お門違いも甚だしい
「は?」
私は思わず一音で反論した。
私は父を人生早々に亡くし今は母と二人で暮らしている。現在高校二年生美術部所属。吹奏楽部から転部した。
父のいない寂しさを埋めるように母とは今でも一緒に風呂には入るし、隣のベッドで寝る。高校生にしちゃあ異常とも取れるだろう。だがそれが私のメンタルの支えでもあるのだ。
なぜ私が一言漏らしたかと言うと、話せば長くなるからまずは前提から話させてほしい。
私の高校は大学の附属高校で、似たような附属高校が全国に幾つもある。そしてそのPTAも勿論同じく。PTAの地方ごとの大会(地方総会のようなものである)が毎年各々の県でローテーションにあるのだが今年は運悪く私の高校がある県の番だった。その大会の要項、つまりは資料の表紙には絵が印刷される。その印刷される絵を私の美術部は頼まれた。
頼まれたのは二週間前の話。他にも複数人取り組んでおり、私は月曜と金曜しか部活に行けないから、行っていないうちに仕上げ終わっている人もいた。残された期間は三週間。到底月金のみで仕上げられない。他の曜日も行く必要があるのだが、あいにく塾などの習い事と被って行けないのである。なので一応私の県のシンボルである城を描いていたのだが、先生に言いに行って諦めた。
私の親はPTAのとある委員の副委員長をしており、他のPTAの親御さん達にも私が美術部に転部したことを話していたらしい。そのことがこのことの発端である。途中やめにしたことを風呂で話した時である。
「途中まででやめた?完成させて出してよ」「は?」
というのが先程の「は?」までの流れである。
「無理」「無理とかじゃない」「は?無理なもんは無理」「美術部で頼まれてるんでしょ?途中までできてるんだから折角なら出したら?」「嫌だ」「嫌だとかじゃない」「は?月金しか行けないであと三週間だよ?到底間に合わないでしょ」
「親のPTAに協力するぐらいしてくれてもいいでしょ」「無理なものは無理だって言ってるじゃん」「どうせ部活じゃ推しの絵しか描いてないんだからいいでしょ」「他の人だってそうですが何か」「お母さんはPTAで貴方は美術部。で美術部に依頼が来てる。やりたいやりたくない関係なくやらなきゃダメでしょ」「だって絵の具だって乗せてないんだよ?どうせ無理だよ間に合わん」
まだ城の一部を鉛筆で描いただけで全体の作業の1/10が終わったかどうか怪しいぐらいなのに、である。
「出た」「何が」「どうせ無理って諦めてばっかり」「何が悪いん」「無理だからって諦めてばっかりだったら人生何もやることなくなるよ」「私勉強楽しいんだから勉強してりゃいいじゃん」
一応言っておくが、私は勉強狂である。
「そうじゃなくて、満足するところを低く取ってたら成長していかないよってこと」「成長しようとしたって周りのレベルが高いんだから途中で挫折するんだよ」「じゃあ足が速くなりたいけど私より速い人いるからあきらめるの?」「そういう問題じゃない」
私は身体を洗い終わって風呂を出た。イライラして独り言ばかりをこぼす。
「描かんよ先生に言っちゃったんだからさ。もう間に合わないことは目に見えてるんだし。勉強好きなら勉強やってりゃいいじゃんまず日程的に間に合わないんだからそんなの言われたって今から間に合わないって。あと成長がどうたらこうたらとか言うけど私のメンタルを高く見積もり過ぎだよ全く。うちは風景画は無理やし人物画しか描いてないけど出来もイマイチ。他に絵上手い人なんて部活にわんさかいるのに。私に言ってくるなんてさぁ⋯
『お門違いも甚だしい』。」
なんとなくPTAの行事に振り回される子供を書きたかっただけです。




