知性を持った植物
「植物にも知性があるに違いない」
K教授はそう信じて研究を続けて来た。私たちが水や食料を求めて行動するのと同じように、植物も光の方向、水、土壌の栄養素に敏感に反応して、葉や根の成長方向を調整している。事故に遭ったりして命の危険に晒された場合に私たちがその事例から大いに学ぶように、植物は乾燥で枯れてしまいそうになった経験をストレスとして、何らかの要因で損傷してしまったらそれを傷として記憶しているらしい。イナゴ等の害虫に攻撃された場合には、根や葉から防御物質を放出することもある。驚くべきことに、その時、攻撃に遭っていない周囲の植物たちも同じように防御物質を放出する。おそらく仲間に危険を知らせるためのコミュニケーション手段があるのだろう。さらに電気信号やホルモンを使って体内で情報を伝えるメカニズムも備えているので、身体のある部分を傷つけられたら、とっさに他の部位に防御態勢を取らせて、被害を最小限に食い止めることができる。そうした植物の姿を見ているうちに、植物にも知性があるに違いないと教授は確信するようになった。いつかそうした知性を持つ植物と会話できるようになりたい。そう考えるようになった。そしてその思いを実現すべく、彼は遺伝子操作に明け暮れる日々を過ごしていた。
「もしかしたら知性が十分働くためのエネルギーが足りないのかもしれない」
そう考えた教授は、食虫植物をベースにした被検体を使うようになっていた。それは消化液で満たされた巨大な壺を持つ植物であり、その中に落ちた虫はあっという間に溶かされて養分にされてしまうのだった。そして効率良く養分を吸収させようと壺をどんどん巨大にするための遺伝子操作が加えられていた。これだけ養分を与えていれば、きっと知性が目覚めるに違いない。教授はそう思った。やがてある日、何か思念のような信号が植物から発せられていることに彼は気付いた。そしてその波形を拾ってコンピューターで解析を続けた。
<こんにちは>
そんなメッセージが植物から発せられていることがわかった。それが思い込みでないと確信した時、彼の頬は緩んだ。
<私のことがわかりますか?>
彼はコンピューターに入力した。コンピューターはそれを植物の解する思念に変換し、出力した。
<そうですね。あなたは以前から私のそばにいます>
植物からの返答がモニタに表示された。彼は遂に植物とコミュニケーションを取れるようになったのだった。
それから教授は毎日、植物と話すようになった。今までずっと話せなかったこともあり、植物にはいろいろと言い分があるようだった。
<動物はいつも私たちを食べています。それはとてもつらいことです。あなたは自分の身体が齧られる苦しみがわかりますか?>
そんなことを聞かれた。確かにそうだろう。私たちは大地に根ざす植物たちを引き抜き、収穫する。それからその身体を刃物で切り刻んで、煮たり焼いたりして食べている。もしも自分がそんな目に遭ったとしたら、泣きわめきながら文句を言い続けるだろう。肉や魚を食べないベジタリアンの人々は、動物の命を尊重していることになるのかもしれないが、彼らだって植物は食べている。不当にその命を奪っていることに変わりはない。植物と話しながら、彼はそう思った。意識を持つ動物を殺して食べるのは、残酷なのでやめましょう。そういう人もいる。だが今や植物が意識を持つことが明らかになってしまった。そうすると私たちは何も食べられなくなってしまう。
<生きるためには仕方がないのです。ごめんなさい>
植物の発する悲痛な声に対して、彼はそう答えるしかなかった。何か食べなければ生きて行くことができない。これは仕方のないことなのだ。そう言った途端、彼は延びて来た太い蔓に捕らえられて、宙に浮いた。
「何をするんだ?」
思わぬ事態に声を張り上げたが、すでに手遅れだった。彼は壺の形をした葉の真上まで運ばれて行った。消化液で満たされた壺の中に身体を溶かされた虫の抜け殻が浮かんでいるのが見えた。
<生きるためには仕方がないのです。ごめんなさい>
モニタに植物の発した言葉が並んだ。




