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働く理由

 ーーチリンチリン


 手に掛けたドアを開けると、透き通る場違いな音が辺りに響き、ウィリアムたちは直ぐに止まって中の気配を探る。


「やっぱり、奥に誰かいるねぇ。・・・鼻歌が聞こえてくるよ」


 緊張感皆無の奥の不審人物の様子に、ナディアは呆れ半分に実況する。


「鍵も掛かってねぇって、警戒心なさ過ぎだろ。不用心じゃねぇ?」

「隠遁した魔法使いの棲家、と言うにも違いそうだな」


 半開きにした扉の向こうには、受付カウンターらしきものがあり、その隣の部屋からは嗅ぎ慣れない、けれど暴力的なまでに胃袋を刺激する匂いが漂って来る。


「「「「「・・・」」」」」


 警戒心を緩ませる空気が広がるそこに、全員が顔を見合わせた。

 予定通り、先行の2人がそのまま玄関ホールに進み、3人は入口で待機する。

 隣の部屋の奥で動く気配はやはり人のそれで、ナディアとウィリアムは小回りの効く獲物に手を掛け、近寄る気配に応戦の構えで対峙した。


「ん〜〜?今なんか音が鳴んなかったか?いや、空耳だよな。こんなとこに人が・・・・・・げっ」


 中肉中背の黒髪の年若い男は、ウィリアムたちを目に留め、明白に嫌そうに顔を顰めた。


「「「・・・・・・・・・」」」


 膠着する2者の空気を先に破ったのは、謎の男だった。


「えーっと。もしかしてあんたら、お客だったりする?」


 どこからどう見ても普通の人間に見える男に、ウィリアムとナディアは危険度はないと判断し、後ろに控える3人を視線で呼び寄せる。


「え、まだ居んの?」

「勝手に入ってすまないが、ここは何で、君は何者かな?」


 警戒を完全には解かずに、ウィリアムが人好きのする笑みを浮かべて尋ねると、男は言いたくなさそうに答えた。


「あ〜〜〜〜。一応、宿屋。俺、オーナー」

「宿・・・。こんな所で?」

「俺、基本働きたくないんだよね。ここ、人来ないし」


 前人未踏の地と言われるダンジョン深部に、人が来たら快挙だろうと誰もが納得する。今まさに、ウィリアムたちがそうであるように。


「そもそもお前、何でここにいんだよ?」

「冒険者、ではなさそうだが?」

「アンタみたいなソロで深層潜れるランカーが居るなんて情報、ないんだけどねぇ。S級でもないと、ここまで来れない筈だよ」


 堪らず続く追及に、男は鹿爪らしく肯定を返す。


「そりゃ、俺ここのオーナーだし。冒険者じゃないし、そも入り口から入ってねえ」

「じゃ、どっから来たんだよ?」

「謎」


 簡潔に言い切る謎多き男の断言に、話す気がないのだろうと判断したウィリアムたちは、一旦一番問い質したい点を脇に置いて次に進む。


「なら、何でこんなとこで宿屋をやっている?本末転倒だろう。客が来ないのだから」

「良いんだよ。客来なくてもやってけんだから」


 ルークの尤もな問いに、身も蓋もない答えが返った。そして、薄々感じていた男の人間性を悟る。コイツ、ダメな奴だと。


「宿屋やる意味ないじゃない」

「意味はある。社会人としての体裁と、大人としての矜持、みたいな?無職って言うと、なんかアレじゃん?一応俺も働いてますよ、って体を保てればいっかなって」

「しょーもな。誰に張ってんだい、その見栄?」

「強いて言うなら、世知辛い人間社会?無職ってだけで、クレカ審査落ちるし、ローン組めねぇし、職質されたら犯罪者予備軍扱いされんだぜ?俺は純粋に働きたくないだけなのに」


 前半言っている内容がよく分からないまでも、まるで俺は悪くないと言わんばかりの堂々とした謎主張に、返って感心しながらウィリアムは確信する。色んな意味で警戒するべき対象ではないと。


「意味は分からないけど、とにかく君が働きたくないという事は分かったよ。それで、1泊いくらだい?」

「あんた、鬼か?あんたらが泊まったら、働きたくないって言ってる俺が働かないといけなくなんだろ」

「ここは宿屋で、君がオーナーだと言うのなら、泊まりたい人間は泊まる権利があると言うことだろう?」

「・・・」


 ぐうの音も出ない正論に、男は口を手で覆いショックに言葉を失った。


「で、いくらだ?」


 追い討ちを掛けるように尋ねるガインに、男は諦めたように遠い眼差しをしながらも、事実を告げた。


「正直、客が来るとは想定外だから、考えてなかった」

「もう一度聞くが、宿屋なんだよな?」

「ガイン、もうそこは突っ込むな。話が進まん」


 ルークの静止に、ガインはグッと突っ込みたくなる言葉を飲み込んだ。


「金って確か、銅貨・銀貨・金貨が小・正・大であんだったっけ?」

「えぇ。そうよ。そこに白金貨・虹金貨(こうきんか)もあるけど、これは大商人やSランカーや国家間の外交規模でしか使用しないようなものだから、実質ないに等しいわね」


 ローズの補足に頷きつつ、男は決めたと指を一本立てた。


「んじゃ、1人正金貨1枚で」

「「「「「はぁ?!」」」」」

「ぼったくりだろ」

「王都でも、高くて小金貨2枚よ?」

「強欲が過ぎるじゃないかい?」

「1泊に出すには高過ぎる」

「5人での間違いかな?」


 其々の非難に、男は首を振って否定した。


「ここが何処だと思ってんだよ?ダンジョン深層だぜ?競合他社いねぇし、独占市場じゃん。出したくないなら、出さなきゃいんだよ。したら俺も働かずに済む!!」

「あのなぁ」

「それに、釣りねぇし。キリ良いし。こんなとこまで来れる猛者なら、出せない金額じゃなくね?適正価格だろ」


 悪意なく平然と言ってくる店主の価格提示に、ウィリアムたちは一旦話し合いのため背を向ける。


「ないな」

「1人ったら、アタイらで1泊5枚飛ぶんだよ?あり得ないよ」

「深層で獲れる素材売っぱらっても、物によっちゃ金貨1枚なんねぇ時もあんだぜ?」

「それほどのサービスを期待できるならともかくね」

「大したサービスはない!」


 後ろからキッパリ言い切る潔さに、一拍の沈黙が落ちる。


「まぁ、ベットで寝れて、風呂入れて、普通の飯食えるってくらいだし。期待するような丁寧な接客サービスなんてないから、泊まんない方がいいって」


 自信満々のネガティブセールストークを、いっそ誇らしそうに売り出す宿のオーナーに、呆れと若干名イラつきさえ覚えて頰を引き攣らせたウィリアム達を、誰が悪いと言えようか。


「何故そこで商売根性を出さない。商人だろう」

「所詮、似非だし」

「自分で言うのかい?」

「ふむ。ダンジョンでベットと風呂は魅力的だし、温かいご飯もなかなか惹かれる売り文句だと思うよ。食事は何食だい?」

「え?・・・・・・2食くらい?」

「何で疑問系なのよ?」

「だから、客来る前提がなかったから、決めてなかったんだって」

「だから、何でお前それで宿屋やろうと思ったんだよ」

「まぁまぁ。でも、2食付くのなら、取り敢えず俺は1泊したいかな」

「え、じゃあ1食に」


 泊まる流れになりそうなウィリアムに、運営方針の転換を謀らんとしたオーナーに、すかさずナディアの喝が入った。


「正金貨取っといてケチくさいこと言ってんじゃないよ。今2食ってったんだ。男なら二言を吐くんじゃないよ」

「それでも、流石にゼロにはしないんだな」

「正金貨取るから罪悪感は感じるんじゃないかしら」

「考え方の端々に、常識を捨てきれない小市民感があるからな」

「ちょっと、そこ!冷静な分析だからって、俺が傷つかないとか思ってんなよ。ホントのこと言われて、誰もが心に傷を負わない訳じゃねぇんだかんな!俺のナイーブなハートは、人一倍脆く壊れやすい素材でできてます!優しさとオブラートを下さい。ギブミーハートフルワード」


 その後ろで、ぽそっと宿主の人間性観察を行うローズたちの的を射た指摘に、言われた本人は割と本気の不服申立てを叫ぶ。


「情けなくならないのか?」

「やめてやんな。こう言う男は折れるとめんどくさいよ」

「そうね。女より、こう言う男の方が面倒よね。それで?本気で泊まるの、ウィル?」

「うん。1泊して、鋭気を養うのはありじゃないか?それに、この匂い」


 入って来た時から漂う、抗い難い美味しそうな匂いに、ウィリアムの勘が告げている。


「それだけの価値があるかもしれない」

「匂いは、確かにうまそうだ」

「・・・お前の勘は当たるからな」

「アンタがそう言うんなら、泊まってみるかね」

「ものは試しと言うからね」

「え〜。やめとこうぜぇ。こんなやる気ねぇ宿屋泊まっても、金の無駄だって」


 こうして、ダンジョン『アルカナ』95階層にある宿屋『閑古鳥(かんこどり)』の映えあるお客第一号が、宿主の意に反してチェックインしたのだった。

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