プロローグ
[Fab-19.Sun/23:00]
ガギッ、ギチキリキリギリ。
長い黒髪を団子に束ねた少女は、座り込んだままスパナを動かしていた。六角ボルトを関節部に挟み、工具油を差し込みながらリズミカルに回していく。
「ふっふんふ〜ん♪」
鼻歌交じりに酸化し始めた部位を、防錆油を染み込ませた革布で拭きあげ、滑らかな光沢が浮かんだ様子を見て恍惚な表情を浮かべる。
「楽しそうじゃんよ」
「あぁ、標的撃破デスか。……楽しそう?楽しいデスとも」
何らかの機具の整備を行っていた少女は、作業の手を止めて声のした方向に振り返る。そこには、頭にバンダナを巻いた少女が立っていた。装着したヘッドフォンからは、ジャガジャガと喧しい程音量を上げた洋ラップが漏れて聞こえてくる。
二人の歳の頃は一七と言ったところだろう。互いに噎せる様な工具油の臭いを身に纏っているが、慣れているのか、気にした様子はない。
「あたいにゃそんな事ぁ出来ないじゃん。っつか、この油くせぇ空間にゃ一秒たりともいたくならないじゃんよ」
大人びてはいるがどこか幼さを残した声のバンダナ少女は、日本語に不慣れなのか片言で話す団子頭少女に冗談混じりに訴えかける。が、団子頭少女は嘲笑する様に不気味な笑みを浮かべ、首を横に振る。
「デシたらどこぞへ消える事をオススメするデス。私の楽しみの邪魔をするデシたら、同志と言えど潰すデスよ?」
「あたいの言いたい事はアンタ、分かってンじゃん?」
ハン、と鼻を鳴らし、バンダナ少女は団子頭少女に歩み寄り、少女が手にしている機具を見下ろす。そしてアンバランスな口調で語る。
「それ。今頃調律してるみたいじゃんか。明日中に間に合うんじゃん?」
「さぁ、どうデスかね。一応、今のままでも戦力にはなるデスが、やはり万全を期す為にはもう少し改良した方が良いデスでしょう」
「……まぁ、何だっていいンじゃん。あたいはアンタのサポートを命じられてるんだけなんじゃん、間に合わない様だったら一人でやらせてもらうじゃん。その際の全責任はアンタに担ってもらうケドね」
「フフ。……ご安心をデス」
ゆらりと、団子頭少女は立ち上がる。赤紫の丈の短いチャイナドレスにゆったりとしたデニム、その服装を隠す様に上から安っぽい黄土色のジャンパーを着込んでいる。どうやらこのジャンパーは服を汚さない為だけの物の様だ。
「最強の人形使い(マリオネッター)と謳われている様デスが、最強の人形使い(マリオネッター)は私だと言う事を証明してみせるデスよ」
ニヤリと、手にした鈍い銀色に輝くスパナを掲げ、嗤った。