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5 救出作戦-3-

「風向きが変わった」


 またズィロだ。


「ほう、お前さん、風が読めるのかイ?」


 そばにいたギトーが不敵な笑みを浮かべた。


「さあ、この風はどっちダ? 順風カ? 逆風カ?」


 彼女は面倒くさそうにギトーを一瞥したあと、


「兵団に順風なんてない。だからこれは――」


 銃口を彼に向けた。


「オイ!? なんの真似――!」


「あんたじゃない!」


 言い終わる前に爆音とともに放たれた光弾は、ギトーの頭を横切って林の向こうへ消えた。


 そして一秒。


 暗闇の向こうで唸り声がした。


「命中だ」


 ズィロは顔色ひとつ変えずにすばやく装填する。


「いきなりじゃネェか!」


 一方、ギトーは青くなったり赤くなったりといそがしい。


「地上で警戒を怠るあんたが悪い。来るぞ! 備えろ!」


 兵団の仕事は調査団を守ることで、無駄話をするためにいるのではない。


 この精悍な女は言葉少なに――しっかりと皮肉を交えて――それを伝えると、ユーリとともに前に出た。


 木々の隙間から這い出るように巨獣が姿を現す。


 鋭い爪で大地をえぐりながら寄り来るそれは、右肩に痛々しい銃創を露わにしていた。


「イグモルデトーチか」


 ユーリも二本の剣をかまえる。


「いや、チガウな。額の模様が右回りになってるカラ――」


 さっきの仕返しとばかりにギトーがしたり顔で口をはさんだ。


「ありゃあ、ハイモルデトーチだ。ヤバイのが出てきたナ……」


「ハイモルデ……?」


 姿を現したものの、まだ遠くでアナグマたちを見据えている巨獣は、彼らに会話をするための充分な時間を与えてくれた。


「きわめて獰猛な種だよ……目撃例は二例だけなんだ……」


 足音を立てないようにしてソブレロが寄ってきた。


 声は震えている。


「でも……みんな知ってる。目撃例はもっと多いハズだって」


「なぜだ?」


 ズィロが首をかしげた。


「遭遇したら誰も助からないからさ。証言できたのは、運良く逃げのびた二人だけ――」


 ささやくような彼の言葉を裏付けるように、巨獣が大きく跳躍した。


「迎え撃つ! あんたたちは下がっ――」


 ズィロは経験豊富な兵士だった。


 撃退した巨獣、怪鳥の類は数えきれない。


 だがそんな彼女でさえ見誤った。


 ハイモルデトーチはまるで風になぶられたように浮き上がり、カイロウたちの頭上を飛び越えた。


 着地と同時に振り返ったはずみで振り払われた強靭な尾が、調査団をなぎはらう!


「マジかよ!!」


 まばたきをふたつする間に彼らの態勢は総崩れとなった。


 巨獣が不気味な咆哮を上げると、緑色のうろこに覆われた皮膚が微細動する。


「だ、だめだぁ! こんなバケモノに敵うワケがないんだぁ……!」


 ”ハイモルデトーチ”に怯えた隊員のひとりが、情けない声を上げながら遁走した。


「待て! 待てって!!」


 仲間が呼び止めるが遅い。


 ひとり離れていく獲物を見定めた巨獣が土を蹴る。


 飛び上がった巨体は美しい放物線を描き、そして――。


「ぎゃっ――!」


 隊員を背中から踏みつぶした。


 断末魔の叫びはたったの一瞬だけだった。


 カギ爪の下の獲物を見下ろした巨獣は、やがてそれが息絶えていると分かると興味なさそうに視線を上げた。


(………………!!)


 目が合ったのはアナグマだった。


 夜でもハッキリと分かる、ガラス玉のような光る目が。


 この向こう見ずな若者を見定めていた。


「…………」


 彼は動けなかった。


 まばたきさえできなかった。


 ほんのわずか、毛の一本でも動かせばたちまち襲いかかってくる!


 光る目はそう警告していた。


「そのまま動くな」


 後ろにズィロがいた。


「他のヤツらと同じさ。巨獣は動くものを狙う」


 そうささやくと、彼女は音を立てないように装填した。


「この距離なら頭を狙える」


 彼女には好都合だった。


 しかしこの策には足りないものがあった。


 ガラス玉が動いた!


 カイロウたちが態勢を立て直したのだ。


 その動きにつられ、巨獣が土を掻きながらゆっくりと爬行する。


(動くな!)


 声を出せないため、ズィロは目でそう伝えようとした。


 だがそれがまずかった。


 巨獣はそのわずかな挙動に反応し、大きく跳躍した。


「しまっ――」


 装填しようとする手は焦り、弾丸が指の間からこぼれおちる。


「クソが……!」


 弾丸を拾うのももどかしく、彼女はアナグマの襟をつかむと強引に引き倒した。


 兵団としてのプライドがそうさせた。


 彼を盾に助かろうなどと考えはしない。


 それよりも彼を庇い、兵団として盾になることをこの女は選んだ。


「あぶない!」


 地に伏したアナグマが叫ぶ。


 ズィロは銃を捨て、懐に仕込んでいた短刀を抜いた。


 巨大な爪が迫る。


 刃物のように鋭いその先端が視界を覆ったときだった――。

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