3. 炎
夕暮れが迫っている。じきにこの辺りも暗くなるだろう。
見回りも兼ねて森を散策していたが、半分は一人になるための言い訳だった。
少しずつ範囲を広げながら、異常がないか、危険がないか確認していく。
人気のない森の中をただ歩いているだけでも、少なくとも自分には多くの情報収集が出来た。
その理由は、観察眼が優れていることだけではなく、自分の得意とする魔法にあった。
この国には、魔法使いが多く存在する。といっても、それは他国に比べればの話で、実際の数は100年前に比べると1/3以下に減少しており、4校あった魔法学校も今では1校を国の支援のもと残すのみである。
そこまで急激に減少したのには2つの訳がある。
1つは魔法の素養を持つものと持たないものの交配によって段々とその数を減らしていった。これは平民に多くみられる傾向だ。
ただし、全く無くなるというより、力が弱まっていった結果だった。
そのため平民の中にも使えるが僅かなことしか出来ないレベルの、いわゆる"生活魔法レベル"のものは一定数存在している。
また血筋が全てではないため、今でも時々突然変異的に強い素養のあるものが生まれることもある。が、そのケースはまれだ。
そして2つめの理由。これが貴族側の数を減らした原因。
戦争だ。
ここグラッサルという国は、正三角形のような形をしており、底辺に当たる部分を海、両辺に当たる部分をそれぞれ別の国に面していた。厄介なのは、その両辺の国が我が国より広大で、仲が悪いということだった。
我が国が属国にも傘下にも入らず攻めこまれず独立を保てているのは、ひとえに魔法という抑止力と、恵まれた国土のために他ならない。山が両国を退け、海が恵みをもたらし、気候が豊かな土壌を育んだ。
他国に頼らずとも暮らして行ける国なのだ。
当然無駄な戦もないのだが、他国からは格好の侵略対象だった。
幾度かの攻めこみに貴族達は魔法で対向し、退け、そして摩耗していった。
ゆえにこの国の貴族階級は平民から反感感情をいだかれていない。民は統治するものを慕い、責任のあるものは弱きものを守る。良い国だ。淘汰されてしまうのはあまりに惜しい。
貴族の中にも当然派閥は存在している。
中には両国と手を結ぼうと言うものも。
そんなことになれば両国のいさかいに巻き込まれ、搾取され、国が疲弊するのは火を見るよりも明らかだ。
かといって、このまま魔法使いが数を減らし続ければ、途端にもっとひどい条件でこの国は踏み荒らされてしまうだろう。
現状、どうすべきか、これからどう舵をとっていくか、これが差し迫った課題だった。
「……、」
数十メートル先に生き物の気配があった。
複数の動物と、人間が一人。
……追われているのか。
不意に今自分の置かれた状況に重なって、その行く末がひどく気になった。いつもなら、こんな好奇心に身を任せるようなことはしないのだが。今日はなぜか、そうしなければならないような、そんな気さえした。
気取られないよう静かに、近づいていくと、木々の向こうに傷だらけで何とか立っている少女の姿があった。ひどい怪我だ。
その視線の先には、鼻先から口元を赤黒く汚した狼の群れが目を爛々と輝かせている。
僅かな膠着状態の後、先頭の狼がとびかかった、その瞬間。
青白い光が周囲を照らし、一瞬目が眩んだ。
目を開けると、少女を囲んで高い炎の壁が出来ていた。
3mか、あるいはそれ以上の高さの、青白い炎がごうごうと揺らぎながら勢いよく燃えている。
(これは……)
自分が出した炎ではない。自分が彼女に助けを述べるよりも早く、この"魔法"は発動したのだ。
つまり。
この魔法は、この炎は、
彼女自身が生み出したものだ。
狼達は、そのまま諦めて去っていく。
後に残された少女も、まもなく力尽き、その場に倒れんだ。
それと同時に、彼女の周囲を囲んでいた炎が消えた。