5. 白髪の男
私が頷くと、
男は静かに寝台横の椅子を引いて腰掛けた。
何を話すでもなく、開けた窓からの暖かい日差しとやわらかい風を感じているうち、
だんだん思考がはっきりしてきた。
男は私が見つめるのも構わず、ただ外の景色を眺めている。
20代前半か、あるいはもっと若いのだろうか、そのわりに得体の知れない威厳があった。
「あの、」
声をかけるとその視線がゆっくり私に向けられた。
先ほどまでと変わらない優しい微笑のままだったが、気のせいか少し嬉しそうに見えた。私が話すのを待ってくれている。
なのに、いざ話そうとすると緊張して言葉が出ない。
口をぱくぱくさせて彼を見つめていると、察したのか男が先に話しかけてくれた。
「傷はまだ痛みますか?」
言われて気がついたが、そういえば。
「いつもより痛くない……」
きちんと手当てをするとこれだけおさえられるものなのか、まさか痛み止めを使用してくれたのか。
いずれにしても今まで同じ目に遭ったときに比べて格段に傷みや炎症、化膿を起こしている部分が少ないのは確かだった。
それは、これまでにまともな手当てを受けたことがないという他に、身体が清潔になっていることも理由だろう。
「あなたが手当てしてくださったんですか?」
男は無言で頷いた。そしてその後で、少し申し訳なさそうに補足した。
「怪我の手当てだけは、程度が深かったので仕方なく目で見て行いましたが、身体を清める際は魔法を使用したので、触れてもいなければ目で見てもいません。それでも、不快かもしれませんが…」
「いいえ、気遣っていただいて、ありがとうございます。こんなによくしてもらって、どうお礼したらいいか…私に出来ることならなんでも仰ってください。」
本当に、私に出来ることなんてたかが知れているのだけれど。せめて力仕事でも汚れ仕事でも、何か恩返しがしたかった。
「お礼なんて構いませんから、まずは、体を休めてくださいね。」
「でも、」
いいかけたその時、扉が開いたままの戸口で男が2人顔をのぞかせた。そのうち薄い金髪で片目が隠れている方の男が喋った。
「あれ、目が覚めたんだ。」
「腹は減っていないか?」
次いで長い黒髪の方がたずねる。
「えっ、あの、」
しばらく経験してこなかった普通の問いかけに混乱していると、口よりも先にお腹が正直な返事を返した。
ぐぅ、
(恥ずかしい…)
「ふふ、ちょうど出来たところだったんだ。」
片目がそう言って笑った。
2人とも、私にはくすぐったいような表情を向けてくれている。
嬉しいのに、なぜだか、泣きそうな気になってぐっとこらえた。
「お持ちしますね。」
そう言って隣に座っていた白髪の男が立ち上がる。
けれど私もさすがにこれ以上世話をかけたくはなかった。
「いえ、私も出来ればテーブルで頂きたい…です。」
するとキョウは一瞬驚いた顔をして、すぐに了承した。
「では、失礼します。」
「えっ、わあっ!?」
そして、私にとっては本当に全くの予想外だったのだが、彼にとっては当然のように身体を抱えられ、横抱きのまま階下へと運ばれることになってしまった。
恥ずかしいやら情けないやらで後ろを歩く2人に視線で助けを求めたが、微笑ましい顔を向けられるのみだった。