第5話 依頼内容
目の前に座るフラムは足を組み、手を両膝の上に置いている。魔術師であるが、軍服を着こなす姿は実にかっこいい。
「まずはこれから入学する王立魔術学院 《ルミナリア》とリーゼリアへの依頼内容を簡単に説明していくよ」
「お願いします」
「と言っても、依頼内容はさっき言ってしまったけどね」
そう言いつつ、フラムは説明し始めた。
王立魔術学院 《ルミナリア》とは、貴族の子息子女たちが一般教養や魔術を学ぶための学院だ。貴族は生まれながらに多くの魔力を保有している。ゆえに、その魔力の使い方を学び、さらなる高みを目指すために学院へと入学する。
けれど、高位貴族ともなれば魔術を学ぶ機会は学院以外にもある。魔術師を教師として屋敷に招くこともあれば、親が優秀な魔術師のため、そこから学ぶ子どもも少なくない。
そんな彼らからすると、わざわざ学院に入学してまで魔術を学ぶ必要はそこまでない。
けれど、なぜ貴族の子息子女が学院に入学するのか。それは、学院とは言わば小さな社交場でもあるからだ。
つまり、王立魔術学院 《ルミナリア》とは魔術を学ぶ場であると同時に、貴族の子息子女らが交流し、社交を学ぶ場でもあるのだ。
そんな学院には貴族だけではなく、平民の入学者もいる。彼らは平民とはいえ、商人など比較的裕福な家庭の育ちだ。そして学院に通えるだけの魔力量もある。
彼らは王立魔術学院 《ルミナリア》に通うための高額な入学金や寄付金を払うことができる。ゆえに、平民でも学院に通うことができるのだ。
そして、貴族や一部の平民がそこまでして学院に通う理由はもう一つある。それは、王立魔術学院 《ルミナリア》の卒業生という一種のステータスを手に入れるためだ。
学院の卒業生は後々、魔術師として王宮に勤めやすくなる。王宮に勤めることは名誉あることであり、学院に入学を希望するものたちのほとんどはそれを狙っている。
「王宮の魔術師になったとしても、何か変わるわけでもないのに」
「リーゼリアは権力には興味がないからね。けれど、人はわがままな生き物さ。ゆえに、力を欲する。権力に群がるハエのようだね」
ポツリと零した私の言葉にフラムは反応する。けれど実際、私は権力を求めて《七星の塔》になったわけではない。私の持つ力を正しく評価し、この力を振るう権限を与えるために必要な処置だった。その結果として、私は《七星の塔》の一人となった。
そのため、権力を求めて何かをする行動理由が私にはイマイチ分からないのだ。
「とりあえず、学院のことは分かりました。それで私への依頼というのは王子さまたちの護衛、ということですよね」
「そうだね。一応殿下たちを護衛するために選ばれた騎士や魔術師はいるけど、学院の外側からしか護衛できないからいないものと思っていいよ」
それは護衛と言えないだろうという言葉は今は飲みこむことにする。というか、そんなことを言ったから今の状況に繋がっているんじゃないのか? けれど、そんなことをこれ以上考えても仕方がないと私は切り替えることにした。
それで依頼内容はこうだ。
今年、王立魔術学院 《ルミナリア》に入学する第一王子ユリウス・シェラ・ルシエル、公爵子息ノア・ヴァルトリア、侯爵令嬢アリシア・エストレインなど、卒業後、国を支える王族や高位貴族を護衛すること。
特に、今年は第一王子が入学するということもあり、異例として第一王子が一年生で生徒会長を務める予定らしい。そして公爵子息や侯爵令嬢なども同じく生徒会所属となる。
「つまり、生徒会の人たちを中心に護衛をすればいいということですか?」
「言ってしまえばそうだね。生徒会所属となると必然的に優秀な生徒が集まる。彼らは卒業後、優秀な魔術師として成長していくだろうね。言わば金の卵だ」
「その金の卵を守ることが私の今回の仕事ですか」
目を伏せて、私は内容を整理する。恐らく、今回私にこの護衛の件が回ってきたのは、私が無詠唱で魔術を使うことができるからというのが大きな理由として挙げられるだろう。
無詠唱での魔術行使。それは《七星の塔》の中でも、得意属性の魔術しか無詠唱魔術は扱えない。けれど、私の場合はそれに該当しない。
フラムたちは私がほとんど多くの魔術を無詠唱で扱えると思っているようだが、実際は全ての魔術を無詠唱で扱える。そして何より、私には《大精霊エリュシオン》による無効化の魔術を使うことができる。
無効化の魔術のことをフラムたちが知らないとしても、私の存在自体が王子さまたちの護衛向きだったというわけだ。
けれど、いくら護衛向きだとはいえ、護衛をしたことがない人間に王子たちの護衛を任せてもいいものなのかと疑問に思う。しかも、王子たちと同じ歳の小娘に。
まあ、国王陛下のお考えは私には分からない。王命なら、素人なりに護衛するだけだし。
深く考えすぎても国王陛下の考えなど知ることはできない。私は一応自分も《七星の塔》だからという考えで、割り切ることにした。
伏せていた目を開け、フラムを見る。
「依頼内容は分かりました」
「なら次は注意事項だね」
フラムは馬車に乗せていた鞄から一枚の紙を取り出した。それを私は受け取り、中身を読む。
「今回、リーゼリアが学院に入学するにあたって、国王陛下が偽りの身分を作ってくれた。それがこれだ」
リーゼリア・フェイン。孤児である私から高い魔術師適正を見いだし、フェイン侯爵家の養女として迎え入れる。
引き取られたのは当時12歳のとき。そこから3年、貴族としての立ち居振る舞いや魔術を学び、学院に入学。
そんなことが紙には書いてあったが、私は書類上、引き取られた侯爵家に首を傾げた。
「……フェイン侯爵家って、国王陛下が信頼している臣下の一人でしたっけ?」
「正解。そしてリーゼリアが《七星の塔》であり、《静寂の魔導姫》だということも知っている人物さ」
「会ったことがあるかもしれないです」
国王陛下のもとに遊びに行っていた時、執務室で見かけたことがある気がする。優しそうな笑み浮かべていて、よくお菓子をくれた人だと思う。
「でも、フェイン侯爵家にはすでにご子息がいたはずですが」
「そうだね。しかもリーゼリアの2個上で、今は学院の3年生だ」
「色々とズレが起きそうですよ」
すでに3年も学院に通っているのではあれば、他の生徒はフェイン侯爵家の子息についてよく知っているはずだ。いくら3年前に養女にした設定とはいえ、今の今まで話に上がってこなかったことには誰かしら疑問に思うだろう。
「そこは大丈夫さ。引き取ったばかりのリーゼリアは病弱で、周りの貴族から余計な詮索が入らないように、わざと、そのことを隠していたことにすればいい。そうすればフェイン侯爵子息がリーゼリアのことを今まで話していなかったことも多少はごまかせる」
「でも、いいんですか? 書類上とはいえ、急に私みたいなのがフェイン侯爵家のご子息の妹になるのは。複雑な気持ちを抱いているんじゃないでしょうか」
リーゼリアがそう呟くと、フラムは可笑しそうに首を横に振った。
「それはないさ。フェイン侯爵子息は小さい頃から妹が欲しかったらしい。だから、まだ会ってもいないのにリーゼリアと会うことをすごく楽しみにしているようだよ?」
「そうなんですか?」
「それに、フェイン侯爵子息もリーゼリアのことを知っている数少ない人物の一人だよ。国を救った英雄である《静寂の魔導姫》に早く会いたいと、フェイン侯爵に言っているようだしね」
フラムは楽しそうに告げる。私はそんなに期待されるような人間ではないのに、と密かに思う。中身は面倒くさがりのゴロゴロ生活が好きな面白みのない人間だ。
「なら、一応は私の義兄ということですね」
「そうだね。私の屋敷にフェイン侯爵家を招待しているから、詳しい話や顔合わせはそこでだね」
「もう呼んでいるんですか?」
封印を解かれ、地下から出てからのフェイン侯爵家との顔合わせ。いくらなんでも早い気もするが、思えば学院に入学するまでの期間は残り少なかった気がする。
そう思っていると、フラムも同じようなことを口にした。
「展開が早いかもしれないが、リーゼリアの入学まであと一週間と少ししかないからね。少しでもフェイン侯爵家と話をしないと、それこそ認識のズレが起きてしまう」
「それもそうですね」
いくら病弱だった設定とはいえ、多少の会話で話を擦り合わせないとボロが出る。そうなると、不審がられ、私の身分が偽りなことに気づかれるかもしれない。
まあ、気付かれたところでどうってことはない気がするが。だってこんなのでも私、《七星の塔》だし。一代限りだけど身分なら普通に貴族だし。
そんなことを思いつつ、私は素直に頷いておいた。
「気をつけます」
「そうしてくれ。それと、学院でのリーゼリアの魔術師としての腕前だが……これはどの程度にしようか。フェイン侯爵家がリーゼリアの魔術師適正を見込んで養女にした設定ではあるが、どのくらいの実力なら怪しまれないものか」
それは私も考えていたことだ。学院では手を抜いて過ごすのは当然として、その程度までの手抜きが必要なのか。
こればっかりはフェイン侯爵子息に聞いてみるしかないと思っている。
魔術師適正を見出されたために養女として引き取られたとしても、書類上は3年間、療養していたことになっている。その間も魔術を学んでいたとする設定だとしても、同年代と同じ魔術を扱える程度にしておいた方が目立たないし、学院生活も楽だ。
目的は、王子さまを含む、生徒会の人たちの護衛だ。王子さまたちが異例で生徒会役員になったとしても、私はそこに当てはまらないし、わざわざ生徒会役員になる気もない。
そもそも生徒会役員になんて簡単になれるわけではないことは、地下育ちの私だとしても分かる。家柄や魔術師としての力量、学院を代表するにふさわしい立ち居振る舞いが備わっている人間が選ばれるのだ。
いくら書類上はフェイン侯爵家の仲間入りをしていたとしても、あくまで養女であり、直系ではない。しかも私は学院を代表する気などさらさらない。だって面倒くさそうだし。
フラムもそれを分かっているからこそ、私に第一王子を含む生徒会役員を護衛しろと言っているが、そこに私自身も生徒会役員になるという要求はしていないのだ。
「フェイン侯爵子息にお話を伺ったほうが早いですね」
「それもそうだね。私も今の学院生の実力は分からないし、下手なことを言ってリーゼリアを困らせたくはないからね」
そこで私はふと、思い出したことがあった。
―――そういえば。
確か、王立魔術学院 《ルミナリア》は全寮制だったはずだ。貴族や平民に関わらず、学院の生徒となるものは等しく寮に入る決まりになっている。
そして、基本的には寮は二人部屋であり、王族や寄付金の金額により、一人部屋となることもあるが、一般的には学院がランダムで決めた相手との共同生活となる。
それを思い出して、私は顔を青ざめた。
……おわった、おわった、むりだ。
いきなり顔を青ざめた私にフラムは首を傾げる。しかし、私は『二人部屋』という高難易度なクエストに頭を悩ませていた。
どど、どうしよう。誰かと一緒になんて、絶対に無理だ……。自分だけの空間に他人がいるなんて、耐えられないよ!!
王族でないのならば、寄付金でどうにかするしかないのか。
けれど、入学一週間前ということもあり、恐らくはもう寮の割り振りは決まっている。今さら寄付金でどうこうできる気がしない。
くそぉぉ、こうなったら最悪の場合、エリュシオンの力で異空間を作ってそこに逃げ込めばいいけど、異空間に入ると外の状況とか、分からなくなるしなぁ。
そんな状態で誰かに部屋に入られたら、部屋にいるのに部屋にいないことになってしまう。心霊現象の騒ぎどころではない。
うぅぅ、どうしたらいいの。
一人で百面相をしていると、フラムは重要なことを告げた。
「そういえば、リーゼリアは一人部屋だ。すまないね、せっかくの友人を作る機会をひとつ減らしてしまって」
「……へ?」
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