第八話 フォロワー二十万
翌朝。
スーツを着る。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
駅を通り過ぎる。
喫茶店の奥の席。
パソコンを開く。
昨夜から、ずっとそのアカウントを見ている。
フォロワー二十万。
固定ポストを開く。
「デイトレで負けてる奴は全員同じ間違いをしてる。短期で抜こうとするから仕掛けに食われる。本当に取れる相場は、待てる人間だけが取れる」
スクロールする。
「焦って売る奴の金が、待てる奴の口座に入る。それだけのことだ」
画面から目を離せない。
そういうことだったのか。
過去ポストを遡る。
的中。
的中。
的中。
外れた投稿が、見当たらない。
本物だ。
問題は、金がないことだ。
口座の残高を開く。
ゼロ。
チャートを見る。
あの銘柄が、じわじわと動き始めている。
置いていかれる。
結婚資金を、戻さないといけない。
このままでは終わる。
消費者金融、と検索する。
すぐに広告が並ぶ。
「最短即日融資」
「はじめての方、30日間無利息」
30日あれば、十分だ。
指が動く。
申込フォームを開く。
名前。
住所。
年齢。
勤務先。
手が止まる。
勤務先。
前の会社の名前を書く。
年収の欄。
実際より、多めに書く。
在籍確認の電話が来ることがある、と小さく書いてある。
来たら、終わる。
別の会社を探す。
「在籍確認なし」「即日融資」
申し込む。
30分後。
審査通過。
限度額、五十万。
また別の会社。
審査通過。
四十万。
また別の会社。
審査通過。
六十万。
合計、百五十万。
すぐに証券口座へ送金する。
だが、百五十万では足りない気がした。
あのアカウントが言っていた。
「中途半端なロットで入っても意味がない。どうせやるなら、取れるときに取れるだけ取る」
信用取引。
証拠金百五十万で、約四百五十万分のポジションを持てる。
買う。
翌日。
含み益が出ていた。
十五万。
翌々日。
四十万。
アカウントが新しいポストを上げる。
「まだ伸びる。売るな。ここで売る奴は一生取れない」
売らない。
持ち続ける。
四日目。
含み益、百万。
五日目。
百五十万を超えた。
喫茶店のコーヒーを飲みながら、画面を見ていた。
笑いが込み上げる。
含み益百五十万。
もう資産は二倍になった。
百五十万は、借金だけど。
もっと入れればよかった。
限度額まで全部突っ込めばよかった。
アカウントを開く。
「焦って売る奴の金が、待てる奴の口座に入る」
そうだ。
待てる人間になれた。
六日目の朝。
スーツを着る。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
喫茶店に着く。
パソコンを開く。
チャートを確認する。
一瞬、意味が分からなかった。
下がっている。
昨日より、大きく下がっている。
更新する。
また下がる。
アカウントを開く。
新しいポストはない。
板を見る。
売り一色。
胃の奥が冷たくなる。
9時。
寄り付き。
一段、下。
また下。
止まらない。
アカウントを何度も開く。
ポストがない。
リプ欄が荒れ始めている。
「どうなってんだ」
「また消すのか」
「毎回これ。逆指標さんお疲れ」
意味が分からない。
また消す?
更新する。
また下がる。
含み益が、みるみる削れていく。
百五十万。
百万。
五十万。
戻れ。
アカウントを更新する。
新しいポストが上がっていた。
「少し調整。焦るな。まだ持て」
まだ持つ。
そういうことだ。
二十万。
戻れ。
十万。
戻れ。
ゼロ。
含み益が、含み損に変わった瞬間、通知が来た。
【追証のお知らせ】
画面を見る。
追証額。
九十八万円。
頭が真っ白になる。
持っていない。
銀行口座を開く。
残高、三千円。
消費者金融のアプリを開く。
追加融資の申請。
審査中。
結果。
「現在の限度額以上の融資はできません」
別の会社。
「審査の結果、今回はご希望に添えません」
また別の会社。
「審査の結果——」
スマホを伏せる。
窓の外を、スーツ姿の男が歩いている。
追証を払わなければ、強制決済される。
コーヒーが冷めている。
アカウントを開く。
さっきの投稿が、消えていた。
「まだ持て」という言葉が、消えていた。
リプ欄だけが残っている。
「また消した」
「毎回このパターン」
「信じた俺が馬鹿だった」
喉の奥がひりつく。
チャートを見る。
まだ下がっている。
強制決済の通知が来た。
画面を閉じる。
借金が、三百万近くになっていた。
式場のパンフレットを、昨日結衣が机に出していた。
「見積もり、来週取りに行こうよ」
コーヒーの氷が音を立てる。
アカウントが、また新しいポストを上げた。
「次、本命。これは確実だ」
確実。
その言葉を、三回読んだ。
金がない。
金さえあれば。




