§2、魔剣使いと死霊繰師
[Fab-20.Mon/15:30]
突然だが、カナタは死んでいた。
「……、うぅ」
「……お〜い。こんなとこで餓死してんな。どっかで食って帰りゃいいじゃねぇか」
解説しよう!弁当を持ってこれなかったカナタは、今朝コンビニで昼食を買う事をケチって学食で済まそうとしたのだが、食券の存在を知らずにカウンターに並んだりそのあと食券を買う為に長蛇の列に並んだり食券を買って再び列に並んでいる内に昼休み終了の予鈴が鳴ったりした為に昼食を食していなかったのだ!
という訳で餓死寸前のカナタは、机に突っ伏したままピクリとも動かない。
「……ちなみに僕のポケットには、結局使っていない親子丼大盛り(三〇〇円)の食券が入っていたりする」
「……それはそれは、ご愁傷様」
コータは苦笑いすら浮かべておらず、普通に苦々しい表情でカナタの背中をポンと叩いた。『外で買い食い出来る放課後なのに、わざわざ学食に行ってあまり美味くはない親子丼を食べなければ食券が無駄になる』という屈辱に満ちた使命を残したカナタは、鞄を手にゆらりと立ち上がる。
と、哀愁を背中に漂わせて教室を出ようとしたカナタを、ふとコータが止めた。
「あぁ、そうそう。癸はツヅミと約束があるみたいで、クラスの女ども引き連れて先に帰ったぞ。残念だったな」
やたらニヤニヤしながら語るコータ。だがしかし、カナタは眉を顰めて首を傾げて肩を竦めながら振り返る。
「ん?癸が先に帰って、何が残念なんだ?」
「……お前。それ、本気で言ってる?」
「え?え?いや、……いい事じゃん?それだけ癸がクラスに馴染んでるって事だし。転校生イジメも起きてないし」
それを聞いたコータは美麗な顔をぐっちゃぐちゃに歪めてカナタを愕然と見つめた。目は口ほどにものを言う。コータは『うっわ、コイツ心ッ底からブン殴りてぇ!』と如実に語っていた。カナタは訳が分からない。
あからさまにやる気なさげなコータの『じゃあな』という声に後押され(ニュアンス的には『あっちいけ』)、カナタは教室を出て廊下を歩く。階段を降りて渡り廊下を渡るとすぐに学食が見えてきた。
学食には、予想していたよりも割と人がいた。部活前にエネルギー補給をしている運動部員や、ジュース飲みながらダベっている帰宅部達。昼休みと比べると程良い雑音に耳を傾けながらカナタは食券をカウンターに出す。学食のおばちゃんが親子丼を作り始め、カナタはその場に立って待つ事にする。
「すいません〜。いつものお願いしますぅ!」
急にカナタの隣にやってきた少女は、食券ではなく小銭をカウンターに置きながら注文していた。が、おばちゃんには少女の『いつもの』で伝わったのか、軽く返事を返して作業に取りかかった。
「って、ドミノ?」
「あれぇ、カナタくんですぅ?」
そこにいたのは、数え切れない程多くの小さな縦ロールを巻いた金髪少女・ドミノがいた。
「お前って学食組だったのか?」
「はいぃ。今日はお昼休みにぃ職員室に呼ばれていたのでぇ、昼食を食べ損ねてしまいましてぇ。ここのカレーは最高ですよぉ」
「……もしかして。『いつもの』って……カレー、なのか?」
「はいぃ、そうですよぉ?」
「お前はどこの埋葬機関だ」
「?」
訳が分からないと言わんばかりのドミノの表情に、カナタは『何でもない、気にするな』と手で制した。あまり女の子に通じる話ではないし。
やがて学食料理が出来上がり、偶然出会ったカナタとドミノは必然的に隣り合わせにテーブルに座り、一緒に食べ始める。
「っつうか、ドミノは何でわざわざここの学食で食ってんの?外の方が美味いカレーが食えないか?」
「ん〜……」
ドミノはカレーを一口含み、咀嚼し、飲み込んでから答え始める。
「実はぁ。ドミノの家はぁ割と厳しくてぇ、学校帰りのぉ、買い食いとか寄り道はぁ、駄目だ〜って言われてるんですよぉ。ですからぁ、放課後にお腹が空いちゃったらぁ、いつも学校でぇ食べてる訳ですねぇ」
「家が厳しいのか。なんか、ドミノはそんな印象しないな。テストの成績も僕と近いし」
「う゛っ……。そ、それはぁ……まぁ、日本の教育方針がぁ身に馴染まないせいと言う事でぇ、な、何とか……」
「いやお前、日本国籍だろ」
厳しい家=学校成績という思考そのものが日本人的な考えではあるのだが、カナタは特に気にせず親子丼をパクパクと食べていく。うん、やっぱり予想通りあんまり美味しくない。
カナタとドミノは他愛ない会話を交わしながら食事を進め、ふと気付く。
「あのさ、」
「はいぃ?」
「家が厳しいって事はもしかして、ゲーセンとかカラオケとか行った事ない?」
「……カナタくん〜?それはぁ、ドミノをぉ馬鹿にしてるんですかぁ?」
「……あれ?違った?」
「流石にカラオケにぃ、友達と一緒に行った事ぐらいはぁ、ありますよぉ。……まぁ、ゲームセンターはないですがぁ」
「ふぅん。じゃ、行くか」
カラン、とカナタは空になった丼に箸を投げ込み、持参のお茶を飲みながら何気なく呟く。ドミノは、その言葉の意味が分からないと言わんばかりに目を点にしている。
「……はいぃ?」
「いやさ。どうせ学校帰りに何してたかなんて分かりっこねぇんだし、ゲーセンを体験すんのもいいんじゃねと。っつか今日の僕にゃ色々とストレス溜まってるから、発散しようかと思っててさ、ついでにどう?」
「え、えぇっとぉ……」
何かを天秤にかけているのか、ドミノは眉根を寄せたまま苦笑いを浮かべ、右手の人差し指を眉間に当てる。何というか、見た目は金髪外人少女である筈なのに、ポクポクポクポクという木魚の連打音が似合う。
が、ドミノは苦笑いを浮かべたまま顔を上げ、
[Fab-20.Mon/16:00]
「何とか……間に合ったデスよ」
「ふぁ……あぁそうかい、そりゃ良かったじゃんか……」
フラフラと。団子頭の黒髪少女とバンダナ少女は、目の下にクマを作ったまま足取り怪しく歩いている。完徹作業が身体に障っているらしい。
「……で?アンタの玩具は完成したんじゃん?だったらいつ攻め入るんじゃんよ。一応、あたいはアンタの命令に従わなきゃならないんだから」
「そうデスね……とりあえずは、夜を待つデスよ。睡眠もとらないと身体を壊しちゃ元も子もないデスし。相手は最強の人形使い(マリオネッター)……カバラの石像使いデス、一筋縄ではいかないデシょう」
「うん?なんだい弱気になってんじゃん。辛気くさい顔してばっかだと殺したくなるじゃんよ」
「戦略を練ってるデスから、ちょっと黙ってろデス。……ウクク、最強の名を飾るのは、私と『ナタク』デスよ」
ナタク。中国神話において、様々な武具・宝貝を繰ったといわれる伝説の英雄。六つの腕には属性の異なる大剣を持ち、どんな敵も一蹴一掃した、かの有名な封神演義にも度々登場する程知名度の高い存在。
団子頭の少女は、クロウリーと呼ばれる西洋の魔術師が定着させた近代魔術の法則性に則って『ナタク』を人工的に生み出した魔術師である。それだけでも歴史を動かす程の賞賛に値するのだが、彼女にはどうしても解せない事が一つ。
それ程の功績を出して、何故、自分がナンバー1ではないのか。ユダヤの古臭い石像使い如きに、自分が劣っていると言われるのか。人形使い(マリオネッター)として、最高峰の実力を持つ自分が、負ける筈がない。
そんな折、彼女にある命令が下った。何でも、件の石像使いが日本にいて、ある石を持っているのだとか。その石は団子頭の少女が属している狂金獣という魔術組織が、世界中を飛び回って集めている貴重な石である。
その石を奪ってこい。それが彼女に課せられた命。
丁度いい、と少女は思った。自身の強さを証明するチャンスだ、と。彼女にとってその命令はどうでもいい、ただ、異なる組織につく魔術師と戦闘を交わす口実が出来た事に、ただほくそ笑む。
団子頭少女の名は、曰く、隷従法師。自称・最強の人形使い(マリオネッター)。
今はあくまで自称でしかない。だが、これからは皆がそう呼ぶ。石像使い・傀儡仕様を撃破する事で。
(う、くく。うくくきかくけけくくく!最強は最強は最強の人形使い(マリオネッター)の名は、私にこそふさわしいんデスよ!『ナタク』は全ての敵を潰し全ての敵を殺し全ての敵を滅する最強の英雄デス!私が私が私が最強最強最強の名を冠して何が悪いってんデスかね!うくくか、うっくくくくく!)
不気味に残虐性をはらんだ笑みを浮かべる隷従法師を見て、バンダナ少女は小さくため息を吐いた。
(まぁ、コイツがどうなろうがどうでもいい事じゃん。目的は違えど目標は同じ、あたいはコイツが石像使いを殺さない様に見張るだけじゃん)
バンダナ少女の目的は、石像使いの身柄の確保だ。隷従法師とは異なる組織に所属している彼女は、あくまで協力関係にあるだけだ。実際、この団子少女とはつい二日前に出会ったばかりだ。
(上が何を考えてこんな奴と組ませたんじゃんね。あたい一人でやらせてくれりゃまだやりやすかったんじゃんよ)
バンダナ少女の名は、曰く、標的撃破。少女は赤み始めた空を見上げ、彼女が組みする組織――ローマ十字教の見えない意図について、考えていた。
不気味に笑う隷従法師と、空を仰ぐ標的撃破。二人が歩く足取りは徹夜明けでふらついていて、周囲の人々はギョッと遠巻きに見つめていた。
[Fab-20.Mon/16:30]
「……これは無駄足って言わないか?」
一旦、自宅に帰ったカナタは私服に着替え、再び電車に揺られていた。これがドミノの指定した『条件』だった。
学校帰りの寄り道は駄目、ならば逆に言えば、学校帰りでなければどこに遊びに行っても構わないという事で、自宅に帰って着替えて再び集合という形となった。が、カナタは自宅に帰って着替え始めてから『あれ?そう言えば、僕まで一回帰る必要はなくなかったか?』と気付いたりした。電車は定期なので金銭的には問題ないのだが、無駄に歩いて仕舞ったという事実が何となくやるせない。
(……まぁ、悪い事ばっかじゃなかったけどな)
そう心中で呟くカナタの手に収まっているのは、一通のエアメール。差し出し先は何故か書いておらず不明だが、差出人にはLunnes Maxletueと書かれていた。発音するとルネィス・マクスレツィア。
どうやら、カナタの友人である水鳥 静香に関する内容であるようだ。
実はカナタは、現代火器マンセーな陸上自衛隊の特殊部隊に所属している身でありながら、最強の吸血鬼や最凶の狩人や更には陰陽師や死霊術師や魔剣使い(ヘジンスレイヤー)と言ったビバ近代魔術の魔術師達と知り合いだったりする少々特殊で多々異質な高校生で、つい二週間前に魔術世界の戦闘に自ら首を突っ込んで左腕にナイフが二本貫通するという、高校生活を送る上でなかなかない愉快で貴重な体験談がある。
魔剣使い(ヘジンスレイヤー)と呼ばれる少女の裏切りを右拳と根性でどうにか食い止めたはいいものの、結局彼女は組織に戻り、現在は宗教裁判にかけられている。その結果が出たらしく、死霊術師のルネィスから内容が送られてきた訳だ。
中は筆記体の英文がずらりと書かれているが、五カ国語の読み書き発音をする事が出来るカナタには難なく読む事が出来る。学校成績はほとんど、英語だけで賄っているという悲しき少年である。
内容は、以下の通り。
水鳥シズカは一年間、本部に監視官つきで軟禁された状態で書記官として働かされるという懲罰を受ける事。
その間、本部の外へ出る事は一切の外出が禁じられた事。
これは水鳥シズカの追跡術の一つである暗号解読の能力が高い為に、司法取引を行った結果である事。
捕虜や重罪人の扱いとしては最上級であり、自分は安心した事。
今回の件は、カナタの協力なくして解決出来ず、本当に多大なる感謝をしている事。
ちなみに監視官としての職務は自分が受けれて嬉しい事。
最後に、貴方に神の祝福がありますように。
(……、ふむ)
世界中の組織間のパワーバランスを崩しかねない兵器の裏取引の片棒を担いで、一年間の軟禁で済んだというのはルネィスの言う通り、最上級の扱いかも知れない。少なくとも、核兵器の密売人がこの程度の罰で済んだら、きっと両手放しで大喜びする事だろう。
カナタはエアメールを丁寧に折り畳み、丁重に便箋に仕舞い込んだ。それを肩から下げたトートバッグに入れ、電車に揺られる。前にチドリや知り合いの黒髪少女と行った駅近隣のゲーセンはやや治安が悪いのでドミノの様な女の子を連れていくのは忍びなく(逆に言えばカナタは、チドリと黒髪少女は心配する必要なしと思っている事になる)、かと言って他に大きなゲームセンターは学校近くの商店街にしかなく、カナタは再び二駅分を電車に揺られている訳だが、ふと気付く。
(っつか、朝、ドミノも駅一緒だったよな。だったらわざわざ商店街を待ち合わせにする必要はなかったんじゃないのか?)
折角エアメールによって浮上し始めていたテンションが再び沈み、カナタはやるせない気持ちでいっぱいでしたとさ。
[Fab-20.Mon/17:00]
「すみません〜、遅れましたぁ」
「いや、時間ピッタリ。流石は日本国籍」
「……それはぁ。関係あるのでしょうかぁ?」
「時間厳守は戦略物資と並ぶ日本の誇る美学だからな。外国人はまず何より、電車のダイヤの精密さに驚くそうだ」
他にもドアと矢印がピッタリだったりするのも外国人には新鮮らしいのだが、逆にカナタはそういう緻密さがあるからこそ『日本は堅苦しいと思われがち』になるのだろうと思う。海外の大らかさを少しは見習うべきだと言いたい。
と、カナタはケータイの液晶から目を離し、目の前に立つ私服のドミノを見た。
クリーム色をもう少し白くした様なカーディガン――カナタは知らないが、生成色という――の下は真っ白な冬物のワンピースで、縦に二本のラインを入れる様にフリルが施されている。膝下近くまであるニーソックスも白、ほんの少し高さのあるヒールローファも白。上から下まで白いその姿は、まるでRPGに出てくる僧侶の様な見た目だ。
正直に言う。美少女、と形容してもお釣りが来よう。
尤も、カナタはそう思いつつも緊張したりはしない。努めて意識していない訳ではなく、本当に意識していないのだ。もし彼がもう少しだけ周囲に目を向けていれば、彼の人生はバラ色だろう事に全く気付いていない。
「それじゃぁ、行きましょうかぁ」
「おう。ってかゲーセン行ったら何かやりたいやつの希望とかあるか?」
「そうですねぇ、音楽に合わせてぇボタンをぉバシバシ叩くのがやってみたいですぅ。家庭用のでぇ練習はしてるんですがぁ、何分ゲームセンターに行った事がないのでぇ……」
「オッケ、そんじゃ行こうか」
二人は肩が触れるか触れないか、ギリギリの距離を保ちつつ寄り添う様に歩く。ドミノはともかく、カナタは全く気付いていない。
二人分の夕陽のシルエットは、今では一つになっていた。……のだが、やはりカナタは気にしていなかった。