第9話 学院の魔力登録
* * *
王立魔術学院 《ルミナリア》に入学する3日前。私とアシェルは馬車に揺られ、学院寮に行くべく、王都内にある王立魔術学院 《ルミナリア》向かっていた。
「活気に溢れていますね」
「ここは国の中心部、王都だからね。でも、この賑やかさも3年前にリーゼリアたちが国を救ってくれたから存在する光景だ。《静寂の魔導姫》の素性を知らなくとも、皆リーゼリアに感謝しているんだよ」
ほら、とアシェルは窓から指を指す。その方向には多くの商人たちの店があり、果物や野菜、工芸品など数多くの商品が売られている。
地下で過ごす前までには見なかった新しいものや本で見た他国の商品まであり、他国と貿易が盛んなことが窺える。
その中で、目を引くものがあった。どのお店にもフードを被った人物と《七星の塔》の似顔絵がポスターのように掲示されている。
もしかして、と私はアシェルを見ると、彼は私の疑問がわかっているように頷いた。
「そう、あれは3年前のスタンピードを止めた英雄を讃えるために飾ってあるんだ。《静寂の魔導姫》はフードを被っていて顔が分からないから他の《七星の塔》と違って顔は描かれていないけどね」
「国王陛下からの命で私は前線に出ただけなのに」
「リーゼリアはそう思っても、俺たちにとっては太陽よりも眩しい希望の存在に見えたんだ。あの8つの群れは過去に類を見ない規模のスタンピードだった。どの群れの王も強く、正直に言って、俺はもう終わりだと思ったさ」
あのスタンピードはこの国の人間が生きることを諦めてしまうほどのものであった。前線で戦う魔術師や騎士も仲間の命が費えるたびに思ったことだろう。
「けれど、そのときにリーゼリアが現れたんだ。俺はその時の状況を人伝でしか知らないけど、間違いなく、リーゼリアは希望の光だったんだよ」
「そう、なんでしょうか」
「うん。もうすぐあのスタンピードの日から3年が経つ。だから彼らは英雄たちの似顔絵を掲示し、感謝を伝えようとしているんだよ」
窓の外に続く店には確かに絶え間ないほどにポスターが貼られている。あのとき、私は誰かを救いたいという思いがあって、スタンピードを止めたわけではない。
国王陛下からの命を受けた私はそれを叶えるためにひとり前線に赴いた。崖から見下ろした魔物の群れは確かに強いと思った。それでも、私にとっては大した脅威ではないとも感じた。
だからこそ、私は魔物の群れを見下ろしたとき、「怖い」「恐ろしい」という感情はなく、ただただ「めんどくさい」という気持ちしかなかった。そして、私は契約している《大精霊エリュシオン》と共にいとも簡単にスタンピードを止めたのだ。
誰かを助けたいっていう思いがあった訳じゃない。そもそも、あの時に私が思いを入れるような相手は前線にいなかった。
けれど、あの時は感じなかった感情が今はあるように思う。
だって、王都のみんなが、笑顔でいてくれるのは嬉しいと思うから。
これは間違いなく、3年前には存在しなかった感情だ。きっとこれは短いながらもフェイン侯爵家で過ごした、あの暖かな空間から得られた感情だろう。
自身の中の変化に私は驚くが、この変化が不思議と嫌じゃない。
誰かのために、という自己犠牲が今もある訳では無い。けれど、人々が平和そうに過ごしている姿をずっと望んでいる気がした。
* * *
王立魔術学院 《ルミナリア》に着き、私はアシェルの案内のもと、学院寮に向かうために学院内を歩いていた。馬車に乗せていた荷物は学院内にいる使用人が部屋に運んでくれるらしく、私は何も持つことなく、学院内を進んでいく。
学院の敷地はとても広く、生徒が学ぶ学院本館に加え、魔術の演習場や実験室、学院寮など設備が多く存在している。特にアシェルは学院本館内にある図書館を私に勧めていた。
「ここの図書館はとても広いんだ。基礎的な魔術の本から王宮魔術師も使うような専門的な魔術書まである。きっと、リーゼリアの目を引くような本もあると思うよ」
「それは楽しみです」
私の頭の中は小さな図書館並の蔵書が記憶されている。それもジャンル問わず、様々な本があるため、その辺にあるような図書館の本では私は既に読んだことがあるものが多い。
けれど、こうした王立魔術学院 《ルミナリア》のような図書館ではあの地下にはなかった、もっと魔術の専門書があるかもしれない。それは私がまだ見たことも読んだこともない本だと思う。
どんな魔術も使えるけど、私の知らない魔術の可能性を秘めた本があるかもしれない。
そう思うと、私は王子さまたちの護衛が暇なときは図書館で本探しでもしようかと密かに決めた。
アシェルはあえて人がいない道を選んでくれているのか、誰とも会わずに学院寮に着くことができた私は学院寮に張られた結界に気づき、目を眇めた。
「ここが寮の出入口だ。といっても、ここからさらに寮の建物内に入るために扉があるわけだが」
「ここは男女ともに同じでそこから二手に別れた道を進み、男女それぞれの学院寮となっているわけですね」
「そういうことだ。ここから左の道に進むと男子寮、右に進むと女子寮があり、それぞれその入口には不審者が侵入できないように本人確認のための魔術がある」
私はそれを聞き、意識を奥側に向けると、確かに本人確認をするための魔術が組み込まれている。あれはどうやら壁側に魔術陣があり、そこに触れることで魔術が発動するようだ。
魔術陣に触れなければ学院寮に張られている結界に排除され、中には入れない。不審者も入れないし、生徒同士で寮を行き来することもできないみたいだ。
貴族の子息子女が集まるため、万が一のことも考えての魔術だろう。
「あの魔術は本人の魔力を読み取り、本人確認をするためのものですよね。既に学院寮に入っている先輩方はもちろん、今年入学する新入生たちの魔力を予め魔術陣に覚えさせていると思います。けれど私の魔力はまだのはずです」
「リーゼリアの言う通り、確かに君の魔力はまだ登録されていない。今年入学する新入生は入学決定時に魔導具が渡されている。その魔導具に魔力を込め、その魔力で魔術陣に魔力を覚えさせているんだ」
あとから魔導具を回収すれば、本人たちがわざわざ魔力登録に学院に来なくていいということだ。便利な方法だと思う。
「魔術陣が魔力を覚えるのには少し時間がかかるため、予め登録させておいたほうが楽なんだが、リーゼリアの場合、今すぐ魔術陣に魔力を覚えさせることができると《七星の塔》や陛下たちが考え、この場で登録することにしたんだ」
それを聞き、私は僅かに肩を竦ませる。
あの魔術陣が魔力を覚えるのに時間がかかるのは登録されている魔力の数が膨大だからだ。一定の魔力量で注がないと、上手く魔術陣が作動しない。
その点、魔導具を使って行うと綺麗に一定の魔力が流れるから、予め魔導具での魔力登録が行われている。
魔力を一定に流すのは私にとっては難しいことではない。効率よく魔術を扱うためには魔力操作は基礎中の基礎であり、魔力の操作が下手だと不安定な魔術が発動する。
しかし、それはある程度魔術を扱い慣れ、省略詠唱や無詠唱で魔術を扱えるようになる魔術師くらいだ。習い始めたばかりや、まだまだ魔力の操作にブレがある生徒ではこの魔術陣を自力で初期作動させることは至難の業だろう。
無理やり魔力を流すと、この魔術陣が壊れるかもしれない。
とても繊細な魔術陣だ。恐らく《七星の塔》の誰かが作ったものだろう。
たとえ壊したとしても、直すことは簡単だ。けれど、登録されている魔力の数はここの学院の生徒と全く同じだ。膨大な数の魔力の種類を登録し直すのはとてもめんどくさい。
「わかりました。この程度なら、とくに問題ありません」
アシェルの言葉に頷くと、私は入口を通り、女子寮へと続く道へと足を向ける。
「そうだ、部屋番号は魔力を登録すると魔術陣が教えてくれる。荷物も部屋に運び込まれているだろうから心配いらないよ。それと、部屋には寮内で使える通信機がある。詳しい使い方は部屋に行けばわかると思うから」
「? わかりました」
「部屋に着いて通信機が使えるようになったら、一度連絡してみてくれ」
私は小さく頷き、そのまま足を進める。アシェルも男子寮へと続く廊下を歩いていき、私はそれを横目で見送ると、魔術陣がある壁まで歩いていく。
貴族の子息子女が暮らす寮ということもあり、廊下を歩くだけでも清潔さが窺える。カーペットには汚れひとつ見つからず、窓にも埃や傷は見当たらない。
「さすが、国が管理しているだけあるね」
女子寮内と廊下を繋ぐ扉の手前に着くと、私は魔術陣が刻まれている壁に手を触れた。目の前には結界が張られており、このまま私が前に進めば、この結界に弾かれるのだろう。
ただし、私の場合、結界に弾かれることなく女子寮内に入ることができてしまうのだが。まあ一度は弾かれるが、そこは力技というか、私の魔力で結界を中和していけば侵入できてしまう。
もちろん、そんなことするつもりは無いけど。
魔術陣に触れた手のひらから、ゆっくりと魔力を流し込んでいく。一寸のブレもなく、多すぎず少なすぎない魔力量を注ぎ込む。
魔術陣は私の魔力を飲み込み、徐々に白銀色へと変化していく。これは私の魔力を上手く登録し始めている証拠だ。
「ふあ〜、ねむ……」
こうして魔力を流すだけの作業のため、とても眠くなる。目を擦り、私が魔力を流し込むこと数分。カチッと音がしたと思うと、魔術陣の中に私の魔力が新しく登録された。
壁には私の部屋番号が記されている。
「……S105?」
どこだと首を傾げていると、頭の中に部屋への地図が浮かび上がった。どうやら部屋まで案内してくれるところまで含んでいる魔術をのようだ。
「フラムさんたちが一人部屋にしてくれているみたいだから、本当に助かった」
地図を頼りに私は廊下を進んでいく。そしてまたしても魔術陣があるようで、地図はそこに私を案内している。
魔術陣は角を曲がった先にあり、空間を繋げる転移の魔術陣のようだ。転移の魔術は大精霊や一部の高位精霊と契約した者のみが使える魔術であるが、精霊と契約したからと言って全員が使える魔術ではない。
転移の魔術は高等魔術だ。詠唱と並の魔術とは比にならない細かな魔術陣を展開しなければならない。
「学院寮内という対象を限定することで、この魔術陣は作用している」
本来ならばこの魔術陣を作動させるには詠唱と多くの魔力が必要となる。しかし、それを学院寮内にのみ作用するという縛りのようなものを組み込むことで少ない魔力を流すだけで魔術陣を扱えるようにしている。
「この魔術陣も普通の魔術師が作ったものじゃない。施されている術が、細すぎる。たぶん、これも《七星の塔》の誰かのものだと思うんだよね。みんな、高位精霊と契約していたはずだから。でも、誰が作ったかは……」
魔術陣を作っただけで、本人の魔力は確認できないため特定する事ができない。
「……まあ、なんでもいいか」
私は魔術陣の中に入り、陣に魔力を流した。
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