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25. 偶然 あるいはそれ以外

夜半、いつの間に眠ってしまったのか、小さな物音に目を覚ますと部屋は深い闇に飲み込まれていた。


静まり返った冷たい空気は真夜中のそれで、夜明けまでまだたっぷりと時間があることを感じさせた。


ヒスイもレイも、いつも私が眠る頃か、あるいはそれより1時間ほど後にはもう眠りについているらしいので、階下の音の主は自ずと知れた。


物音をたてないよう、そっと廊下に出る。

暗がりに目が慣れてきた。

黒い手すりの輪郭を頼りにゆっくりと階段を下る。

手すりの向こうに目を凝らすと、階下の食卓の椅子に人がかけているのがぼんやりと見えた。その人影が振り向く。キョウだった。


「…エマ?」


ほとんど息ばかりの小さな声に僅かな驚きが乗っている。


「はい」


つられて私も声をひそめて返事をすると、目の前に橙色の優しい光が浮かび上がった。


階段を一つ下ると、光はふわふわと距離を保ったまま私の周囲を小さく照らしながら移動する。

そのまま導かれるように進むと、キョウの膝、肩、顔と同じ光に照らされて浮かび上がった。


「起こしてしまいましたね。」


キョウは隣の椅子を引きながら、少し申し訳なさそうに笑った。


私はぶんぶんと首をふって、椅子に座る。

一呼吸おいて、周囲に微かに魔力の気配が広がった。

目では見えないのに、そよ風のようなそれが自分を通り抜けて部屋を包み込む様を思わず目で追った。


「魔力探知はうまく出来ているみたいですね。」


キョウが今度は声をひそめることなく言った。

私がレイやヒスイを起こしてしまわないか心配していると、彼は少し笑って補足した。


「もう普通に話して大丈夫ですよ。声が外に聞こえないように魔法をかけたので。」


「さっきの魔力はそれだったんですね。」


「ええ。ヒスイとの特訓が上手くいっているようでよかったです。」


「それが、そうでもなくて、ですね…」


話題が核心に触れたので、早々に打ち明けることにした。






「なるほど…」


そう言ったきり、キョウはしばらく考えこんでしまった。


「エマ、少しだけ、話し相手になってくれますか。私達の現状について、そして、あなたに魔法が使えなくてもここに留まってくれることがどれほど有り難いか、一度きちんと伝えておきたいのです。」


キョウは真剣な表情でそう言った。

けれどその目が優しくて、その目を見ているだけで、自分の焦燥や不安が遠ざかっていくのを感じた。

不思議な感覚だ。これが安心するということなのかもしれない。

私が頷くと、キョウはお礼を言って話しはじめた。


「私がこの数日どこにいたかは、ご存知ですか?」


「王宮ですか?」


以前ヒスイがちらっと話していたので今回もそうかと思っていたのだ。案の定、キョウは頷いた。


「知っての通り、ここに身を隠してから何度か、私は王宮に顔を出しています。人と会う必要のある時や、遠隔では不可能な政務を行うために。」


ここから王都までの距離を頭の中で考えるが、当然、その旅路は気軽に行き来出来るようなものではない。

以前ヒスイが空間移動の魔法について話してくれたが、おそらくその類いなのだろう。


「私の影武者として過ごしていた護衛魔法席が暗殺を受けて、敵が一番警戒しているのは私に他の影武者がいるか否かでしょう。だからあえて、なるべく多くの人目につくように行動していました。王宮にいる時に襲撃を受けてしまったとして、正直 私は戦闘には不向きですから。」


しかし、人目につけばより狙われやすくなるのではないか。

知らず、口から疑問がこぼれた。


「なぜ…」


「護衛席が暗殺されても私が生きていたことで、身代わり魔法を使用していたことが敵に知られました。身代わり魔法の発動条件は概ね文献にも残っていて、例えば 身代わりとして他の人間を自分の姿に変える場合、被術者だけでなく場所そのものにも継続して魔法をかけ続けなければいけなかったり、身代わり魔法を発動している間 術者と被術者は一定の距離以上離れてはいけないなど、いくらか制約があるのです。とはいえ、基本的には王宮で生活していれば問題なく満たせるものばかりですが。」


「えっと、つまり…キョウが身代わり魔法を使えるとわかったことで、キョウが王宮にいても……いや、むしろ王宮にいることで、誰か他の人を身代わりにしている可能性を考えて敵は襲って来られない?」


「その通りです。まして護衛魔法席が不在の状況ですから、その代わりに誰が身代わりになっているかわからない以上、向こうも迂闊に手出しはできないはずです。王宮であればこんなところに隠れ住むよりはそもそもの警備も強固です。つまり、"普通に考えれば"私は王宮にいるはずなんですよ。」


王宮にいても、キョウならいずれ犯人を探し出せたはずだ。

だけどキョウは今ここにいる。

それは、つまり自ら危険に足を踏み入れたということで、もっと言えば、そうまでする理由が何かあるはずなのだ。

ここにいなければ得られないもの……それは、何だ?


「だけどそうはしなかった。それは何故ですか?」


すると、キョウは一瞬きょとんと驚いた顔をして、すぐにあっけらかんとして答えた。


「しいて言うなら勘、ですかね。」


「かん…」


私は完全に肩透かしされた心地で、力の抜けた笑いが漏れた。

キョウも少し気恥ずかしそうに笑う。


「まあ、勘とはいえ無根拠でもないので。結果として、エマに出会えて、黒幕の手掛かりも得られました。選択は間違っていなかったと思いますよ。」


「それにしてもリスクが大きすぎるかと思います。」


うーん、とキョウは少し唸って、観念したように向き直った。


「エマ、例の図書館ですが、実は政策の一部で私がつくったものなんです。」


「えっ、」


もっと早く言ってくれればいいのにと思ったけれど、キョウの方が気まずそうにしていたので飲み込んだ。


「実は建設時、普通の図書館では面白みに欠けるかと、せっかくなのでいくつかおまけの魔法をかけておいたんです。」


面白み…おまけ…突っ込みどころは多かったけれどこらえて続きを聞く。


「そのうちの一つが、探し物がみつかる魔法とみつから"ない"魔法です。」


みつかる魔法はともかく、


「みつから"ない"魔法って?」


「もちろん、図書館なので本を想定してかけた魔法だったのですが、見つかる魔法は読みたい本、知りたい知識がつまった本が見つかるように。

そして、見つからない魔法は、例えば本を傷つけたり盗んだりするような邪な気持ちを抱く人間が目的のものを見つけられないようにする魔法です。……まさか対象が人間であっても有効とは思いませんでしたが。」


「あっ!?」


私が逃げ込んでいたあの図書館で、追っ手にみつからなかったのは偶然ではなくて、つまり、本当にあの場所は魔法の図書館だったのだ。


「我々を狙う黒幕の一人はエマを苦しめていた人間で、あなたにはきっとずっと監視の目がついていた。そしてここからは仮説ですが、あなたが図書館で監視を逃れるようになってから、新たに監視をしていた人物こそが…」


そうだ、図書館の中で捕まることこそなかったが、途中からは出てくるタイミングがわかっていたかのように捕まることが度々あった。あれが偶然でないのだとしたら。


「"望遠の魔女"」


キョウと私の声が揃った。


望遠の魔女…自分以外の目を通じて遠くの景色を見ることが出来るという強力な魔法が使える唯一の魔法使い。

キョウや私の敵にいる可能性が高いという人物。

それが事実なら、どこへ隠れてもみつかってしまう、厄介どころか最悪だ。


「私の魔法は、空間にかけることが多いので、必然、その場所に足を踏み入れたり、魔力で干渉しようとしてきた人間を感知することもある程度は可能です。例えばよほど力のある魔法使いなどは。」


キョウはきっと、もっと以前から望遠の魔女か、あるいはそれ以外の13大の魔女が敵の中にいる可能性を考えていたのだろう。

そしてその気配が、偶然にもあの図書館でみつかった。


「だから、危険を侵してでも、この場所にやってきたのですね。」


キョウは静かに頷く。


それにしたってキョウが王族であることを考えると迂闊なことなのかもしれない。

けれど確かに今の話を聞く限り、キョウ本人が、自分を囮にしながら感知も行い、同時に調査を行うのが犯人に気づかれずに捕まえるため最適なように思える。


「しばらくは王宮と行き来しながら調査を進めていたのですが、エマと出会った日を境に、敵の動きが明らかに変わりました。王宮でのエサにつられなくなった。代わりに、この森や町の周辺で魔法に干渉するようになった。」


身代わり魔法の特性上、王宮から遠くはなれた場所にいるとばれた時点で身代わりのはったりは効かない。

つまり、望遠の魔女はキョウの姿を目にしたのだ。

それも、私の監視をしていて、偶然。


いや、あるいは私の目を通して、かもしれない。

先ほどまでの話を聞いていてふと思ったのだ。

私は追っ手から逃げているとき、路地裏や草影など、誰の目にも写らない場所で過ごしていた。ずっと監視を続けるには、私の目を使うのが一番手っ取り早いのではないか、と。


そこにキョウが接触したことで、私の目を通してキョウの姿を望遠の魔女見られてしまったのではないか。


「キョウ、」


謝ろうと開いた口を、キョウの人差し指がそっと抑えた。


「エマ、謝らないでください。結果、私のもとにあなたがいることを敵に知らせることができたのです。現状、これほど大きな抑止力はありません。」


「そう、でしょうか。」


「ええ、だから、このことは私に任せて、まずはエマの悩みを解決しましょうね。」


そう言って、キョウはいつものように優しく笑った。



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