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32. 王城にて


振り返るまでもなく、自分を呼び止めた人物が誰かは知れた。


(無下に出来ない分、刺客より厄介だな。)


キョウはため息がこぼれそうになるのを堪え振り向くと、そのまま流れるような所作で最上礼を贈り、彼女の次の言葉を待った。


彼は本来、人と関わることを好まない。

立場や能力…そして自身の体質が今のようでなければ、きっと山奥に籠って一人ひっそりと暮らすことを望んだだろう。


「顔を上げてちょうだい。堅苦しい態度もなしにしましょう。そのためにこうしてこっそり会いに来たのですから。」


「お気遣いありがとうございます。」


キョウが姿勢を戻すと、彼女、グラッサル王国第2王妃、ソフィア・クロリス・グラッサルは春の花が咲いたように微笑んで見せた。

この微笑みこそが彼女の最大の魅力であり、同時に武器でもあった。

王都では珍しいストロベリーブロンドは柔らかに波打ち、薄いブラウンの瞳に少女のようなどこか幼い顔立ち。

そのどれもが相手の警戒心をいとも容易く取り去って、彼女への悪意も好意も全てその掌に差し出し、委ねてしまう誘引力があった。


実際、彼女はそうした自分の魅力を充分に自覚したうえで有効に活用しており、第一王子を産んでいながら他3名の王妃とも良好な関係を築いているし、外交の場では王の右腕として存分に力を振るっていた。


ソフィア王妃の脇に控える黒い短髪の青年は彼女の護衛魔法席のキールだ。恐らく歳は自分と同じかそれより若く、体格も良く、王妃と並んでも見劣りしない いわゆる整った容姿だ。

キョウ自身は特に話したこともないが、何とはなしに彼からは嫌われている感じがしていた。


彼らとは仕事で顔を会わせることも少ない。

それがわざわざこちらに出向いてまで、自分に声をかけてきた理由に、キョウは検討がついていた。


「お礼を言うのはこちらの方よ。」


そう言って彼女は先ほどキョウがそうしたように、キョウに最上礼を贈った。


「この度は、私の故郷フェリテを救っていただいたこと、心より感謝いたします。」


「どうかお顔を上げてください。そのお気持ちだけで充分に労いとなっています。」


キョウは驚いた風もなく告げ、彼女は彼女でそう返されることがわかっていたようにゆっくりと顔を上げた。


「ありがとう。」


「そんな、おそれ多いことです。」


まったくの予定調和だったが、護衛席のキールだけは王妃の行動に驚いて、一人止めるべきか否かおろおろしていた。


「…それで、」


す、と声を低くしてソフィア王妃が切り出した。


「結局どのようにしておさめたのかしら?陛下からはすでに、"下手をすれば内戦"とまできいていたのだけれど。」


「ああ、そこまで話されていましたか。そうなった経緯についてもすでにご存知ですか?」


「ええ、概要は。」


キョウは微笑みを浮かべたまま黙って続きを促した。

念のため、彼女が自分にかまをかけていないことを確認しておきたかったのだ。

彼と関わることの少ない、あるいは彼が心を許していない間柄の人間にはよくあることだが、陶磁器で作られた人形のように無機質な"冷たい微笑み"に、ソフィアは一瞬気圧され、ためらいがちに口を開いた。


当然、ソフィアがそうであるように、キョウも自身のこれを武器として自覚している。

その作用の仕方は全くの逆だが。


「…フェリテ領の隣に位置するネグローザ領が、隣国と内通して技術革新を行っていると、結果として事実無根の噂が流れ、同時にネグローザ領の領主次男ヒンスがフェリテ領領主3男のランドンに王族の席を奪われたと、こちらも悪意によって操作された噂が流れ、これまで良好だった領地間が緊張状態に陥ったのだと聞いています。」


私が知っているのはここまでです、と、彼女は敢えて告げた。

それにより、キョウは全容を話さなければならなくなったわけだが、この間にも外はますます暗くなってきている。


「わたくしは、この短期間でただの噂がこのような危うい状況を引き起こすとは信じがたいのです。そして、更に短期間でその緊張状態を解消したことも。」


ソフィアは一歩キョウへと近付き、二人の距離はソフィアが少し顔を上へ向けなければ視線が合わない距離まで近付いた。


「一体、どんな"魔法"を使ったのかしら?」


どう切り上げたものかと思考を巡らせていると、ソフィア王妃の肩越しに見知った人影がこちらへ近づいてくるのが見えた。


「失礼いたします。」


キョウは王妃から距離を取ると、す、と最上礼を取った。

それを見て護衛魔法席のキールは勢いよく振り返ると慌てて同じく最上礼を取った。

王妃がゆっくりと振り向くと、その人物が口を開いた。


「やあ、逢い引きのお邪魔だったか。」


「ご冗談を。"陛下"」


ソフィア王妃からはくすくすと笑って陛下、つまりイストラード・カエルス・グラッサル王へと数歩近付いた。


イストラード王は彼女に向き合うと、穏やかに告げた。


「ソフィア、私は彼に話がある。すまないが席を外してくれるか。」


ソフィアはすぐにこれを受け入れ、美しいカーテシーの後、護衛魔法席と共にこの場を後にした。

感心するほど潔い引き際だったが、恐らく後でこの貸しを理由に陛下に直接尋ねるのだろう。

キョウは自分がターゲットから外れたことに安堵した。


「さてと、面を上げてくれ。」


ソフィアの姿が見えなくなり、イストラード王がいくらか砕けた口調で告げた。

キョウが無表情のまま顔を上げると、それを見て王は何が可笑しいのか吹き出した。


「そんな怖い顔でソフィアと話していたんじゃないだろうな。」


「まさか。それより、なんですお話とは。」


キョウは早く帰りたいのを隠しもせず、王は護衛も遠巻きにさせて礼儀もそこそこに接している。

それだけこの二人が気心の知れた間柄だという話なのだが、相手の身分が身分なだけに、キョウとしては不用意に関わってほしくないというのが本音だった。


「まあそう急くな。私のお陰でソフィアの追及から逃れたんだぞ。」


「そうですね。陛下、ご配慮いただき感謝の念にたえません。」


表情も声色も一切変えることなくそう言うと、キョウは視線で用件を促した。


「はあ、まったく相変わらずだな。そんなだから私の用意した縁組みもうまくいかないのだぞ。」


「そういった気遣いは私には不要です。」


ぴしゃりと言ったのだが、イストラード王はそれに対してにやにやと何か言いたげに笑って見せる。


「…何です。」


気持ちの悪い笑みを浮かべて、まで言わなかったのは一応国王が相手なので気を遣ったためだった。

王は全く堪えた様子もなく言った。


「いや、そうだよな。まったく余計な世話だったというわけだ。これまですまなかったな。」


「どういう風の吹きまわしですか。」


これまで散々断っても性懲りもなく縁談を持ちかけてきたというのに、一体どう言った心境の変化なのか。

キョウは何故か嫌な予感がしていた。


「それはこっちの台詞だ。聞いたぞ、先日女性用の指輪を作らせたそうじゃないか。」


心当たりは一つしかなかった。

エマだ。

彼女のリザドールを作るため、確かにもととなる指輪を誂えさせた。情報が漏れていたか。


「そんなことに諜報部員を使わないでください。」


「否定はしないんだな。どんな相手だ?」


キョウは深いため息を吐く。

「お戯れを。そういった相手ではないので。そんな話のためにわざわざ出向いて"くださった"のですか?」


「そういう相手以外に指輪を贈るのはいかがなものかと思うのだが、まあいい。そういうことにしておいてやろう。もうひとつの目的はソフィアへの口止めだ。すでに達成しているが。」


「元より、今回の件に関してはお話するつもりはなかったのでその点はご心配には及びません。」


というより、話せることがあまりに少なすぎたのだ。

もちろん、王には全て報告済みなわけだが、今後のことを考えても、少なくとも解決の過程や方法を他人に明かすことはできなかっただろう。


「あちらは私がうまく宥めておくさ。お前は引き続き暗殺事件の調査に当たってくれ。今回は力を借りて悪かったな。」


「いえ、礼は報告の際にすでにいただきましたのでお気になさらず。」


王は少し寂しげなような申し訳ないような笑顔で、そうか、とだけ言った。


「では、失礼しても?」


「ああ。また何かあれば頼む。」


「…お控えくださいませ。」


舌の根も乾かないうちから、とキョウが内心毒づいてじとりとした視線を投げると、王は愉快そうに笑った。



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