんか!誰が赦すか、そんな事!主に認められたあたいを、ブン殴って、赦される訳がねぇんだよ、チクショウが!異教の猿風情が、死んじまえってんじゃん!」
叫ぶとともに、一撃。
標的撃破はまるでサッカーのPKの様にカナタの頭を蹴り上げ、反発力に負けてその場に尻餅をついた。カナタの拳が標的撃破の頬に突き刺さった時、地面と挟まれた為に、推進力と反発力、双方が直接脳を揺さぶった為に、身体の末端が言う事を聞かないのだ。むしろ、意識があるだけでも奇跡に等しい。
蹴る際に肺に息を溜めた事で、急激な酸素吸入に身体の代謝が対処しきれず、標的撃破の頭に竜のあぎとが噛み砕く様な激痛が迸る。かつてない屈辱と信じられない激痛に、両手で頭を押さえながら苦悶にのたうち回る。
『アァン?お前、馬鹿か?呪術師が前に出てどうすんだカス。雑魚は雑魚らしく、みっともなく影にコソコソ隠れながらみみっちく攻撃してりゃいいんだよゴミ。その小っせぇ脳味噌で理解したかタコ。意味もなく下っだらねぇポリシーだったらドブに捨ててろクズ』
不意に思い出すのは、イスカリオテの同僚の言葉。自らの信念を粉々に打ち砕く様に、その少年はニヤけた笑みと共に言葉を吐き捨てる。
「……ドイツも、コイツも。胸糞悪ィ奴らばっかじゃんか、このクソッタレの世界は」
異名《囚人使徒》と呼ばれる、第一三枢機課のリーダーである。思い出した顔と、思い出して仕舞った自分自身に腹が立った標的撃破は、もう一度「……クソッタレ」と吐き捨ててから、カナタに手を伸ばす。
が、不意に横合いから高速で飛び出した何かに、標的撃破は手を引っ込めた。何かは地面に突き刺さり、その姿を露わとする。
――十字型の刃物だ。日本では四方手裏剣という名で有名だが、日本文化や武器に詳しくない彼女の目には『おかしな形状の武器』としか見えない。
そして、武器というのは当然ながら使い手がいる訳であり、この辺りには一帯を覆い隠す様に空間切断の魔術を施していて、第三者の介入はない、筈、なのに、
「……誰じゃん、アンタ?どうやってここに入ってきた?」
「叩け、さらば開かれん。結界をノックして入ったのさ」
何故か。どういう理屈かは知らないが、標的撃破の前方五メートルに位置する場所には、赤い髪の大柄な青年が立っていたのだ。いや、確かに身長一九〇弱という長身は驚異に価するが、『青年』と呼ぶのは語弊かも知れない。まだ顔立ちは幼く、故に『少年』と言った方が適切に近しい。
「ちなみに俺は……そうだな、正義の味方、かな」
おどけた調子で語る少年を睨み付ける標的撃破。少年は肩を竦めながら、再び口を開く。
まるで、それが当然であるかの如く、凛として。
「初めまして魔術師。俺の名前は時雨沢タクミ。でも裏じゃ、灰色銀狼って呼ばれてマス。以後ヨロシク」
凛とした口調はいつの間にか砕けたものに変わっていて、ケラケラ笑いながら右手で敬礼する様な素振りを見せた。