何者か
A級パーティー『約束の剣』は、清潔なベットの並ぶそこそこに広さのある部屋で、風の結界を張り輪になって顔を突き合わせていた。
「で?どう思う?」
「変だ」
「変だよ」
「怪しすぎる」
「おかしいわ。全体的に」
立地、設備、人間性、状況。どれを取っても異様としか言えないここに、一同の見解はほぼ一致している。
「でも、危険ではなさそうだよ。罠はない」
探知スキルに特化しているナディアが周囲を見渡して、胡乱気に鼻を鳴らす。
「あの店主も、抜けてて騙され易そうではあるが、悪意は微塵も無かった。隙だらけで、幼児並だ」
暗殺にも長けたルークは、何度か不意打ちで殺気をぶつけてみたが、何の反応もしなかった男を思い出して益々謎が深くなる人物像に眉を顰める。
「全部幻覚で、油断して起きたら魔物の胃の中ってこたねぇだろうな?」
腰掛けるベットに触れながら、ガインが疑り深くステータスチェックをすると、ローズが首を振る。
「その可能性も何度か疑って反魔法を掛けたけど、何もなかったわ」
「なら現実か・・・。誰も信じねぇだろうな、こんな話」
「与太話になるだけだろうねぇ」
ダンジョン攻略最前線と自負していた自分たちより先に、史上最下層である95階に店を開く一般人が居たなどと、素面で報告したところで誰が信じようか。
「でも、店主の彼は隙だらけだけど多分弱くはない。俺と良い勝負しそうな気がする」
「「「!?」」」
「ま、だろうな。俺も、なんでかアイツには勝てるイメージが湧かねぇ」
勘の鋭いウィリアムの評価に、戦闘に関してのみ勘が働くガインが同意したことで、信憑性が増す実は強い説。が、それを覆してしまいそうになる駄人間的発言の数々に、ルークたちは首を傾げる。
「あれが?」
「たぶんね。かと言って、斬りかかる訳にもいかないしね。彼が悪人でない限り」
「だが、そうだな。こんなとこに一人辿り着き店を構えるのなら、実力無くしては無理か」
「底抜けのお人好し感はあるけど、実力の測れない実力者ってんなら、過去にどんな傷持ってるか分かったもんじゃないねぇ。ま、油断は禁物さね」
油断を誘う妙に緩い空気しかない男に見えて、実力を隠し持つ謎の男に警戒を引き締める仲間たちに、ウィリアムは肩を竦める。
「ま、そんなに気負うこともないと思うけど。彼、悪人ではなさそうだし。今日は取り敢えず、休息日ってことで。骨を休めようか」
大きな窓から下を覗けば、庭で何やら作業をしている男の姿が。外に広がるのは、美しくも長閑な大自然に見えど、ここはダンジョン。高ランクの魔物の彷徨くそこに、結界があると言って防具もなく平然と出ている胆力に笑いすら覚えながら、ウィリアムは愛剣を撫ぜた。
が、そんな一行の警戒心は、夕食を迎え霧散した。
「「「「「・・・・・」」」」
「お代わりはスープとパンだけだかんね。この鍋に入ってる分、セルフで注いで。パンはカゴに出てる分まで」
メインの肉料理とパンとスープ。が、ウィリアムたちの知る料理は、せいぜい塩や胡椒を効かせた味付けのみ。パンは硬く酸味のある黒パンが主で、白いパンなど見たこともなかった。スープも、具沢山の野菜が入っているが、知っているものより色が鮮やかで食べるのを躊躇する。
「肉が茶色なんだが、腐ってないか?」
「醤油で照り付けてるだけだし」
「コレはホントに食えるんだろうね?」
「ん?スープの野菜?うちの菜園で丁度食べ頃なん採ってきたから、中々の出来だけど。もしかしてお姉さん、ニンジン無理な人?」
「アタイの知るニンジンは、こんな綺麗な色合いしてないよ」
「げっ。これニンジンかよ。ニンジンなんて、臭くてエグくて苦ぇだろ。嫌がらせだろ、絶てぇ」
「え、何。こっちのニンジンは苦ぇの?まぁ、ニンジン苦手ってお子ちゃま結構いるけど、少なくとも苦くはないかな。あんたらの知ってるニンジンとは別物だと思って。食って口に合わなかったら吐き出せば?」
「どう言う店だよ。食いもん扱ってんだろ。いや、飯のクソまずい宿もあるにゃあるが、そう言うのは安宿だろ。金貨1枚取って飯まずとか、利用価値ねぇよ」
「だから泊まるなって言っただろ。所詮趣味の店だし。俺の味覚と他人の味覚が合うかは別もんなんだし。良いんだよ、料理なんて俺の口に合えばそれで」
「どれ」
物怖じしない質のウィリアムが、躊躇いなくいった。
「・・・・・・うんま」
数秒の機能停止後、ポツリと呟いて下品にならない程度にガツガツと食べ進む。
それを見たガインたちは其々の顔を伺って、意を決した一口を口に運ぶ。
「「「うまい」」」「美味しい」
口に入れた瞬間に広がる複雑で風味豊かな、なんとも言えない味わい。美味しいと脳が判断した瞬間に、全身が痺れるような多幸感に包まれ、食事の概念が吹き飛んだ。
そして、食器の当たる音だけが食堂に響く。
「食べ終わったらそのままにしといて。んじゃ、御ゆっくり〜」
そう言って部屋を出て行った男にさえ気付かず料理を食べ続けたウィリアムたちが、正気に戻れたのは全ての料理を食べ尽くしてからだった。
「「「「「・・・・・・」」」」」
「まだ食えるな」
「何なんだろうね、ここは」
「神の食べ物だ」
「どうしよう。もう他のところで食べても満足できないかもしれない」
「あぁ。高級宿どころか、王族や公爵家からの依頼で供された料理も、ここの料理には及ばない」
「麻薬入りじゃないだろうね」
「依存性を感じそうではあるけど、毒は入ってないわ」
「追加注文できねぇかな」
「聞いてみよう」「聞こう」「聞くよ」「聞きましょ」
すっかり料理の虜になったウィリアムたちは、オーナーを呼んだ。
「追加っても。一応ガタイいいから1人2人前はセットしてたし、お代わり寸胴で用意してたの全部食ってまだ食うとか。どんだけ大喰らいなの、おたくら」
「金ならいくらでも出す」
「んー、もう料理ねぇし、作んのめんどいからヤダ」
「あぁん?」
身も蓋もない理由が酷すぎて、思わず凄んだガインを、ルークが宥めて落ち着かせる。
「お金は十分に払っていると思うけど?王都の高級宿の5倍は払っているんだから」
「よそはよそ、うちはうち。比較しても仕方がないって。アラカルト制にしたらキリがないだろ?作る俺が」
「その“あらかると”って言うのは、どう言う意味かな?」
「え、アラカルト通じないのか。え〜、改めて聞かれると・・・一品料理追加受付、かな」
「ここは商売魂の見せ所じゃないのかい!」
「そんなもんあったら、普通に街で商売してる」
説得力のあり過ぎる回答に、言葉を失うナディアたちは未練たらたらに空の皿を見下ろす。
大の大人が欠食児童よろしく項垂れる様に、流石のアキラも憐れになったが、何事も始めが肝心だ。
ここで要求を飲むと、後々同じ面倒を譲歩させられるかもしれない未来を危惧し、「ドンマイ」と胸中でのみ励ました。
後に、酔ったガイン達が度々語る宿の料理の話を聞いた人々の間では、実しやかに囁かれた。ダンジョン真相には、『神の料理人』がいるのだと。




