8. 惨劇※
※今話には残酷な描写が含まれます。
苦手な方は次話から再開くださいませ。
地下へは永遠に続く階段を下って、下って、だんだん灯りもなくなって、むせ返る煙のような暗闇に飲み込まれて、頭がぼんやりしてきたころ、ようやく地面にたどり着く。
足元がふらついて、真っ直ぐに立つこともできなくて、頭にも濃い霧がかかって、意識がある状態で夢を見ている感覚。
男に手を引かれるまま、ゆらゆら歩いて、燭台が四方の壁を囲む不気味な部屋に着いた。
それから起こる出来事は、いつも同じだ。
男は、私に服を脱ぐよう言い、私は言うことをきかない体でもたもたと男の命令に従う。
次いで男は私の両足首の腱を切りつける。
すると耐えようのない痛みと共に体が崩れ落ち、たくさんの血が噴き出した。
硬い鉄の床に倒れんで間もなく、私はこの部屋が、その作りそのものが、大きな調理器具のようであることを知った。
血液は生き物のように一筋に流れ、部屋の隅の窪みに置かれた、大きくて深い皿の上に集まっていくのだ。私の、血が。
そこからは、なんの法則性もなく、ひたすら身体中を切付けられる時間が続く、喉から誰の声か、酷く苦しげな叫び声がしている。
痛みと終わりの見えない恐怖が、脳を焼く。
ただ苦しませながら血を流させるという目的のために、男はなんの躊躇いもなく、剣を振るった。魔法でできた、無数の氷の剣だった。
次第に身体が冷たくなって、意識が遠退く。
身体、最後に見たのは血にまみれ、方々皮膚が大きくめくれた、赤黒い肉の塊のようになった、自分の姿だった。
ふいに意識を取り戻す。
慌てて身体を見ると、家にいた頃と変わらない、美しい自分の姿だった。
自分の体を美しいだなんて思ったことがなかった。
しかしあんな悪夢のあとでは、肌の色が見えているだけで、とても美しいように感じられた。
そこでふと、気がついた。
どうして私は服を着ていないのだろう。
さっと血の気が引いていく感じがした。
この部屋は。
慌てて逃げ出そうとした瞬間、背後から足の腱を切付けられ、勢いよく倒れ混んだ。
よく知った耐えられない痛みにがたがたと全身が震え、声も出ず涙が溢れだした。
絶望と恐怖、混乱が思考をぐちゃぐちゃにし、私は無力の象徴のように再びあの惨劇の被害者となったのだ。
こうした絶望が何日も繰り返され、精神が擦りきれた頃、屋敷に来た頃と何も変わらない姿で、両親のもとへと帰された。
帰宅するなり両親になかばパニック状態であの男のしたことを伝えたつもりが、それは声にならなかった。
ただ癇癪のように泣きじゃくることしか出来なかった。
おそらくは、何らかの魔法で、口封じを施されていたのだ。
それに言ったところで証明できるものがなかった。体には傷一つなかったし。きっと聞き分けのないホームシックの類いと思われたのだ。
私を送り届けた召使いはお気に入りの服を吐瀉物で汚してしまったことを酷く悲しんでいたと説明し、頭を下げた。
そして、重たい謝礼と、私と家族への見たこともない上等な洋服を渡し、次回もよろしくお願いしますと、微笑んだ。
両親は私の貴族への粗相を嗜め、私は自分の味方がいないことを知った。
その後も男は度々やってきて、私を連れていった。
逃げても隠れても何故かすぐに見つかってしまう。
そんな怯え続ける日々が何年も、続いた。