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4.

「――うわあ……っ」


 どのくらいの高さだろうか。

 飛行機よりは低い。ヘリコプターには乗ったことがないが、おそらくそれよりも低い。


 眼下には、明かりの灯り始めた家々やビルが立ち並んでいる。それらをこんなに間近から見下ろすなんて初めてのことで、まるで現実感がわかない。遮るもののない足の下に、建物や地面があるなんて。


 ――司は、吸血鬼と一緒に、空を飛んでいた。


「す、すごい……! 吸血鬼って、こんなこともできるのか……!」

「さっき、君の血を飲んだからね」


 風が質量のある塊となって後ろへ流れていく。マントの中に司を抱え、吸血鬼が微笑んだ。


「血を飲まなくても生きていけるけど、飲んでないと大した力は発揮できないんだ。でも、血ばっかり飲んでると太陽の下とか歩けなくなるし――、何事もバランスが大事ってことだね」


 そう言って、一人でうんうんと頷いている。


 二人が向かっているのは、日堂が毎年通っている避暑地にある別荘だ。車で行けば三時間ほどかかる場所。それが、この方法なら三十分ほどに縮まるという。


「――で、君の弟はそこにいるのかい?」

「……たぶん、ね……」


 吸血鬼に尋ねられて、(つかさ)――ではなく、(さく)は頷いた。キャップが飛んでいかないように抑えながら、ため息をつく。


「司は単細胞だから、たぶん、沙耶(さや)と駆け落ちするつもりなんだ。沙耶が引っ越して、一度はあきらめようとしたんだと思うけど……」


 司と沙耶は好き合っていた。それこそ、小学生のころからずっと。

 双方の親の反対もあり、当人たちも何度か別れようとしたらしい。それでも、同じ学園に通っていれば、顔を合わせる機会もあり、思いを断ち切ることは難しかった。


 まだ繋がっていることを二人は隠しているつもりだったようだが、はっきり言ってバレバレだった。だから、沙耶の親が強硬手段に出たのである。


 今度こそ、別れるしかないのか。そんなに、自分たちが付き合うのは悪いことなのか。

 思い悩んだ末、沙耶が、司宛てに手紙を出した。おそらく、中身は写真だけ。メッセージは、思い出のひまわりに託すことにして。


 彼女の用意したメッセージは二つあった。一つは、『私は、あなたと幸せになりたい』。そしてもう一つは、『私は、家族を大事にしたい』。


「沙耶は頭のいい女だけど、花占いとか、そういう乙女チックなものも好きなんだ。だから、自分の未来を賭けたんだと思う」


 司がどちらの種を見つけるか。


 別れを告げる種を見つけたら、すっぱりと決別する。もう片方の種を見つけて追いかけてきてくれたら――、自分の未来を相手にゆだねる、と。


「あの写真一枚から、一本のひまわりを見つけ出すのが、人間にとってはまず奇跡。そして、二つあるうちの、僕が見つけた方を探し当てられたら、さらに奇跡。そこまでの奇跡が重なったら、それはもう運命だろうってこと?」


 吸血鬼が風の中で声を張り上げる。朔はこくりと頷いた。


 だが、残念ながら、今回の賭けは沙耶の負けだ。沙耶はきっと、どちらの条件も満たしたときだけ、自分の想いを貫こうとしていた。司はどちらのメッセージも読んでいない。おそらく、写真の本当の意味にも気づいていない。


 ただ、思い出のひまわり畑の写真が届いたから、「沙耶がそこで待っている」という意味だと解釈した。しかし、そこに彼女はいなかった。そうしたら、司は次にどういう行動をとるか。


 そこで大人しく戻ってくるような性格なら苦労はない。おそらく司のことだから……、おそらく、沙耶が待っていることを疑わず、彼女の家に迎えにいく。


「ほんっっとーに、あいつは馬鹿だ……!」


 朔は思い切り吐き捨てた。

 唯一の救いは、沙耶がまだ迷っているということ。それと、司が彼女の想いを踏みにじってまで自分のわがままを押し通そうとしているわけではないということだ。

 司は、『私は、家族を大事にしたい』のメッセージも読んでいないのだから。


「なーんだ、数列関係ないのかあ……」


 吸血鬼は残念そうにつぶやいている。


「いや、でも、まだわからないぞ? フィボナッチ数列は花びらの枚数にも関係あるんだ。花占いが好きということは、植物のすばらしさに興味がある可能性だって――」

「……ごめん。それはないと思う」


 盛り上がりかけた吸血鬼に、朔は申し訳なさそうに水をさした。


「僕、一緒にスイカを開発してくれる仲間を募集中なんだけど……」

「ごめん。それも諦めて。司はともかく、沙耶は親友なんだ」


 そう言うと、吸血鬼は不思議そうに顔を覗き込んできた。


「ずっと思ってたけど、君、弟君に手厳しいね? 親にもわからないくらいそっくりなんだろ?」


 あまりの近さに、朔は思わず身を引いた。吸血鬼に抱えてもらって飛んでいるから仕方ないのだが、さすがに至近距離すぎる。


「――あいつは、日堂(ひどう)グループの跡取りなんだよ。それなのにライバル会社の令嬢と駆け落ちなんかしたら、どんな騒ぎになるかわかるだろ?」


 なぜ朔たちの両親が彼らを引き放そうとしたか。どうしてそこまで体裁を気にするのか。


 しかし、司にはわからないのだ。いや、わかっているかもしれないが、結局こうして行動を移した。

 自覚が足りない。責任感も足りない。似ているのは、容姿だけ。


「だから、こうして弟君のふりをして、家族や学園をだましたってわけか。彼と噂のご令嬢が同時にいなくなったら、どうしたって周りは駆け落ちを疑う。今日、学園を休んだのは姉の君で、弟君は普通に登校したことになっている。誘拐の可能性があるのに警察にも届けず極秘裏に対処しようとしたのは、駆け落ちだと、ほぼ確信していたからだ」

「――っ」


 吸血鬼が意地悪そうににやりと笑う。さすがに、ここまで見透かされては、朔もふてくされずにはいられない。


「……どうしてわかったんだ? ……学園でも、誰にもばれなかったのに……」

「そりゃ、血を飲めばわかるよ。女性の血はおいしいからね。それに、君の血の味は極上だった」

「――そ、そうか……?」


 斜め上からの返答に、朔は困惑した。どう反応していいのかわからない。


「それに、腕がすべすべして柔らかかった……」

「――キモイ!」


 今度は容赦なく頬にパンチを繰り出した。しかし、血を飲んで全身にエネルギーがみなぎっている状態の吸血鬼には、痛くもかゆくもないようだった。


「さて、そろそろだね」


 吸血鬼の言葉に下を見ると、明かりがほとんどない黒々とした闇が広がっていた。その先には、大きなホテルの窓から漏れるたくさんの光が煌々と輝いている。

 吸血鬼が、山の木々にぶつからないよう高度を上げる。


 司が沙耶を連れ出したのは、彼女と連絡が取れなくなった昼前だろう。だとしたら、その後は――?


「本当にここにいるのかい?」

「多分って言っただろ。結局、あいつらはいいところのお坊ちゃんとお嬢ちゃんなんだよ。いつもお付きと一緒で、土地勘なんてありゃしない。駆け落ちするっていっても、どこへ行ったらいいかわからず途方に暮れて、馴染みのある別荘地の近くをうろついてるのが関の山だ」


 司は一人で外出したことがない。今回、ひまわり畑に行っただけでも大冒険だっただろう。沙耶に会うまでは自分に酔った勢いで突っ走ることができようが、今日どこで寝るかとか、これからどうするかとか、現実的な問題が目の前に差し迫ってからは、意気消沈しているに違いない。


「――あ! いた!」


 上空から、吸血鬼が二人を見つけた。恋人の丘と呼ばれる美しい夜景が見えるベンチに、寄り添って座っている。

 吸血鬼は、その丘のふもとに降り立った。


「ありがとう。ここまででいいよ」

「……僕、ついて行こうか?」


 吸血鬼がそう言うと、朔は、キャップを上げて笑った。


「大丈夫だよ。ここからは一人で行く。何が何でも説得して、あとは三人で帰るから。大騒ぎにならないよう、しっかり口裏も合わせなきゃいけないしね」


 それでは、と言って、朔は紳士のようなお辞儀をした。そのあまりの優雅さに、吸血鬼はしばし、見とれてしまったのだった。


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