4 地下鳴動-5-
「いい天気だ」
ネロが言った。
地下世界で天気も何もないが、地上での嵐を知っているからこそ、この世界は穏やかに感じられた。
「こっちのほうがよっぽどいいよ」
なにかと自分を地上に連れ出すアナグマへの当てこすりだ。
「地上の過酷さを知ってるからそう感じるんだ」
それが分かっているから彼もこの程度の返し方はできる。
ふん、と鼻を鳴らしたネロは通りに目をやった。
ここ中層部は居住区を囲むようにして商店が軒を連ねている。
緊急時にどこからでも物資を届けられるように、という先人の知恵によるものだ。
この構造のおかげで地震による崩落があった場合でも、ライフラインが完全に機能停止に陥ったことはない。
「あの服、いいな」
ウィンドウ越しにしゃれた衣服を見つめる。
見せる相手などいないが、外見は着飾ってこそ――というのがネロの持論だった。
「着てどこに行くんだ?」
「地上でなければどこでも」
「そんなに嫌なのか?」
「調査団くらいしか行かないのが何よりの証拠だよ。ボクたちは地中に生きるんだ。本来なら地上に出るべきじゃない」
民の大半は地中で一生を過ごす。
外を知っているのは団員など、ごく一部の者に限られている。
この仕事に就いていなければアナグマもネロも、地上の存在など気にもかけずに生涯を終えるだろう。
二人は適当にぶらついたあと、カフェで軽食をとることにした。
調査団の収獲は人々に行き渡っているようで、この店でも地上の果実を加工したメニューが人気らしい。
盛り付けも彩りも及第点だ、とネロは舌鼓を打った。
「……で、うまくやっていけそうなのかい?」
植物の根から抽出した茶を飲みながらネロが訊いた。
「ああ、手ごたえは感じてる」
「ふうん。しかし物好きだね。わざわざカイロウ隊を選ぶなんて。やっぱり親父さんのことが?」
アナグマは小さく頷いた。
「父さんと一緒に働くのが夢だったんだ。地上の果てまで探索してさ。二人で世界一の隊を作りたかった――」
叶わないことだと分かっていても、彼はどこか諦めきれずにいた。
ある朝、目を覚ますと全てが夢で、父ラメーゴが笑顔で声をかけてくれる……そんな想像をしたこともあった。
「親父さん、たしか事故で命を落としたって言ってたな」
「今でも信じられないんだ。なんで父さんが――って」
「そこで調査団への熱が冷めないキミはたいしたものだよ。たいていの奴はトラウマになって離れたがるのに」
ネロはなかば呆れたように言った。
「父さんと並んで……いつか超えたいと思ってたんだ。その夢は今も変わらない」
「いや、でも、もうその夢は――」
「オレがもっと実績をあげて父さんよりも多くの隊員をまとめて、父さんよりも長く隊長を務めたら――その時になって初めて父さんを超えられる気がするんだ」
語るアナグマの目に諦念はない。
彼は常に前を、上を向いていた。
「なるほどね。でもカイロウさんがいるじゃないか」
「新しく隊を作ってもいいと思ってる」
「ふうん」
ネロは緩慢な動作で茶を口にした。
ちらりと通りを見やる。
人々の生活は安定しているとはいえない。
作物はたいして実らず、最近では地震も頻発している。
飢えと住居。
このふたつは常に彼らにとって悩みの種であった。
――が、道行く人々の顔に暗さはない。
過酷な世界にあって、それでも懸命に生きようとする意志が彼らにはあった。
「ボク個人としては勧めないけど――キミが隊の一員として活躍するのを親父さんは見守っているんじゃないかな。カイロウさんが入隊を許可したのも親父さんの導きかもしれないね」
その言葉にアナグマははっとした。
「そんなふうに考えたことなかった」
「ちょっと思っただけだよ」
ネロは遠い目をして言った。
「人のおこないは誰かが見てるものさ。どんな時でもね」
「顔に似合わずロマンチストなんだな」
「キミを励ましてやろうとしたボクの努力ははかなくも消え去ったよ……」
「冗談だよ。ありがとう。ちょっと気持ちが楽になったよ」
「そうかい? ならお礼をしてもらわないとね」
わざとらしく言い、ネロは伝票をアナグマの前に差し出した。
抜け目のない奴だな、と彼は思った。




