第6話 まさかの歓喜と家族
今、フラムはなんと言っただろうか。
え、間違いなく『一人部屋』って言ったよね?
まさかの言葉に私は目を大きく見開かせる。
「せっかくだから二人部屋の方がいいと思ったんだが、リーゼリアの正体がバレる機会をなるべく減らした方がいいということで、リーゼリアは一人部屋になったんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。まあ一般的に公表する理由として、リーゼリアは病弱だった設定だから、倒れた時にすぐにフェイン侯爵家から侍女や主治医を送るためということにしたよ。部屋に誰かいると、リーゼリアも気が休めないし、部屋の子にも気を使わせてしまうという真っ当な理由も含めて、学院側には書類で提出したから」
そう言ったフラムに、私は後光が差してるように見えた。申し訳なさそうに『リーゼリアの友人を作る機会を奪ってしまった』と告げているが、私からすると、願ってもないことだった。
どうしよう、嬉しすぎる報告だ。
先程まで二人部屋だったらどうしようと絶望していたのが嘘のように、気分が舞い上がっていくのがわかる。しかし、あからさまに喜びすぎても良くないと思い、わは事実を淡々と受け入れたように頷いた。
「わかりました」
「本当にすまないね。誰かと一緒に共同生活するというのはなかなかない機会だというのに」
「気にしないでください。私は一人部屋で構いませんから」
むしろ一人部屋がいい。内心大喜び中の私はそれに気づかれないように小さく微笑んだ。しかしそれがフラムには我慢しているように見えたのか、眉をきゅっと寄せ、こんなことを言った。
「どうしてもという時は、遠慮せずに言ってくれ。そのときはすぐにでも二人部屋に移動できないか、掛け合ってみるから」
……ん? ん、んんん?
「こちらで選んだ相手になってしまうが、それでもいいのなら遠慮なく言って欲しい」
それは違うと声を大にして言いたかった。私は一人部屋がいいのだ。誰かと一緒なんて気が休まる気がしない。
けれど、私は知っていた。ここで大丈夫だと言っても、フラムはまた更に余計なことを言ってくることを。
だから私は素直を頷いておいた。
「では、そのときはお願いします」
「ああ。任せてほしい」
これ以上、下手な会話をして、せっかくの一人部屋をなくすわけにはいかない。お願いなどする気もないが、フラムを納得させるために表面上は快諾しておいた。
そして、フラムと話を続けていると、フラムの屋敷に着いた。馬車が止まり、先にフラムが降りる。
「お手をどうぞ」
「ありがとうございます」
軍服が似合う女性というのはかっこいいと本当に思う。私はさし伸ばされたフラムの手を取り、馬車から降りる。
フラムの屋敷を見てみると、さすがは《七星の塔》の一人が持つ屋敷だと納得する広さと大きさだ。比較対象が行ったことのある王宮になってしまうため、それと比べると小さい屋敷だが、貴族の中でもこれだけの広さのある敷地と屋敷を持つ者はそうはいないだろう。
いや、大きすぎる。こんなに広い庭、誰が手入れしているというのだ。
フラムの後に続いて敷地内を歩き、屋敷の扉を潜る。中は想像通り広く、洗練された雰囲気だ。
エントランス前には2階に続く階段があり、そこから一人の男性が降りてきた。
「おかえりなさい、フラム」
「ただいま、オースティン。この子がリーゼリアだ」
「あなたが《静寂の魔導姫》ですか。フラムの言う通り、可愛らしい方ですね」
「ふふん、だろ?」
フラムはその男性と親しげに話す。会ったことは無いが、オースティンと呼ばれていた男性は恐らくフラムの夫だろう。以前フラムには夫がいるという話を私は聞いたことがあった。
不躾だと思いつつ、私はその男性をじいっと見つめる。すると、男性はフラムから私へと視線を移した。
「リーゼリアさん、と呼んでも構いませんか?」
「……えと、はい」
「申し遅れました。私はオースティンと申します。そこにいる《七星の塔》の一人であるフラムの夫です」
その自己紹介に、やはりと思った。
眼鏡をかけた優しい雰囲気を醸し出すオースティンは知的な男性だ。見たところ魔力量的に魔術師ではないようで、その優秀な頭脳でフラムを支えているのだろう。
「はじめまして。私はリーゼリア・エーデルシュタインと言います。一応《七星の塔》のひとりです。よろしくお願いします」
オースティンの自己紹介に続き、私も頭を下げて挨拶をする。ワンピースの裾を摘み、足をクロスさせて腰を下ろした挨拶にオースティンは目を丸くする。
「これは驚きました。立派な淑女ですね。フラムからの話では、リーゼリアさんは地下にお住いでいたと聞いています。フラムがカーテシーを教えられるとは思えませんし、一体どなたにご教授を?」
「えーっと、私の部屋に多くの本がありまして。そこにカーテシーのやり方が書いてありました。本の内容は覚えているので実験みたいになって申し訳ないのですが、今やってみました」
「! たった今、実践を?」
「はい」
そう言うと、オースティンはまた目を丸くした。
「フラム、リーゼリアさんは天才です。私は王宮に行くことがありますが、リーゼリアさんの一礼は高位貴族の令嬢に匹敵するほどです。しかも人から学んだ訳ではなく、本で学んだ知識を元にその場で実践できる応用力。素晴らしいですね」
「オースティン、私を軽く馬鹿にしたことは後でとっちめるとして、リーゼリアが天才なのは今に始まったことじゃないさ。誰よりも秀でた能力があったからこそ、《七星の塔》にも選ばれたんだから」
フラムは私の頭を撫でる。私は人から頭を撫でられたことなどは記憶にある限り、国王陛下以外いないので少し照れる。
「しかもリーゼリアはめっちゃ可愛い。それだけで天才さ」
「たまにアホなことを言うのはいつものことだとして、確かにフラムの言う通り、リーゼリアさんは可愛らしい方ですよね。白銀の髪と宝石のような青い瞳。学院に入学したら、きっとリーゼリアさんは多くの男性に求婚されるでしょう」
「はぁ? ダメに決まってるだろ。リーゼリアに求婚できるのは私たちを倒せるくらい強い相手じゃないと。安心して任せられない」
「……いつからあなたはリーゼリアさんの保護者になったんですか。それに《七星の塔》を倒せるくらい強くならないといけないなんて、人間やめてますよ、それ」
やれやれ、と肩を竦めるオースティンに対して、フラムはなぜか私をギュッと抱きしめ、「お嫁に行くにはまだ早い!」などと意味不明な言葉を言っている。話しがズレすぎてはないだろうか。
求婚って。いくらなんでもそれはないでしょ。自分の容姿が優れている自覚はある。だって、他でもないエリュシオンが気に入っているのだ。それでも、貴族ならば損得勘定で結婚相手を決める方が多いだろう。
私は苦笑いしてしまう。すると、それに気づいたオースティンがすかさずフラムに言う。
「ほら、フラムの突拍子もない発言にリーゼリアさんも困っているでしょう。それに、誰と恋するかなんてリーゼリアさん本人が決めること。大人が介入するべきことではありませんよ」
オースティンの真っ当な返しにフラムは言葉につまる。
「はあ、全く。かつての三年間を取り戻すためのものなのでしょう? なら、なおさら自由にさせてあげるべきです」
「それは、そうなんだけどさ……」
「分かっているのならいいんです。それより、フェイン侯爵家の方々が応接室でお待ちですよ。リーゼリアさんに会わせるのでしょう? 早く行ってあげてください」
少しいじけた様子のフラムにオースティンは呆れたように肩を竦める。しかし、オースティンの言葉にフラムは渋々といった感じで返事をした。
「……分かってるよ。それじゃ、リーゼリアをフェイン侯爵家に会わせてくる。屋敷のことは頼んだよ」
「はい。リーゼリアさん、またお話しましょう」
そう言い、フラムはオースティンの横を通り過ぎ、2階へと上っていく。それを見て、私も慌ててあとを追いかけた。そのとき、オースティンにちょこんと頭を下げることも忘れずに。
階段を登り終え、廊下の角を右に曲がる。少し歩いた先に応接室があった。
「ここにフェイン侯爵家がいる。私は挨拶したら仕事で王宮に向かわないといけないから、ここを離れるが、リーゼリアは話が終わったら今日からフェイン侯爵家と暮らすことになるから一緒について行って」
「分かりました」
しっかりと頷いた私を見て、フラムは扉をノックした。そして扉を開ける。
応接室にはソファーに座ったフェイン侯爵家の人たちがいた。テーブルを挟んで向かい合うように置かれたソファーの片側に座る二人の男性はそれぞれフェイン侯爵家当主と次期当主、つまり書類上、私の義父と義兄だ。
二人は私たちが入ってきたのを見ると、ソファーから立ち上がり、頭を下げた。それをフラムは軽く制す。
「ああ、私はすぐに仕事でここを離れるから礼はしなくていい。リーゼリア、おいで」
「はい」
フラムに呼ばれた私は二人の前に立ち、少し緊張しながら二人を見上げる。彼らは私を見ると、目を大きく見開かせた。
「この子がリーゼリア。リーゼリア・エーデルシュタイン。《七星の塔》のひとり、第0の星《静寂》名を冠する《静寂の魔導姫》さ。3年前のスタンピードを対処した、英雄でもある」
「はじめまして。リーゼリア・エーデルシュタインと言います。えーっと、仲良くしてくれると嬉しいです。よろしくお願いします」
フラムの紹介に続き、私は自己紹介をする。淑女の礼ではなく、頭を勢いよく下げた私にフラムは小さく笑う。
だって会ってみたら思ってたよりも緊張したんだよ。
「はは、可愛いだろう? さて、この後は家族の仲を深めるために軽く雑談でもしてくれ。リーゼリアは今日からそちらで一週間程度、過ごすことになるが、特に問題はないな?」
「はい。既に準備できています」
「ならいい。では、私はこれにて失礼するよ。リーゼリア、また会おう」
フラムは私の頭を軽く撫でると、フェイン侯爵家に一礼して応接室を出ていった。取り残された私はどうしたらいいか迷い、思わずオロオロしてしまう。
すると、そんな私にフェイン侯爵家当主は優しく話しかけた。
「まずはソファーに座りませんか? ヴァレンティーナさまが美味しいお茶とお菓子をご用意してくれたので 」
視線をテーブルに移すと、確かに美味しそうなお菓子がある。というか、実を言うと応接室に入った時からお菓子の甘い香りがしていて、是非とも食べてみたかったのである。
だから私はその言葉に小さく頷き、ソファーに座った。私がソファーに座ると、二人もソファーに座る。
「軽く私たちの紹介をさせてください。私はフェイン侯爵家当主、アイザック・フェインです。隣は息子のアシェルです」
「はじめまして、《静寂の魔導姫》さま。俺はアシェル・フェインと申します。義理とはいえ俺たちは兄妹なので、気軽に『兄さま』と呼んでください」
「よろしくお願いします。私のことはリーゼリアと呼んでください。あと敬語も辞めてください」
私がそう言うと、ふたりは顔を見合せ、頷いた。
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