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38. 孤独からの生還


「二人とも、落ち着いた?」


ヒスイがティーカップを手渡すと、レイとキョウの二人は気まずそうにそれを受け取った。

レイはそれに口をつけようとして、思い直したように顔を上げた。


「それでも、俺はエマに全て話してしまうのは反対だ。知ってからでは後戻りができなくなる。」


レイが感情的になるのをこらえながら絞り出した。


「私の意見も変わりませんね。」


平行線の会話にヒスイはため息をついて困った視線をこちらへ向けた。


その存在を知るだけで危険が及ぶ魔女。

煙の魔女とは一体どんな存在なのだろう。


ああだめだ、やっぱり考えてしまう。


きっと二人ともが正しいことを言っていて、二人とも私のことを考えてくれているのだろう。

だからこそ、この場は私の意見次第なのだと思う。

だったら私は、


「あの、」


視線が集中する。



「その、知ってしまったら危険と言うのは、魔法でその…なにか影響が出るというか、そういう意味でしょうか。」


「いや、そういう影響はない。」


と、レイは答えづらそうに、けれどきっぱり言いきった。


「では、”それを知っている人間から情報を得ようとする何者かに狙われる危険”に巻き込まれるからでしょうか。」


「!」


分かりやすく態度に出したわけではなかったが、3人の中ではヒスイの表情が一番分かりやすかった。

レイは私が質問を始めた時点でこうなることに気付いて観念したようだった。

普段の彼の授業で、私の知りたがりはよく知っているからだ。


レイは嘆息した。


「...そうだ。」


「そういうことなら、私は知っておきたいです。誰にも言っちゃいけないことなら、誰にも言いません。たとえ腕を切り落とされても、目をえぐられても、足を灰になるまで焼かれたって、大丈夫です。」


だから、信用してほしい。

私も仲間に入れてほしい。


今はただの足手まといかもしれないけれど、きっと今日までの恩を返すから、それまでは少しでも強く縁を繋いでいてほしい。


「だからどうか、私にも教えてください。」


3人は少しの間沈黙していた。

はじめに口を開いたのはキョウだった。


「”煙の魔女”は、人や空間に魔法をかけるのが領分の魔女です。」


話し始めたキョウを、今度は誰も止めようとはしなかった。


「空間になにか機能をつけるイメージです。認識を阻害したり、迷わせたり、そういった魔法をかけることが出来ます。人物にしても同じように、他者からの見た目や声や、そもそも存在自体認識させないようにしたり...ただし複雑な魔法ほど制約が多いので、定期的に手を加えてやらなければいけません。そうした制約を弱点と考えて知りたがる人間が多いのですよ。」


「それは、どうして...」


キョウの瞳がこちらを向く。

静かな視線の奥に迫力があった。


「この魔法が、この国の防衛の要だからです。」


「国の防衛…」


それを聞いて最初に浮かんだのは5年前に起きた隣国からの侵攻だった。

とはいえ、侵略軍は国境付近で押し留め、大きな被害は出なかったと、最新の歴史書や町に落ちていた新聞には記されていた。

当時、気になって図書館の歴史書や軍記や兵法、地理や情勢に至るまで関係する本をしばらく読み漁っていた。この国ではこうした侵攻は1000年を越える長い歴史の中で幾度も繰り返されてきたが、700年ごろを境に数が激減し、加えてその頃からは被害らしき被害が出ていなかった。


700年…ちょうど、13大の魔女が完成された頃と時期が重なる。


本には技術と戦術の発展や、この国が険しい山脈とその麓を覆う深い森に国境を守られていることなどが理由としてあげられていたけれど、今思えばそれだけでは説明がつかない。


国境を囲む山脈の麓を覆う森、邪な考えを持つものには侵入や知覚が出来ないという目眩ましの魔法、煙の魔女。


だから、キョウが狙われているんだ。


「…眩ましの魔法が、国境の森全域にかけられているんですね。」


「正解です。」

ヒスイとレイが私を見てわずかに驚いた表情を浮かべたのに対し、キョウは満足げに微笑んで答えた。


たった一人で国境全域に魔法をかけるなんて話、13大の魔女の存在を知らなければきっと思い付きもしなかっただろう。けれど今は特に、雨の魔女の魔法が降り注ぐ最中だ。信憑性にも拍車がかかっていた。


これで、森にかけている魔法が獣や望遠の魔女からの視線に寛容なこともこれで納得がいく。

他国からの邪な目的を持った侵入者を自国に入れないことが、この魔法の本来の意義だったのだ。


「ということは、キョウと私を狙っている目下の敵は他国と通じているか、通じようとしている可能性があるってことですか?」


「その可能性は高い。」レイが険しい表情で答えた。


「ここしばらくの向こうの反応を見るに、どうも私が煙の魔女で、何らかの魔法で彼らの目的の邪魔をしている、というところまではすでに知られているようです。」


「キョウの護衛魔法席だったルイス氏暗殺の件だって、キョウに身近な彼なら煙の魔女の弱点を知っているんじゃないかと踏んであえて狙われた可能性もあるんだ。」


ヒスイが言いづらそうに補足する。


「知ってしまったらエマが狙われる理由が増えるのは確実だ。だから、俺は反対だったんだ。すでにこちらを狙っている今回の敵に限った話じゃない。」


そうか、レイは私があの男から解放されたその後の平穏も守ろうとしてくれていたんだ。

自分ですら想像できていなかった未来のことを。


「ありがとうございます、レイ。」


嬉しくて素直な感謝を伝えると、レイは頭をかいた。


「だけど、キョウは話した方が得策だと判断したんだよね。…それはどうして?」


ヒスイが落ち着いた口調で問いかける。

全員の視線が集中する中、キョウは一呼吸おいて口を開いた。


「…もし、エマが捕まっても、煙の魔女の情報を知っていれば、それを話さない限りは敵もエマを生かしておくはずです。」


キョウは私の目を見て、静かに言った。


「助け出すまでの間、守ることが出来る。…私が話そうと決めた理由はそれだけです。」


確かに、そうだ。


敵は煙の魔女であるキョウの暗殺のために、触媒体質の私を殺そうとしていた。

であれば、その煙の魔女の弱点を私が知っていれば、少なくともそれを聞き出すまでは殺される可能性は低いだろう。


キョウの言葉を聞いて、レイとヒスイもはっとしたように息をのんだ。

最悪の想定を、二人ともきっと無意識のうちに外していたのだろう。


無理もない話だ。

実際にそうした状況に直面しなければ、それを現実に起こり得る可能性として正しく評価することは難しいと思う。


「…エマ?」


黙り込んだ私に、ヒスイが心配して声をかけた。


暗くて冷たい、あの地下室のことを思い出していた。

いつ殺されてしまうかもわからない、怖くて、痛くて、辛くて、理不尽に怒りが込み上げて、その全てがぐちゃぐちゃになって泣きわめいていた、あの日の自分を。


「…次の攻撃があると、顔を見ればわかったんです。」


脈絡のない答えにも関わらず、3人は黙って続きを聞いてくれている。


「次に与える苦痛を考えている時、あの男は少し笑っていたから。それがわかってからは、次の攻撃があるなら、まだ死なないって、矛盾しているかもしれないけど、次への恐怖が生きていられる希望になっていたんです。」


「…エマ、」

堪えきれず名前を呼んだヒスイを、レイが小さく首を振って制止した。

最後まで聞こうという意図を組んで、ヒスイも黙する。


「…だけど、これからはキョウの秘密を守ることが、自分の命も守ることに繋がるんですね。」


助けに来てくれると言ってくれたこと、離れていても守ろうとしてくれていること。

心の底から嬉しかった。


「そんなの、そっちの方がずっと心強いです。キョウ、ありがとうございます。」

私が礼を告げると、キョウは優しく微笑んだ。


少しの間微笑みあっていると、レイの咳払いが聞こえた。


「…まあ、そうならないよう全力を尽くして守るつもりだが。」


「そうだね。」と、隣でヒスイも頷く。


なんだろう、胸が暖かくて、嬉しい気持ちが込み上げてきていっぱいになった。

こういうことに不慣れなせいで、他に言葉が思い付かなくて、3人に ただなんども感謝を伝えた。


そうして場が落ち着くと、キョウは煙の魔女の制約をいくつか伝えた後、ハーブティーに口をつけてから、さらりと言った。


「では、全員揃っているのでこのまま、エマにレイの妹になってもらいたいという話をしたいのですが、よろしいですか?」



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