第7話 手抜きの実力
「そういうことなら、敬語はなしで話すとしよう」
「仲良くしてくれ、リーゼリア」
名前を呼ばれ、私は嬉しくて小さく笑った。なんだか敬語越しだと距離を感じてしまったのだ。
「ヴァレンティーナさまに雑談でもと言われてはいるが、一体何を話したらいいものか。陛下から何か聞いておくべきだったな」
「父上、リーゼリアは国王陛下と親しいのですか?」
「リーゼリアは《七星の塔》だからな。王宮に行くことも何度かあったわけだ。私とも何度か会ったことがあるのだが、リーゼリアは覚えているかい?」
問われた私はさりげなくクッキーを食べていたため、それを急いで飲み込んで口を開く。美味しそうで我慢ができなかったのである。味はとても美味でした。
「はい。陛下の執務室でお会いしたことがありますよね?」
「覚えてくれていたようで嬉しいよ。リーゼリアは何か好きなものとかあるかい? 学院に入学したらアシェルと違って私とは長期休暇のときくらいしか会えないだろうから、今のうちにリーゼリアの好きなものを知って仲良くならないとね」
「俺だって学年違うんですから、そんな頻繁にリーゼリアと会えないですよ、父上」
アシェルは「このマフィン美味しいよ」と私のお皿に乗せる。自然な流れでお菓子を取ってくれる姿は『お兄ちゃん』といった感じた。
私には兄がいないため、兄とはこんな感じなのかと思う。
「ありがとうございます」
アシェルに一言お礼を告げると、私はマフィンを一口食べる。柔らかくて甘くて、何個でも食べたくなる。
それを見ていたアイザックはふむ、と何か思いついたように口を開いた。
「リーゼリアは甘いものが好きなのかな? 思えば陛下とお茶会をしていたときも、陛下は甘いものを多くご準備されていたように思う」
「俺も甘いものが好きなんだ。今度王都の美味しいケーキ屋さんに一緒に行こう」
私は基本、人見知りであるため初対面の人と話すには少し時間がかかることがある。話すことが苦手だった過去とは違い、話すことはある程度はできるようになった。それでも初対面の人と話すのは相手にもよるが、少し時間がかかるタイプだ。
けれど、フェイン侯爵家のふたりは私が話さなくとも、自然と会話の中に入れてくれて、そして私が気を使わないように会話を進めている。とても居心地がいいと思った。
「甘いものは好きです。魔術を使うのに頭を使うので糖分が必要になりますし」
「それもそうか。それならば甘いお菓子を多く用意させよう。アシェルが好きなチョコケーキも用意させるから、ふたりで仲良く食べるといい」
「ありがとうございます、父上。リーゼリア、うちの料理長が作るチョコケーキは王宮のものにも負けないくらい美味しいから、期待しておいてよ」
パチンとウインクしたアシェルに私は目を丸くする。けれどすぐに嬉しそうにはにかんだ。
「楽しみです」
温かい紅茶を飲み、私は喉を潤す。その間、フェイン侯爵家の二人は意味のわからない話をしていた。
「…………父上、どうしたらいいですか。妹が可愛すぎます」
「アシェル、ヴァレンティーナさまからお話は伺っていただろう。リーゼリアは可愛いと」
「聞いていましたよ。応接室に入ってきた時も、『え、かわいい。人形みたい。こんな可愛い子が俺の妹になるの?』って心底思いましたから」
「私だってこんなに可愛い娘ができるとは思っていなかったさ。クロエもリーゼリアに会ったら娘が可愛いと連呼するだろうな」
「……ああ、でしょうね。母上は可愛いものが大好きですから」
真顔でこんな会話をしているのだ。私は紅茶を吹き出さないように必死だった。いや、誰だって紅茶を飲んでいる時にいきなりこんな会話をされたら吹き出しそうになる。
けれど、そこは我慢して堪える。
「可愛い、妹が可愛い。友人が妹は可愛いと言っていた意味が分かります。リーゼリアは可愛い」
「陛下が親戚のおじさんのようにリーゼリアに構いたくなる気持ちが分かった気がするよ」
何を言っているんだと私はひどく困惑する。甘いものが好きで、フェイン侯爵家に行ったらチョコケーキを食べようという会話からどうなったら、こんな会話に行き着くのか。
私、別に精神干渉魔術なんて使ってないよね? え、心配になるほどの会話のテンポがおかしい気がする。いや、テンポというか内容が。
無意識のうちに使っていたと思ってしまうほど、二人の会話についていけない。けれど、目の前で「可愛い、可愛い」と連呼され続けるのは正直に言って恥ずかしい。
だってさ、もう16歳になるんだよ? しかも今まで可愛いって言ってたのは精霊であるエリュシオンくらいだったしさ。国王陛下も言ってくれていたけど、まだあの時は今よりも子どもで素直に受け入れられたというか。
とにかく、私はこの連鎖を止めるために、思い切り息を吸って、声を出した。
「あ、あの!」
すると、ふたりはピタリと声を止めて、私を向いた。視線が集まり、私は固まってしまうが、何とか口を開く。
「わ、私、フラムさんとここに来る前に馬車の中で話していたことがあって」
そこで区切り、私はまた息を吸って、話を続ける。
「学院ではどの程度まで魔術を扱える設定にしておいた方がいいのかを考えていまして。詳しくは……に、兄さまに聴いた方が早いとフラムさんが」
アシェルを『兄さま』と呼んだ私は恥ずかしさから目をきゅっと瞑る。なんでそう呼んだだけなのに、こんなにもドキドキするんだろう。
私は生まれて初めての『兄』という存在に知らないうちに期待しているのかもしれない。
「き、聞きました? 父上。いま、俺のこと『兄さま』って。可愛い、妹が可愛すぎる」
「リーゼリア、私のことも『父さま』と呼んでくれ。私たちは家族なんだから」
「……わ、分かりました。と、父さま」
私は頬を赤く染めながらアイザックを呼ぶ。すると、アイザックは嬉しそうに頬を緩めた。
「ああ、そうだよ。私が父だ」
「俺もリーゼリアの兄さまだよ。学院で困ったことがあったら、いつでも相談して。こう見えて俺、生徒会会計だから」
まさかのカミングアウトに私は先程までのドキドキ感が一気になくなり、はアシェルを凝視する。まさか兄が生徒会役員だとは思いもしなかった。
ん、え? フラムさん、兄さまが生徒会役員だなんて一言も言ってなかったよね? というか、兄さまも私の護衛対象ってこと?
私の事情を知っている人物が生徒会役員にいることはありがたいが、こういうことは初めに教えて欲しかった。
「はは、驚かせたな。でも、何かあればいつでも言って」
「……そのときはお願いします」
「うん。それで、リーゼリアの学院での魔術レベルだっけ。一応、リーゼリアは領地で療養している間も魔術の勉強はしていたことになっているから詠唱ありなら高位貴族の入学生並みに使えるという設定でいいかと思うけど……」
アシェルはうーん、と悩む。隣にいるアイザックも同じように頭を悩ませているようだ。
「リーゼリア、一回なにか魔術を見せてくれないかい? アシェルも私も、正確に判断できない」
「? 分かりました」
アイザックに頼まれ、私は魔術を使う。何をしようか一瞬迷ったが、無詠唱で火と水と風の魔術を組み合わせ、私たちの頭上にキラキラと星のような輝きを放つことにした。
これを選んだ理由は特になくて、単純に綺麗なものを選んだだけだ。
それらはゆっくりと私たちに落ちてくるが、途中で霧のように消えてしまう。見るだけで触れられない、まさに星のような輝きがある。
本来であれば火と水同士は互い打ち消し合う属性だが、私の細かな技術により、打ち消し合わず、風によってゆらゆらと舞い、擬似的な星が生み出された。
これを全て無詠唱で、しかも瞬きひとつの間にこなしてしまった。それを理解したアシェルとアイザックは美しい光景に見惚れながらも、リーゼリアの技量に戦慄いていた。
私はパチンと指を鳴らし、魔術を消す。すると、先程までの幻想的な風景はなくなり、変わらない応接室の天井が視界に映った。
「こんな感じです。突然だったので何すればいいか分からなくて、こんな感じにしました」
もっと派手なことをした方が良かったのではないかと思ったが、攻撃系の魔術はいくら結界を張ったとしても危ないし、何かを作りだす魔術はあまり人には見せない方がいいと《七星の塔》から言われていたため、今回は複合魔術を見せることにしたのだ。
それを知らないふたりは、リーゼリアの魔術師としての力を目の当たりにし、言葉を失う。
「………父上、これ、誤魔化せます?」
「……どうだろうな。少なくとも、学院でこれをやったら明らかに注目の的どころか、リーゼリアは本当にただのフェイン侯爵家の養女なのかと疑われるだろうな」
それほどまでに今リーゼリアが見せた魔術は高難易度なものなのだ。火と水と風は魔術師ならば基本的には使うことのできるものだ。しかし、それぞれ攻撃力が上がったり、効果範囲が広くなると、扱うことが難しくなる。
今回の魔術は攻撃力なんてないし、効果範囲は精々応接室程度。けれど、込められている魔力の量とその調整、無詠唱で複合魔術を扱うことは王宮に勤める魔術師でもできることではない。
しかも《七星の塔》ですら、複数同時の無詠唱魔術展開はできない。魔術師が見れば、あの短時間でリーゼリアの魔術師としての力などすぐに分かるのだ。
ということはつまり、魔術師を育てるための王立魔術学院 《ルミナリア》の生徒ならば簡単にリーゼリアの実力を見抜けてしまうというわけだ。
それを理解したアシェルとアイザックは困ったように笑った。
「うーん、リーゼリアにまず言える言葉があるとすれば、今見せてくれた魔術は学院ではしてはいけないということだな。あと、一応どんな魔術を使ってもいいが、すべて詠唱付きで複合魔術はなしだ」
「……最低でもそれくらいの制限は必要ですね。父上の言う通り、無詠唱魔術を使える生徒は今学院内にはいない。今年の入学生である王子殿下らは一部のみ扱えると噂を耳にしたが、それでも得意属性の一部のみだ」
「つまりこれは、やりすぎということですね」
元々学院では無詠唱魔術を使う気は自室以外はないし、授業以外で不必要に使う気もなかった。けれど、今回の魔術はやりすぎだったらしい。
「ちょっとね。だから申し訳ないけど、授業と殿下たちの護衛以外では極力魔術は使わない方向で学院では過ごして欲しい」
「分かりました、兄さま。気をつけます」
「窮屈な思いをさせてしまうけど、ごめん。さすがに無詠唱で魔術をぽんぽんと使われると、俺もカバーするのが難しいから」
アシェルにそう言われ、私は頷いた。やはり、誰でも彼でも無詠唱で魔術を使えるわけではないのだ。そもそもそんなことができら《七星の塔》の価値も下がってしまうだろう。
それに私の場合はエリュシオンとの契約も影響している。
人類初の大精霊との契約。それこそ、《七星の塔》と国王のみが知ることだ。
私は《大精霊エリュシオン》の恩恵により、全ての魔術が無詠唱で扱うことが出来る。それを知られないためにも、私は学院で細心の注意を払いながら護衛生活を送らなければいけない。
面倒だと思いつつ、少しだけ、学院生活を楽しみにしている自分がいた。
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