35. 頃合い
キョウの動きが止まった。
質問したことを一瞬後悔して、それでもやっぱり訊かないという選択肢が自分の中になかったことを再確認した。
例えば重要な秘密に気付いてしまったことで、ここを追い出されてしまったり、キョウの態度がこれまでと変わってしまったり、口封じをされたりする可能性だってゼロではないはずなのだ。
だけど、この人達が、キョウやヒスイやレイが、そんなことをするはずがないと思ってしまった。
私はいつの間にか、人を信じていたようなのだ。
まるで、普通のこどもみたいに。
「…エマ、」
さっきまで部屋中を満たしていた雨音も、暖炉の音もなにも聞こえなかった。
キョウの声だけが、耳に届いた。
一瞬 躊躇うように吐き出した息を、再び吸った音がして、次の言葉に全ての意識が向いた。
「わたしは…」
「お湯が沸いたよ~!」
ひょこっと顔を出したのは言うまでもなくヒスイだった。
その後ろから続けてレイが。
私達は拍子抜けして、おそらく二人揃ってたいへん間の抜けた顔でヒスイを見た。
「え、何、その表情。」
それを見たレイは何か察したのかはっとして神妙な顔で続けた。
「もしかして、邪魔したか?」
した。といえばしたのだが、彼の考えている状況とは確実に違っているのだろう。
珍しくキョウがきっぱりと否定した。
「いいえ。お前が考えているようなことではないですよ。」
それから、妹君の本の読みすぎでは?と付け足した。
確か前にヒスイにも同じことを言われていたような。
というか、キョウの口から初めて従者と主人らしい台詞を聞いた気がする。
ちなみにレイはその質問には答えず、咳ばらいをすると、この場を切り上げた。
「とにかく早く入ってきてくれ。風邪をひかれると、困る。」
案外図星だったのだろうか。
いずれにしても兄妹仲が良さそうで羨ましい限りだ。
キョウはまだ広げていないタオルを数枚手に取って立ち上がった。
「あたたまってきます。エマ、先ほどの話はこのあとで。」
そう言って部屋を後にするキョウの後ろ姿を目で追いながら、彼の進んだ後に水滴がぽつぽつと道を作っているのを発見し、エマは他人事のように、やっぱりあまり乾かせなかったなあと息を吐いた。




