表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

3.

 時期外れのひまわり畑は、どうにもうら寂しい場所だった。


 広大な敷地にびっしりと植えられたひまわりは、圧巻の一言だ。が、あの鮮やかな黄色を知っているだけに、全体的に茶色に沈んだ花の様子は、司の胸に虚しさを呼び起こした。


(つかさ)―、あったよー」


 間延びした声で呼ぶのは、例の吸血鬼だ。マントの端を振って、畑の真ん中の位置から司に合図を送っている。


「嘘だろ……。もう、見つけたのか?」


 司たちが探しているのは、写真に写っていたひまわりそのものだ。この何十、何百あるかわからない花の中から、たった一つの花を探すという。そんな干し草の山から針を探すような難題を、吸血鬼はあっという間にクリアしたらしい。


 半信半疑で近寄った司は、写真と目の前のひまわりの花を見比べてみた。しかし、何度見直しても、まったく同一だと断言するほどの自信は持てなかった。


「ん? もしかして疑ってる? よく見てよ。どこからどう見てもこれだろ? その後ろの三つの花の位置関係、背後に見える民家と木の位置。何より、種の数が同じだろう」

「――その、種の数って?」


 公園でも言っていた。ひまわりの種の数が違う、と。それは一体どういうことなのか。

 訝しげな司に向かって、吸血鬼が胸を張った。


「ひまわりの種はね、人間の言うフィボナッチ数列で表せるんだよ」


 吸血鬼は、その場から三つのひまわりを選んで説明した。


 彼が言うには、ひまわりの種の並びを左回りの渦として見ていくと、一番小さいひまわりには二十一列、右回りの渦として見ると三十四列あるという。中間の大きさのものだと、左回りが三十四列で、右回りが五十五列。一番大きいものになると、左回りが五十五列、右回りが八十九列あるらしい。

 二十一と三十四を足せば五十五になり、三十四と五十五を足せば八十九になる。そのような並びの数字を、フィボナッチ数列と呼ぶそうだ。


「だから、この一番大きいひまわりは、左回り五十五列と、右回り八十九列のはずなんだ」

「そ、そうなのか……」


 理由は分かったが、それをすぐに見抜けたのはどういうことだろう。

 吸血鬼の能力なのだろうか。人間とは違って、視力がめちゃくちゃいいのかもしれない。


「つまりだね。右回りと左回り、どちらがどのくらい多いか数えていけば、このひまわりに隠された謎が判明して――」

「――あ、見つけた」


 吸血鬼が講釈を垂れている間に、司は一つの種を見つけて引っこ抜いた。得意げに人差し指を振っていた吸血鬼が、仰天して目を剥いた。


「う、嘘だろ! 今の時間で、全部数えたっていうのかい!?」

「いや、そんなことしなくても、自然じゃない変な種が混ざっているってことなら、ざっと見ればわかるんじゃないかなって」


 そう思って目を凝らしたら、接合の跡がある種を見つけたのだ。一度半分に割ってから、再び接着剤でくっつけた痕跡のようだ。

 わざわざ張り合わせたということは、中身に仕掛けがあるのかもしれない。どうやって割ろうかと考えていたら、地団駄を踏んでいた吸血鬼が、パキッと手で割ってくれた。


「さ、サンキュ……」

「これくらい、吸血鬼だからできる!」


 よくわからないが、何か張り合われている。恨めしげにひまわりと司を交互に見ている吸血鬼が気になったが、優先順位は種の方が上だ。司は種を開いて、中から出てきた折りたたまれた紙を、慎重に爪の先で開いていく。


「――でも、これが残ってるってことは、あいつ、気づかなかったのか……?」


 状況から考えて、沙耶(さや)の仕業に違いない。しかし、この細工に気づいたのは司が最初のようだ。これはどういうことなのか。


「そんなのいいから! ね、何だった、何だった!?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 司は吸血鬼に見えないよう、さりげなく体をずらした。そして、少しだけ開いて中を見て――青ざめた。


「――っ。うそ、だろ……?」

「――え!? なんてなんて!?」


 覗き込もうとした吸血鬼の目の前で、手紙をぐしゃりと握りつぶす。「わっ!?」と声を上げた吸血鬼の姿は、もう目に入らなかった。


 ――今すぐ、彼女たちを連れ戻さなければ。


「ちょ……っ、どこ行くんだよ!?」


 いきなり踵を返した司に向かって、吸血鬼が手を伸ばす。しかし司は、その腕を払いのけた。


「うるさい! それどころじゃないんだ。あいつ……っ、こんなの、誘拐だ! 見つかる前に、なんとかしないと――!」

「…………」


 司の言葉は支離滅裂だった。完全に、頭に血が上っている。

 吸血鬼は仕方なく口を開け――、司の腕に、かみついた。


「――ぎゃあっ!?」

「――おや……?」


 牙を突き立てた吸血鬼は、一瞬、目をぱちくりさせた。それから、司が振りかぶったもう片方の腕を、ふわりと後ろに飛んで避ける。


「な、な、な……、何するんだ!?」

「何って、ちょっと血ぃもらっちゃった。君、血の気が多いみたいだから」


 可愛らしく両手を組み合わせ、こてんと首をかしげてみせる。


 司はおそるおそる腕を見た。血は止まっているようだが、しっかりと二つのキバの跡がある。司はカッとして怒鳴りつけた。


「ふざけるな! 血は、依頼が終わった後って言っただろ! ――ていうか、ほんとに吸血鬼だったのかよ!」

「なんだ。信じてなかったのかい? まあいいじゃないか。ちゃんと気を遣ってあげたんだから。そこ、肘窩(ちゅうか)っていってね。献血とか採血とかする時に針を刺す場所だよ。首とか手首から吸っちゃうと、日常生活に支障があるだろ?」

「……っ、そういう問題じゃない!」

「あれ、もうちょっと飲んだ方がよかったかな?」


 吸血鬼はぺろりと舌なめずりをした。司はぎょっとして後ずさる。


「まあ、いいや。とにかく、血はもらっちゃったから、対価として行きたいところに連れて行ってあげるよ。今、どこへ行こうとしてたんだい?」

「……っ」

「言いたくないのかい? なら、交渉しようか。――実は、不自然な種はもう一つあった」

「――えっ?」


 司が目を見開くと、吸血鬼は爪の長い指で、ひまわりの種を目の前につまんで見せた。


「このひまわり、種は二つ、多かったんだよ。そして、この種の中身はこれだ」


 そこには、司の持っている手紙と同じ筆跡で、こう書いてあった。


 ――『私は、あなたと幸せになりたい』。


「……!」


 司の顔から、表情が抜け落ちた。頭の整理がつかないのだろう。だらんと腕を落とし、口を半開きにして文字を見つめている。


 吸血鬼は笑って、ばさりとマントを広げてみせた。


 夕日が落ち、群青色が空を覆いつくしかけた逢魔(おうま)が時。古くから生きてきた化け物が口を開き、鋭く伸びた牙を見せる。


「――さあ、種明かしをしてもらおうか。種だけに! ……お嬢さん?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ