第4話 遅くなった後悔と久しぶりの外
* * *
リーゼリアが別室にて荷造りをしている中、フラムは冷めた紅茶を飲みながら、リーゼリアが封印されてから今日に至る日までのことを思い出していた。
「……なんとか、リーゼリアを再び外の世界へ連れ出せそうですよ、陛下」
今回のリーゼリアの封印は、実の所、リーゼリアの力を恐れた一部の貴族からの要望であり、《七星の塔》や国王はそれに対して強く反対していたのだ。
強い力を持っていたとしても、リーゼリアは優しい人間だ。それを誰かを害するために使うようなことはしないと、《七星の塔》や国王は知っていたし、国王派の貴族はそれを支持した。
けれど、反国王派の貴族はリーゼリアの持つ力の強大さを恐れた。その力が国王派に回れば、自分たちなど、容易に殺されてしまうと。
だからリーゼリアの力の強大さを理由に、リーゼリアの封印を進言した。
―――その力が間違った方向に使われれば、対処の仕様がない。誰も、彼女を止めることはできないだろう、と。
そう言われてしまえば、国王派は誰も反論できなかった。それもそうだ。《七星の塔》すらもリーゼリアの力には遠く及ばないのだから。
けれど、国王はリーゼリアを封印などしたくなかった。人とのコミュニケーションが苦手で、いつもフードをかぶり、俯いていたリーゼリア。
はじめの頃は何かを話すのにも時間がかかり、言葉を習い始めた幼い子どもの方がスラスラと話せるのではないかと思うほどであった。
だからこそ、国王はそんなリーゼリアが少しずつ話せるようになり、今では普通に話せるようになったことを誰よりも喜んだ。それこそ、内心ではリーゼリアを親戚の娘や年の離れた妹のように可愛い存在だと思っていた。
そんな大切で可愛いリーゼリアを封印など、とても容認できることではなかった。けれど、国王個人の気持ちで多くの貴族の意見を蔑ろにはできない。
なにせ、リーゼリアを知らない人間からすると、リーゼリアの力を危険だと思ってしまうのは仕方のないことだからだ。
だから国王や《七星の塔》は苦渋の決断として、リーゼリアを一時的に封印することにしたのだ。けれど、リーゼリアを一生、あの地下に封印させておくことなどしないと、彼らは強く思った。
そして、とうとうリーゼリアを合理的に外に連れ出すことが出来る理由ができたのだ。
それは、王立魔術学院 《ルミナリア》に入学する王子たちを秘密裏に護衛するために封印を解き、リーゼリアを学院に入学させるというものだった。
もちろん、また反国王派は反対した。けれど、誰よりも強い力を持ち、この三年間、リーゼリアが大人しく暮らしていたことを知っているため、今度は強く出られなかった。
「貴殿らはあの子を知らないだろうが、あの子は誰よりも強く、そして誰よりも優しい子だ。あの子ほど、王子らを護衛するのに最適な人材などいないだろう」
国王のその一言に、リーゼリアは解放される運びとなった。
フラムは王子たちの護衛として入学してもらうと告げたが、実のところ、リーゼリアを解放したのは国王と《七星の塔》が自分たちが奪ってしまった3年間を取り戻し、そして陽の当たる空の元で、リーゼリアが大切だと思うものを増やして欲しいという願いのもとであった。
「殿下たちの護衛もしてほしいけど、リーゼリア。君にはただひとりの女の子として、幸せを手に入れてほしいんだよ」
それが、3年もの間、リーゼリアを封印してしまった国王と《七星の塔》の真意であった。
* * *
王命のため、逃げることを諦めた私は大人しく荷造りを開始することにした。と言っても、鞄などは必要なく、異空間に必要なものをポイポイと投げ入れていくだけだ。
ちなみにこの異空間魔術も《大精霊エリュシオン》の恩恵の一つである。大精霊ともなると、こうして人間には不可能な異空間を作り出すことも容易だ。
《大精霊エリュシオン》からの恩恵ということで、私も異空間魔術を使うことができる。なんて便利な魔術だろうと常々思っている。この魔術にはいつもお世話になっている。
「あとは、小物類といっぱいある服だけ」
小物類といっても食器や文房具くらいだ。そのまま置いておいても問題はないだろう。問題は食糧とともに定期的に送られてきていた大量の服だ。
「全部持って行けるけど、持っていっても多分着ないと思うしなぁ」
かと言って、私は特に服に対してこだわりはない。流行りにも興味がない、というか知らないし、どんな服を持っていくべきか悩む。
脱ぎ着しやすいワンピースの類は持っていくことにするが、その他はどうするべきか。過去に何着かドレスのようなものが送られてきていたような気もするが、見た瞬間にクローゼットの奥の方にしまい、それきりだ。だって、こんな地下でいつ着るっていうの? 着飾ったところで意味なんて成さないしさ。
「…………とりあえず面倒だからワンピースだけにしよう。困ったら、まあ、買えばいいし」
私は公の存在として知られているわけではない《七星の塔》だとしても、そこは《七星の塔》と同じ給金が支給されている。それは封印されている間もだ。
食料や服など、必要なものは送られてくる。けれど、仕事はしていないのに給金は支給される。つまり、お金は溜まっていく一方だった。だから余計にこの生活から離れたくないと思ってしまうのだ。
だって誰だってゴロゴロしながら勝手にお金が溜まり、食料も服も送られてくる生活なんて素敵すぎると思うでしょ。
「……こんなものかな」
部屋にあった私物が減り、少しがらんとしている。それを見ると、自分がここから出るのだと、いやでも実感する。
ここに戻ってくることは、もうないと思う。まあ、来たいと思えば来れるけれど、前までのような生活を送るためにここに来ることはないと思う。そう思うと、少し寂しい気もする。
私は今日、本当にここを出ていくのだ。3年も過ごした、この場所を。
「……っ」
パチンと頬を叩き、気持ちを切り替える。いつまでも立ち止まってばかりではいられるはずがないのだ。私はこの部屋をしっかりと目に焼き付け、扉に手をかけた。
「3年間、ありがとう」
そう呟き、私はフラムの待つ部屋に戻った。紅茶を飲み終えた彼女はテーブルの上に無造作に置かれていた本を手に取り、読んでいた。
「準備はできたかな?」
「………とりあえず、一応は」
「まあ必要なものがあれが、そのとき買えばいいさ」
フラムは本をテーブルに戻し、私を振り返った。
「それにしても、随分と難しい本を読んでいるね。ここにあった、いや送られていたとはいえ。私も読んでいたが、理解するのも大変だし、何よりも字ばかりでつまらないと感じてしまったよ」
「読み応えがあっていいじゃないですか。でも、一度読んで覚えてしまったからその本はもう読まないと思います」
その本だけじゃない。ここにある本は、全てもう読むことはない。読んでも意味がないからだ。時間を潰すために読むことはあっても、既に内容が頭に入っている状態のため、2度目の読書は少しつまらない。
「それより、早く移動した方がいいんですよね」
「リーゼリアのびっくり発言に驚いたが、君の言う通り、移動は早い方がいい。外に馬車を用意させてある。そこで、まずは簡単な話からしようか」
私は今の話にに驚く要素があったのかイマイチ分からないが、フラムの言葉に頷き、扉へと向かう。その後に続いて、フラムも扉に向かったが、私の手に何も無いことに気づき、声をかけた。
「そういえば荷物は?」
「魔術でしまってあります。まあ必要最低限のものしか持っていないので、後で買い足すようになると思いますけどね」
それだけ言うと、私は前を向き、扉に手をかけた。
「うん、どういうことかさっぱりだけど、まあいいや」
フラムは考えることをそうそうに諦めたようだ。だから何をそんなに悩む必要があるのか。そんな頭のおかしい話をしているつもりは私にはない。至って普通のことを話しているはずだ。
だから私もこれ以上深く話すことはせずに扉を開けた。開いた先の目の前には無数の地上へと続く階段がある。
久しぶりに、この階段を見たと思う。
一段一段登っていき、確実に地上へと近づいていく。そして、地上と階段を隔てる扉を開けた。
「……っ、まぶし」
目に入ってきた太陽の眩しさに咄嗟に腕で目を隠した。そして同時に木々の揺れる音と共に髪が頬を撫でた。風が吹いたのだ。自然の草木の香りにとても安心する。
あんなにも地下での暮らしが気に入っていたが、いざ地上に出てみると太陽の暖かい明るさや草木の香り、ふわりと舞う風などに心が踊っているのがわかる。
心臓が、ドクドクとしている。頬が僅かに赤くなっている気がする。だって、こんなにも胸が熱いんだから。
「…………きれい」
私はそう呟いた。
* * *
それを少し離れたところで見ていたフラムは心臓が締め付けられそうな気持ちだった。人工的な明かりしか存在しない地下で暮らしていたため、太陽の下で眩しそうに目を細めるリーゼリアはあまりにも色白で、細かった。
今にも消えてしまいそうになるほどで、もっと早く、ここに連れ出せたらと何度も思った。
そして同時に、太陽のもとにいるリーゼリアはこの世の何よりも、美しい存在だと思った。大精霊クラスの存在と契約したことで、白銀へと色を変えた髪と、青く澄んだ瞳。
過去に一度、聞いたことがある。
―――その髪と瞳は生まれつきのものなのか、と。
王侯貴族にも中々見られない美しい色合いだ。孤児であるリーゼリアはとても珍しい存在だと思う。
けれど、返ってきた言葉は生まれつきではない、というものだった。
大精霊クラスと契約したことにより、その寵愛を受けた証として、色が変化したのだと、そう教えられた。
それを聞いて、フラムは妙に納得したのだ。その姿は確かに精霊すらも魅力するものであると。
銀髪や青い瞳の人間は、この国には少なからずいる。高位貴族や王族ともなると、その数は多くなるだろう。
けれど、そのどれよりも、リーゼリアの髪と瞳は美しかった。まるで、初めからリーゼリアのものであると、そう言われても頷いてしまえるほどに。
そんなことを考えていると、ふいに振り返ったリーゼリアと目が合った。
太陽の光により、より一層輝く、美しい瞳と。
「大丈夫ですか? 仕事のし過ぎて疲れているんですか?」
「ん? あ、ああ、大丈夫だよ。それより馬車はこっちだ」
どうやらぼうっとしていたことを心配されたようだ。フラムはリーゼリアに言葉を返すと、そのまま馬車を待たせている場所まで歩いていく。その後をリーゼリアはついて行く。
どうか、この先のリーゼリアの人生が豊かであることをフラムは密かに祈った。
* * *
私がいた地下があった場所は森の奥深くにある。けれど、通り道は綺麗に整備されており、いま私が歩いていくのにもなんの支障もない。
仮にあったとしても魔術で道をこじ開けていたと思うが。だって歩きづらいのは誰だって嫌でしょ。
外はこんな景色だったのかと、なんだか不思議な気持ちで歩いていく。地下では感じなかった、森の香りや澄んだ空気を感じる。
風が吹き、さらりと白銀の髪が舞い上がる。それを手で押さえ、草木が揺れる音を聞く。地下にはなかった音だ。いや、音だけではない。
この森の香りも風の気配も、暖かな太陽の光も。そのどれもが地下に潜ってからは感じたことがないものばかりだった。
森を抜け、開いた道に出る。そこにはフラムが乗ってきたと思われる馬車があった。
「これに乗って、まずは私の屋敷まで行こうか」
「《七星の塔》に行くんじゃないんですね」
「あそこは基本、私たち《七星の塔》のための研究塔のようなものだからね。あそこで寝泊まりしてるやつもいるけど、私は屋敷があるからね」
扉を開き、フラムは馬車に乗る。そして、中から私に手を差し出した。馬車に乗ることなど久しぶりなため、私はありがたくその手を取り、馬車に乗った。
私が座ると、ゆっくりと馬車は動き出した。
「さて、まずは屋敷に着くまで、軽く話でもしようか」
私の目の前に座るフラムはそんなことを言った。
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