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間幕《イスカリオテ》

ヴァチカン市国という言葉を一度は聞いた事があるだろう。

イタリア首都ローマの中央には四方を石の壁に覆われた0.44Km2程度の敷地が存在し、その領内こそヴァチカン市国と呼ばれている場所である。国の中に独立した国があると言う非常にユニークな構造だが、そもそもイタリアという国の枠組みは近年に出来たもので、一方でヴァチカンは二〇〇〇年近く昔から存在していた。

そのヴァチカンの中心よりやや東よりには、聖ピエトロ大聖堂と呼ばれる建物がある。現在でこそヴァチカンには多くの観光客や一般市民を受け入れているが、昔は枢機卿やローマ教皇ぐらいの地位でなければ入る事すら、一生に一度あるかないかと言われた程、神聖な場所だった。

「アーダが敗北しました」

薄暗い会議室の様な場所に座る青年に向かって、一人の少女が語りかける。片や男性用修道服を着た修道師(ブラザー)、片や女性用修道服を着た修道女(シスター)である。修道女(シスター)の手には、この場には最高に似つかわしくない電子端末(モバイルノート)が握られていた。

「……石像使い如きクズに、何負けてんだあのビッチは。クソ、すぐに呼び戻せウスノロ。あのクソアマは俺が直々に八つ裂きにして殺す」

「既に撤退命令は出してあります」

淡々と語る修道女(シスター)だが、ただ……、と言い淀んだ。青年が睨みを利かせて修道女(シスター)に振り返る。

「彼女の報告によると……直接彼女を撃破したのは、……その、一般人なんです」

「……あぁ?」

「石像使いと隷従法師(パペットプログラマー)の交戦中、何者かに足止めされ、撃破された模様。……その何者かと言うのが、一般人の様です」

青年の動きが止まった。まるで喜劇を見て笑うタイミングを外した様な表情を浮かべたまま、動かない。

どう反応するべきかとでも考えているのだろうか、青年が口を開いた瞬間、

「……ヒャハ」

――不意に、女の笑い声が聞こえた。二人しかいない筈の空間に、静寂以外の音は赦されないと言外に語っている様な空間に、突如として唐突に、笑い声が木霊する。

「ひひ、はっ、あはあハはヒヒひゃあはハハハハハははは!!最高よ、最ッ高じゃなぁいアーダちゃあん!?役立たずは所詮役立たずってトコかぁ面白ェえあははあはアハハはヒャヒャひゃひゃひゃ!」

聞こえてきたのは、青年が座っている椅子の上。二人が見上げると、背もたれの上に立っているにも関わらず、ゲラゲラと腹を抱えて身を捩りながら笑っているのに何故か落ちない女がいた。

ボサボサに広がった傷んだ髪は染めたのか、(マッド)の入ったくすんだ金色。着ている服は修道服だが、襟は赤で袖は青でフードは緑で全体的に黄色で、靴は白でソックスは紫で手の指には一〇本全てに毒々しいデザインの指輪がはめられ、左目の下にはピアス代わりに安全ピンを刺していた。

「……テメェ。どこに足乗せてるか分かってんのか?」

青年が凄む。並の人間――例えば隣にいた修道女(シスター)は、あまりの殺気にその場に座り込んだ――ならば、すぐにでも頭を下げて赦しを懇願『させる』類の殺気である。だが、くすんだ金髪の女は、響いた様子なくニタァリと不気味に嗤う。

そして語る。





「存じておりまァす。イスカリオテのユダちゃんの――」





ドゴン!という破壊音が轟く。くすんだ金髪の女が言い終わる前に、女の身体が弾丸の様に吹き飛び、壁にクレーターを作らん勢いで激突した。ズルリと床に崩れ落ちた女は、うなだれたまま動かない。イスカリオテのユダと呼ばれた青年は立ち上がり、動かない女を見据える。

「あんまり調子に乗るなよカス風情が。今すぐボロッボロの八つ裂きにされてェンかよテメェ。俺がテメェを殺さねぇのは利用価値があるからだって忘れた訳じゃねぇだろうなクズ」

「……ふフ、うふふアァははははあは!ゴメンねぇ、怒っちゃったかしらァんユダちゃあん!ぎゃはあはっ、そっちこそ忘れてんじゃないカシラぁン!?『アタシにゃアンタは殺せない』けど『アンタはアタシを殺せない』って事ぐらいさぁ!あらあらァン、そんな事も忘れちゃったのかしらユダちゃんはぁハあははひひゃはアはギャハハはは!」

壁にクレーターを作る程の速度で激突したにも拘わらず、女はうなだれていた頭を上げて爆発的に嗤う。血の一滴どころか、ぶつかった壁にすら傷一つついてはいなかった。

カラフルな服を着た女はユラリと立ち上がり、バターを裂いた様な不気味な笑みを浮かべたままイスカリオテのユダに歩み寄る。

「……それで、その一般人って奴ぁどうするつもり?」

「殺す」

イスカリオテのユダは即答した。真正面から女を睨み付ける様に、ほんの少し顎を突き出せばキス出来る様な距離で。

それでも、互いの双眸には憎悪と嫌悪と殺意しか浮かんでいなかった。隙あらば互いに殺す事を企んでいるから夜道には気を付けろ、と言外に語る様に。

「ま、待って下さい!一般人を殺めるのには異議があります!」

そんな二人の間を裂く様に、電子端末(モバイルノート)を手にした修道女(シスター)が、立ち上がりながら叫ぶ。

「この者は決して神の敵ではありません!ただ神を知らないだけでしょう!?そういう迷える子羊に救いの手を差し伸べる事こそが、我々ローマ十字教の――」

「「誰に向かって指図してると思ってやがんだテメェは!」」

イスカリオテのユダとくすんだ金髪の女が、全ての憎悪と嫌悪と殺意を修道女(シスター)に向けた。ィヒッ、と嗚咽だか悲鳴だか分からない声を漏らし、再びその場に座り込んだ。意識があるのかないのか、双眸の焦点は全く合っていない。

その恐怖は、先程の比ではない。

その脆弱な様子を見て、チッと舌打ちしたイスカリオテのユダの横を通り、地面に落ちた電子端末(モバイルノート)を拾い上げるくすんだ金髪の女。液晶パネルをタッチペンで操作し、ニヤリと口嗤う。

「……へぇ、もう写真まで転送されてんのか。十……か、一ってトコかな?東洋人の年齢はいまいち掴めないわね」

「その写真は手配書として引き延ばせ。あと、《イスカリオテ》に喧嘩を売ったメデたい奴の名前は?」

椅子に座り直したイスカリオテのユダは、半目でくすんだ金髪の女を流し見る。女は小首を傾げ、まるで難しいパズルを組み立てている様な呻き声を漏らす。

「えぇっと……か、カレ、……何だこりゃ。この国の基本表記は象形文字なのか?」

「早く読め、殺すぞウスノロ」

「分かってるわよ!えっ、か……カレ、カノ?カレ?ホウ……トキ……ツ?ヅ?ごめん、パス。何て書いてあんのか分かんないわ。クソッ、アーダの野郎……ローマ字で表記しやがれっつのよ!」

くすんだ金髪の女は電子端末(モバイルノート)を投げ捨て、イスカリオテのユダはそれを受け取る。

「……カナタ=トキツ。コイツが、(おれ)の敵か」

くつくつと、イスカリオテのユダは嗤う。その凄惨な笑みを見ていたくすんだ金髪の女は、肩を竦めた。

カナタ=トキツ。

この瞬間から、最大宗派ローマ十字教に、その名が広まった。

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