7. エマ
「落ち着いた?」
食事を終え、涙も引いて一息ついた頃合いでヒスイがきいた。
「はい。ご心配を、おかけしました。」
「気にするな。こっちも気にしない。」と、レイ。
「ありがとうございます。」
「では、もし話せそうであれば、あなたのことも私達に教えていただけませんか?どうしてあなたのような子供が、あんな深い森で、ひどい怪我をしていたのか。」
もちろん話しにくければ、と言いかけたキョウに首を振って、制する。全てを、話すことにした。
おそらくそれが、浅ましくても今の私に残された最後のチャンスのような気がしたから。
「私は、エマと言います。」
私は、4人家族の長女だった。
裕福ではないものの、けして貧しくもない商人の娘。
両親とも魔法はほとんど使えなかったが、それは庶民には珍しくもないことだ。
おそらく、私が8つの時だった。
父が、家にあの男を連れてきたのは。
私は人見知りする質でもないのに訳もわからず泣き出し、両親は狼狽え、男が家にいる間、私を部屋に籠らせた。
村の外れのお城(実際はお屋敷だったのだが、王都から離れた片田舎では皆がそう呼んでいた。)に最近越してきた貴族の嫡男らしかった。
どうしてそんな人と父が関り合いになったのか、その時は疑問だったが、後からそれが男が自分に近づくために謀ったことだったのだと知った。
男が数度家にやってきた頃、家族はすっかり手土産や優しい態度に懐柔されて、ようやく切り出した男の願いにあっさりと応じた。
信じられない話だ。いや、信じたくない話だった。
多額の報酬に目が眩んだか、なんらかの魔法の介在があったか。
その両方だったのか、なにかそれ以外の弱みでも握られていたのか。わからない、けれど。
私はその日から、男の来訪のたび、その屋敷に連れ帰られることになった。
「それって……」
思わず声を漏らしたヒスイははっとして口を押さえた。
他の2人も黙ってはいたが、表情が険しい。
私はなんだか居たたまれなくなって慌てて弁解をした。
「違うんです。きっと思っているようなことではないと思います。」
きっと、
もっと残酷だと思う、と心の中で付け加え、深呼吸をした。
初めて屋敷に連れられた日、私は、やけに薄暗く、華美な装飾が重苦しく感じるその屋敷に言い得ぬ居心地の悪さを感じて、玄関先で嘔吐した。
すると男は怒るでも心配するでもなく、吐瀉物の傍らに佇んで、それを指ですくってまじまじと見ると、
「やはりこの程度ではだめだな。」
そう言って私の腕をつかむと、引きずるように地下へと連れていった。
その時に男が指をぬぐった私の服は、貴族様の家へ行くからと、私の家にある中で一番上等な、私がその年の誕生日に両親から送られた愛着のあるワンピースだった。
その瞬間、私は、子供ながらにこの男の正体を悟ったのだ。