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36. 白


「それにしても、よく間に合ったよねぇ。転移魔法。」


トレイに4人分のハーブティーと、昨日一緒に(ほとんど)魔法で作ったクッキーをのせて、ヒスイがやって来た。


湯上がりのキョウの髪を湯冷めする前に4人がかりで拭いていたのだが、長くなりそうだと踏んだヒスイが途中でキッチンへと消えて帰ってきたところだった。


「間一髪でした。あと数分か、あるいは数秒遅かったら転移どころか魔法自体が発動しなかったでしょうね。」


「それでももう雨は降ってただろう。」


各々が絨毯に置かれたトレイからカップとクッキーに手を伸ばしながら話す。

お行儀は悪いけれど特別な感じがしてちょっと楽しい。


「我ながら少し無茶でしたね。ほとんどいうことを聞かない魔力を聞かないまま半分力任せで発動させたというか。」


「危ないなぁ。」


暖炉のそばは熱いくらいに暖かくて、少しだけ瞼が重かった。

久しぶりに全員が揃って安心しているのかもしれない。

そうして油断していたらヒスイに話を向けられ、はっとする。


「エマは真似しちゃダメだよ。」


「たぶん真似したくても出来ないと思います。」


ヒスイは むむ、と複雑そうに唸った。


「どうだろうねぇ、エマは器用だから。」


「おや、そうなんですか?」


キョウがヒスイの方を向くと、髪が引っ張られてタオルがすべり落ちた。失礼しました、とキョウは咳払いをする。


「エマは魔力探知が上手いんだよね。まあ、科学の基礎がある程度頭に入っているのも大きいんだけど、初歩の魔法だったら大体は見て2、3度練習したらものになってるって感じ。」


「それは…すごいですね。」


「だけど、まだ氷魔法までしか、発動出来ていなくて。」


それも氷は一番最初の初歩の初歩、空気を冷たくする段階までしか出来ていない。

自分が炎の魔法を以前に使用していたというのが改めて信じられない。炎は発動するだけでも氷の数段難しいとヒスイが言っていた。

しかし、キョウは私の予想に反して、珍しく大きな声を上げた。


「もう氷魔法が使えるようになったんですか?」


すると、ヒスイとレイが誇らしげに補足し始めた。


「それだけじゃない。土魔法はもう穴を掘れるぞ。埋めることも出来る。」


「水魔法なんて泳いでる魚ごと水を浮かべられるまでになってるんだから。」


「魔力探知と風魔法で俺たちの居場所を探ることも出来るし。」


「風魔法と土魔法で砂嵐だって起こせるんだよ。」


その度にキョウが感嘆の声を洩らすので、私はとうとう恥ずかしくなってストップをかけた。


「あの、もうそのへんで!」


焦った私の様子を見て、3人は顔を見合わせ笑う。

確かに今言った魔法が使えるようになったのは事実だけれど、

どれもヒスイのやっていたことを真似しただけだ。それに学園の受験者であれば大抵は出来るレベルの魔法だと聞いた。

気を遣ってくれているのかもしれないけれど、いずれにしても買いかぶり過ぎだと思う。

それをこうもよってたかって褒められては嬉しい半面いたたまれない。


「まだまだあるんだが。」


「恥ずかしいので、もう充分かと…」


「エマ、顔が真っ赤だよ。」


手で扇いで顔に集中した熱を冷ましていると、再び髪が引かれ、顔を上げるとキョウと目が合った。


「魔法が使えるようになって、まだ1週間だというのに…」


しかし、キョウはそのまま悲しげな表情を浮かべたかと思うと、がっくりと項垂れた。


「油断していました。飲み込みが早いだろうとは予想していましたがまさかここまでとは。エマの成長を見逃した自分が憎いです。王命なんて放っておけばよかった…」


「いや駄目だろ。」レイが即座に突っ込み、

「お父さんみたいなこと言ってる。」と、ヒスイは苦笑した。


キョウは年齢的にはお父さんというよりお兄さんだと思う。

けど、それもあまりぴんとこない。

いや、そもそも一体いくつなんだろう。


「あの、ずっときいていいかわからなかったんですけど、キョウは何歳なんですか?ヒスイとレイも。」


3人はきょとん、と目を丸くした。


「そういえば、そういう話はしたことなかったね。」


そう言ってヒスイは笑った。

あえて触れさせないようにしていたのかと思っていたが、この様子だと特にそういうわけでもなかったみたいだ。


レイは少し申し訳なさそうに頭をかいた。

「すまない、なんでも聞いてくれ。兄妹になるんだし、今さら気を使いあうこともない。まあ、こいつは別だが。」

そう言うとキョウへと目をやる。


「きょう、だい?」


理解が追いつかないでいると、隣からキョウの疲れはてたような長いため息が聞こえた。


「その話じゃなかったのか?さっき2人で話してただろう。」


レイの声が珍しく段々と小さくなる。失言の予感が確信に変わってきたのだろう。


「違います。が、いずれにしても今日その話"も"するつもりでしたから。」


もういいでしょう、とキョウは小さく呟いた。

それとほぼ同時に、視界の隅で何かが動いた。

白い半透明の、大きな、何か。


「え…」


けれど辺りを見回しても、その正体を捉えることが出来ない。


「エマ、どうかした?」


ヒスイとレイが不思議そうに私を見ている。

二人は気づいていないのだろうか、この部屋の空気が、いや、空間そのものが何か他のものに変わろうとしているのを。


「…やはり、エマには探知できるようですね。」


白い煙の向こうでキョウと目が合う。

そうだ、煙だ。これは。

いつの間にかこんなにはっきりと周囲を揺蕩っていたのに、全然気がつかなかった。


初めてヒスイの魔法を見た時みたいだ。

それでも今は魔力探知の性能もあの頃とは比べ物にならないほど上達しているはずなのだ。それでも、これほど、視界が白く埋め尽くされるほどになるまで気がつけなかった。


「この煙は…」


その私の言葉に、ヒスイとレイの二人ははっとして同時にキョウの顔を見た。

やっぱり、この煙はキョウの魔法なんだ。


3人分の視線が集中する中、キョウは濃い煙の向こうでゆっくりと立ち上がった。


その瞬間、一瞬で煙が消えたかと思うとキョウの姿はそこにはなく、私は再びきょろきょろと辺りを見回した。


「あの、キョウはどこに?」


と、ヒスイとレイに尋ねると、二人とも困ったような顔で私の隣を指した。

そんはずはない。だって、それなら場所を動いていないことになってしまう。

半信半疑でゆっくりと視線を戻すと、そこには先ほどと変わらず、煙の向こうにキョウが立っていた。


「あれ、」


ゆっくりと煙が消えて、その姿が鮮明になっていく。

キョウはいつものように美しく微笑んでいる。

けれど何故だろう、その笑顔がいつもよりも遠い存在に感じた。


「あらためて、」


キョウは静かに言った。





「私が13大の魔女が第3席、『煙の魔女』です。」


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