5 救出作戦-4-
丘陵から赤い火の手が伸び、巨獣の肩を貫いた。
二度、三度。
続けて放たれた光弾が背中を、後ろ足を焼く。
光と熱と灰色の煙とが、混ざりきらずに周囲を覆う。
さらに数発の光弾が降り落ちたとき、巨獣は焼けただれた後ろ足を引きずりながら林の向こうへと消え去った。
「今のは……?」
誰かのつぶやきに誰も答えなかった。
辺りには肉の焼けたにおいが立ちこめている。
真っ先に動いたのはカイロウだった。
彼は飛来した炎の正体や出所よりも、まず"彼"を案じた。
「…………」
言葉は出なかった。
しっかりしろ!
傷は浅いぞ!
意識をしっかり保て!
誰かが負傷した時、ケガの程度がどうであれ彼はいつもこう声をかけていた。
そうすれば誰でも助かったからだ。
だが、もうそうではなくなった。
カイロウの見下ろす、その下で。
隊員は息絶えていた。
背後から心臓を貫いた爪が、背中に大きく赤黒い穴を開けていた。
巨獣に圧し潰されたその体は、元の半分ほどの厚みになっていた。
――隊員を死なせてしまった。
その事実が。
その事実だけが。
自分をこの先、永遠に苛むだろうと。
カイロウは思った。
「誰だっ!?」
悔恨の沼に沈みかけた彼の耳朶を打ったのは、アナグマの声だった。
丘の上だ。
夜闇の中。
自然が作り出す黒の中に、人工の黒が混じっている。
「まだ間に合う。引き返せ」
暗闇が言った。
そのたった一言には、きわめて多くの情報が含まれていた。
だがそれを噛み砕く前に、
「お前たちは何者だ?」
今度はユーリが問うた。
夜にうごめくのはひとりだけではなかった。
ぞろぞろと、複数人の姿が明らかになる。
その中のひとり――。
とがった耳の男が、緩慢な動作で前に進み出た。
「引き返せと言っている。これは警告だ」
冷たい声だった。
しかしその冷たさの中にわずかな熱があった。
「さっきのは何だ? あれだけの火力、兵団でなければ扱えない代物だ。所属は?」
「答える必要はない」
「……なるほど。どこかの兵団のはみ出し者か」
ユーリが挑むように言うと、カイロウがゆらりと立ち上がり闇を睥睨した。
「そんな話はあとでいい」
絶望と失望と諦念の交じりそこねた瞳は、とがった耳の男を見定めた。
「俺たちの仲間が消息を絶った。知っていることはないか?」
部下を喪った悲しみが、その声に含んだ疑念を隠すのを邪魔した。
威圧的な、そして懐疑的な問いかけに、男は一瞬だけ視線をさまよわせた。
「さあ、知らないな。それよりもう一度、言う。引き返せ。さもなくば――」
彼が全てを言い終わる前に、地面が震えた。
風が巻き起こり、冷気が押し寄せてくる。
「くそ! だから引き返せと言ったんだ!」
再び大地が鳴動する。
男は一団に退避を命じた。
「お前たちもさっさと逃げろ! 死ぬぞ!」
ソブレロやギトーたちはすでにそうしていた。
経験していなくても、”経験”から分かる。
揺れ、音、空気の流れ。
たんなる自然現象ではない。
巨獣や怪鳥が巻き起こしているのでもない。
それらよりももっと途轍もない――何かだ!
「マズい奴がいるみたいだね!」
ズィロは落とした弾丸を拾い集めるとすぐさま装填した。
逃げる途中、アナグマは一度だけ振り返った。
暗闇の中に巨大な何かが動いた。
それは大木のようでもあったし、連なる山のひとつのようでもあった。
地形そのものが意志を持って動いているとさえ思えるほどの。
圧倒的な存在が。
輪郭もはっきりしないそれが。
ゆっくりと、恐ろしい速度で近づいてくる。
「隊長!!」
誰かが叫ぶ。
その声にアナグマの視線は釘付けになる。
カイロウは息絶えた部下を担いで逃げようとしていた。
「隊長! ダメです! 無理です!」
「置いて逃げましょう!」
傍にいた隊員たちが駆け寄る。
「できるか! 俺の隊では誰も死なせん! 誰もだ!」
「手遅れです! こいつはもう死んでるんです!」
「私たちも早く逃げましょう!!」
必死に説得する隊員を跳ねのけるように、カイロウは亡骸を背負おうとした。
「隊長!」
それを見ていたアナグマがあわてて駆け寄ろうとする。
「だめダ!」
ギトーが引き留めた。
「こういう時ゃ、オレたちゃ自分の安全を最優先に考えるんダ! 隊長がいつも言っテルだろ!」
「でも……!」
「ギトーの言うとおりだよ! いまは逃げなくちゃ……!」
ソブレロが加勢する。
二人の様子にアナグマはただならぬものを感じた。
実戦経験豊富な彼らが滑稽なほど怯えている。
巨獣や怪鳥と何度もやり合った彼らでさえ、隊長を見捨てて逃げ出すほどの存在。
「…………!!」
恐怖が恐怖を呼ぶ。
気がつくとアナグマも走っていた。
二人に引っ張られながら――。
カイロウたちの声は聞こえなかった。




