2 調査団-1-
枕元で鳴り響くアラームにアナグマは目を覚ました。
「もう時間か……」
寝覚めは悪くない。
なにか愉快な夢を見ていたハズだが、起床とともにその記憶は彼方へと消え去ったようだ。
軽く伸びをしてから朝食の用意をする。
独り身の生活というのはわびしいもので、一日の始まりはほとんど味のないパンとミルク。
それに少しばかりの木の実だけ。
生きるのに彩りは必要ない。
生涯をともにするパートナーがいれば、この灰色の人生も大いに華やぐだろう。
しかし彼はそうしようとは思わなかった。
父の背中を追えば追うほど、伴侶を持つことの罪深さを自覚してしまうからだ。
”命懸けの仕事をする奴が結婚なんて考えるな”
調査団の連中は口をそろえてそう言う。
当然だ。
一度、地上に出れば生きて帰れる保証はないのだから。
筋骨隆々の男が、翌日には死没者名簿という、たった一枚の紙切れとなって戻ってきた例なんていくらでもある。
アナグマの父もそうだった。
周囲から聞こえる声によれば、好人物だったらしい。
らしい、というのは父に関する記憶がおぼろげだからだ。
かつて調査団の隊長として活動していた彼の父――ラメーゴは勇猛果敢で洞察力に優れていたという。
しかしイノシシ武者というワケではなく、引き際の判断力にも優れていたらしい。
そのため地上での調査で凶暴な生物に何度襲われても、彼の部隊は生還率がきわめて高かったという。
その成績を称えられたラメーゴは、自身の判断力について”鼻が利く”と表現していた。
彼が言うには、自分たちに危険が迫ると”においが変わる”という。
そのままの意味なのか、それとも比喩だったのか、今となっては分からない。
はっきりしているのは彼が誰よりも自分の命を大事にし、チームメイトの命を尊重していたということだ。
「父さん…………」
窓際に置いてある写真に声をかける。
今となってはこの写真だけが親子をつないでくれていた。
アナグマは毎朝、こうして父の遺影を見つめる。
そして互いの距離を感じるのだ。
敬愛する父に、自分はどれだけ近づいているだろうか?
父のようになれるだろうか?
父の背中を追い、そして越えることができるだろうか?
彼は想う。
ラメーゴは偉大だった。
尊敬していた。
愛していた。
いつか父と一緒に調査団として地上の探索をしたいと願っていた。
だが、それは永遠に叶わなくなった。
突然の悲劇が父をあの世へと連れ去ってしまった。
アナグマがまだ五歳のときだった。
「オレさ……調査団に入ったんだ」
写真の父は何も答えない。
「カイロウ隊長にやっと認めてもらったんだ。なあ、父さん――」
彼は微苦笑した。
「父さんだったら、オレを隊に入れてくれたか? それとも”お前にはまだ早い!”って突っぱねられたかな」
これまでも独自に地上に赴いたことは何度もある。
腕には覚えがあったし、獲物を探し出す嗅覚にも自信があった。
それを無鉄砲と揶揄する者もいたが、入団するにはそうして実力を見せつける必要があった。
カイロウの隊は長いこと、隊員の募集をしていなかった。
隊員に余剰があったワケではない。
むしろ組織を維持するには足りないくらいだった。
だが彼には隊員を補充しようという考えはなかったのだ。
アナグマが強引に売り込みを続け、根負けしたカイロウがその熱意に負けて受け入れた恰好だ。
「ま、見ていてくれよ。オレもいつか父さんに並べる――いや、父さんを越えてみせるからさ」
彼は決意を新たにした。
写真の父が少しだけ笑った気がした。




