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37. 喧嘩


「煙の魔女…」


エマが呟くのと、その後ろからレイが飛び出したのはほぼ同時だった。


「どうしてエマに教えた!」


レイのキョウに向けた怒りのこもった声と、普段の静かな彼からは想像もつかない剣幕に、その場の空気が一瞬で重くなった。

胸ぐらを掴みかねない勢いで、なんとかそれを抑えている。


「遅かれ早かれ、エマは自力で真相にたどり着いていました。」


「…違う。お前ならもっと上手く隠せたはずだ。わざと勘づくよう誘導してただろう。」


低く唸るようにレイがつめる。


そこでようやくエマはどこかで引っ掛かっていた違和感の正体に気がついた。

ずいぶんあっけないと思ってはいたのだ。

キョウが望遠の魔女から身を隠す魔法を使えること、13大の魔女の魔法には13大の魔女の魔法でないと対抗できないこと。

そして、自分達を狙っているのが13大の魔女の一人であること。

これらのピースがあまりに順調に揃ったことに、エマは自分でも無意識のうちに何か作為的な違和感を感じていた。

全てはキョウの口から発せられたものだ。


特に自分達が望遠の魔女に狙われているという事実に関しては、あえて言わなければ知るよしもないことだったろう。

いずれ知識を得て勘づく可能性はあったけれど。


つまりレイの言うとおり、キョウはあえて私に気付かせていた可能性が高い。

(だけど、それはなぜ?)


目と鼻の先で睨みあったままの二人の影が揺れる。

暖炉の炎がこうこうと燃え、揺らいでいるせいだ。

少しの沈黙のあと、キョウが静かに言った。


「…だったら何です?」


キョウの瞳がすっと暗くなった。

これまでのキョウに見たことがない、無機質な表情だった。

エマは、これまでこういった表情を嫌というほど見てきていた。

心の中に燻る憤り、あきらめ、孤独感、決意、無力感、口には出せないような暗い感情、それらがない交ぜになって、心が温度を失くしていく。そんな時、ガラス窓や水溜まりに映る自分はこんな目をしていた。

だから、自分の顔も鏡も、未だにまともに見れずにいるのだ。


どうしてキョウと自分がどこか似ているように感じていたのか、少しだけその理由がわかった気がした。


きっと私たちは同じ暗闇の温度を知る同志なのだ。



「この子を必要以上に巻き込むな。」


「エマは知っておくべきです。」


両者一歩も引かず、またしてもじりじりとした沈黙が流れる。

それを破ったのはヒスイが手を叩いた音だった。


「もうっ!二人ともいい加減にしなよ、エマの前で!」


はっとして二人の視線が私に集まる。

二人は私の顔を見ると、先程までの勢いを失くして罰の悪そうな顔をした。


「いい大人が子供の前で本気で喧嘩するなんて、まったく!

とりあえず、キョウの髪が乾いたんならテーブルに移って。お茶を入れ直すから。」


「だが、」


と言いかけたレイをヒスイは珍しくじろりと睨んで、一言で黙らせた。


「もう言っちゃったことを今さらうだうだ言ってもしょうがないよ。エマだってききたいことがたくさんあるだろうし。」


ね、とヒスイは私に眉を下げて微笑むと、今度はぐるんとキョウに厳しい視線を向けながら静かに言った。


「エマに正体を明かしたのにも理由があるんだろうし、事前に相談されてもきっと反対しただろうけど、それでもこんな風に内輪揉めするくらいなら、先に僕らに根回しの一つもしておくべきだと思うんだけど?」


「…おっしゃる通りです。」


「ふふ、」

二人が母親にしかられる子供みたいで、なんだか可笑しくなって笑ってしまった。

すると、キョウとレイは恥ずかしそうにしながら、先程の喧嘩を謝ってくれた。


「さっきは、大きな声を出してすまなかった。」


「私も、怖がらせてしまってすみません。」


「大丈夫ですよ。気にしてません。」


すかさずヒスイがキッチンから顔を出す。

「エマ、甘やかしちゃだめだよ!たまには反省してもらわないと!」


まったくいつも僕がどれだけ…とぶつぶつ言っている。

ヒスイって本当に普通の家のお母さんみたいだ。


私はまた笑ってしまいそうになるのをこらえて、ヒスイを手伝いにキッチンへ向かった。


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