盗人除けのまじない
その村の隅の寂れた場所にある一軒家には、とある老婆が住んでいた。亡くなった旦那の遺産と内職で暮らしていて、一見はただの人の良さそうな老婆に思えるが、彼女にはちょっと変わったところがあった。
実は彼女は魔法使いで、まじないの類が使えると言うのだ。
実際に、こんな話があった。
彼女はたった一人で暮らしているのに、一度も盗人に入られた事がないのだが、それは彼女が毎日、盗人除けのまじないで家に結界を張って、盗人から身を護っているからだというのである。
……なに?
信じられない?
オーケー。
君の疑問はもっともだ。そういう人間もいるだろう。実際、この村にもそんな噂を信じないある男がいた……
「盗人除けのまじないだぁ?
何言ってやがる。そんな馬鹿な話があって堪るかってんだ!」
村の酒場では、男達が気炎を上げている。議題は魔法の実在について。そこで村に住んでいる魔法使いの老婆の話になって、件の“盗人除けのまじない”についても取り上げられていた。
「だってよ。あの婆さん、旦那の残した金も持っているんだぜ? なのに、一度も盗みに入られていない。か弱い婆さんだけの一人暮らしだってのに……
まじないのお陰だとしか思えないじゃないか」
四角い顔の男がそう訴えるのを、たくさんの髭を蓄えた男が否定する。
「そんなの、お前みたいな馬鹿な臆病者ばかりだからだよ。嘘を信じて誰も盗みに入らないんだ」
「なにを? じゃ、お前なら、盗みに入れるってのか?」
「ああ、入れるさ。見てろよ!」
とんでもない事を言っているが、酔っ払い同士の会話である。しかも、売り言葉に買い言葉。それを聞いている者達は、誰もそれを本気になんかしていなかった。
ところが……
老婆は買い物に出かけていた。
髯男は誰もいない彼女の家の前にいて、中の様子をうかがっている。この家が盗人に一度も入られられた事がないのは、犬でも飼っているからではないか?と思っているようだった。だが、犬の姿はどこにもない。
“こりゃ、本当に楽勝なんじゃないか?”
本当は盗みに入る気など彼にはなかった。噂の真相を確かめようと、やって来ただけだったのだ。
が、そのあまりに無防備そうな家に少しばかり魔が差した。老婆である。ちょっとくらいなら、盗まれた事にすら気付かないのではないだろうか?
庭に入って家をぐるりと回ると、鍵のかかっていない窓を見つけた。歳の所為で、注意力がなくなっているのかもしれない。彼はそこから忍び込むと家探しをして、金をいくらか見つけた。ちょっとした小遣い程度だが、臨時収入としては充分である。彼は部屋を元通りに片付けるとそのまま老婆の家を出た。
しばらく経ったが、老婆が盗みに入られた事に気が付く様子はなかった。すっかり安心した髯男は、盗んだ金で酒を飲もうと酒場を訪れた。以前議論をした四角い顔の男がその晩も来ていて、やはり魔法使いの話をしている。
気分良く酒を飲んでいると、こんな声が耳に入った。
「まじないは本当に効くんだって。盗人除けのまじないのお陰で、盗みに入られていない魔法使いの家だってあるんだぞ?」
彼はそれを聞いて思わず笑ってしまった。
“盗人除けのまじないなんて、まったく効かないぞ。馬鹿が”
それで思わずこう言ってしまう。
「そんなまじない効かないぞ! 現に俺はその魔法使いの老婆の家から盗んだ金で、今日、酒を飲んでいるんだからな!」
それを聞いて、皆が彼を見る。
“しまった”
と、そう思った時には既に遅かった。誰かが警察に連絡をしていたのだ…… 警察に連れて行かれる彼を見ながら、四角い顔の男が言った。
「――ほら、見ろ。やっぱり、まじないは効くんだよ」




