28. 暴走
魔法の実践練習用も兼ねて昼前から始まった夕飯準備だったが、場所は早々にキッチンから屋外へと移動していた。
なぜか。
さかのぼること30分前。
「エマにはマッシュポテトを作ってもらいます。」
「よろしくお願いします。」
朝食を終えて、早速キッチンに向かうと、調理台の上にはジャガイモが6個用意されていた。
マッシュポテトは付け合わせにメインディッシュにとこれまでにも何度か一緒に作ったことがある。
すでに土を洗い落としているらしい目の前のジャガイモ達に私がすべきは主に茹でる、潰すの2工程だ。
まずは、これを浮かせることから始める。
大丈夫。イメージトレーニングなら何度もやってきた。
目を閉じ、体内を巡る魔力を加速させる。
ジャガイモの輪郭、重さをイメージして、少しずつ魔力を外へ流す。魔力は空気に混ざり、空気を動かし、空気は風となり、ジャガイモの周囲に集まり、停滞し、ジャガイモが風に包まれるのを感じる。
ここで集中を解かず、魔力が霧散しないよう注意しながら、ごく狭い範囲で空気を動かす。ジャガイモの上と、下でそのスピードを変える。下を思いきり早く、上はジャガイモを固定するよう調整しながら少し遅く。
小さく風の音がして、調理台の上のジャガイモが微かに揺れた。
「浮いた…」
6個のジャガイモが自分の目の前で浮いている。
「すごいよ!エマ!」
そうか、これ、私の魔法で浮いてるんだ。
ヒスイの言葉に感動がじわじわと込み上げてきた。
顔を見て喜びを分かち合いたいけれど、今目をそらしたら絶対に集中を切らしてしまう自信がある。
「このまま鍋まで運びます!」
が、問題はここからだった。
風の流れを変えながら、6個のジャガイモをゆっくりと横に平行移動させる。
しかし恐る恐る調製したせいか、ジャガイモはその場でわずかに揺れるのみで動かない。
(もう少しか…)
本当に少し、指先1つ分くらいの魔力を追加し、移動を試みる。
するとどうだろう。
6個のジャガイモは勢いよく鍋を素通りし、壁にぶつかるも空気の層に覆われているせいでバウンドしたかと思うとバラバラに弾けとんだ。
が、ジャガイモ達はそれでも勢いを失わず、四方八方に猛スピードで突撃とバウンドを繰り返した。
私としてはもう魔力を解除しているつもりなのに、一向に止まる気配がない。
ここからどうしたらいいのかわからず、まるで役立たずだ。
「何かあったのか?」
騒ぎを聞いたレイが2階から顔を出す。
と、そこにジャガイモの1つが床から斜めにバウンドしてレイ目掛けて突進した。
「よけて!」
しかし警告より早く、ジャガイモはレイの腹部に体当たりした。
不意を突かれ、ジャガイモは鳩尾にもろ入り込む。
「ぐっ」
「すみません!」
レイは小さなうめき声をあげて、けれどしっかりジャガイモを掴んで、動きを封じた。
「ジャガイモ…?」
困惑しているレイに状況を説明しようにも、残り5つのジャガイモが部屋中を大暴れしているところだ。
「痛っ」
「すみません!!」
背後でヒスイの声がして振り返りかけた矢先、顔面すれすれをジャガイモが横切る。
もはや茶色い残像しか見えなかったが、疑うまでもなくジャガイモなのだ。
このジャガイモ、バウンドするたびに早くなってる…!?
「エマ大丈夫!?」
「なんとか…」
「なんだこの状況。」
「とりあえず外出よう!外!!」
ヒスイの号令で5つのジャガイモを残して私達は家の外に転がり出た。
「すみません…」
こんなことになってもどうしたらいいのかわからない己の不甲斐なさと、現在進行形で迷惑をかけている事実に頭を下げる。
「顔を上げて、エマ。」
ヒスイが優しい声で言った。
「確かに想定外の出来事だったけど、むしろ始めてでここまで魔法が使えるのはすごいことだよ。本当はもう少し慣れてから制限すべきだと思っていたんだけど…」
そう言うと、すいっ、と右手を上げ、間もなく家の扉がわずかに開き、再び閉まった。
ヒスイが呼び寄せたのは、エマのリザドールが入った袋だった。
それを受け取り、中身をそっと両手の小指にはめる。
一瞬、金属のひやりとした感触があったが、それもすぐに自分の体温に馴染んだ。
すると、窓から中の様子をうかがっていたレイがふう、と息を吐いた。
「止まった。」
ヒスイと駆け寄ると、確かに部屋を横切る茶色い残像は現れず、変わりに床にピクリともせず転がっているジャガイモが1つ見えた。
「本当だ。」
おそらく残りの4つも同じくどこかで力尽きているのだろう。
「よかった~」
ヒスイが安堵の声を漏らし、その場にどかっと座り込んだ。
そして間もなく、ふふ、と笑い始めた。
それを皮切りに、3人とも堪えきれない笑いが込み上げてきた。
「俺、あんなにまともに一発入ったの、久しぶりだ。
それも…っ、ジャガイモ……っ」
「僕もだよ。魔法で捕まえようにも、早くて。もはや恐怖だったよ。ふふ、相手はジャガイモなのにね。」
はー、笑った笑った。と、ヒスイが目尻の涙を拭う。
ひとしきり笑って漸く落ち着いてきたところだ。
「すみません。でも、皆が心配してくれていた理由がわかりました。危険ですね。魔力暴走って。」
そう言うと、レイとヒスイは目を丸くして顔を見合せ、珍しく声を揃えて言った。
「魔力暴走」
二人はもう一度顔を見合せ、若干言いにくそうに告げた。
「さっきのは魔力暴走というかね、」
「ジャガイモの暴走、だな。」
こうして、私の魔法演習はジャガイモ暴走事件から始まったのだった。




