23. クッキング-3-
じゃがいもが浮かぶ。
玉ねぎ、キャベツの1枚1枚が宙を舞い、人参は自ら包丁に身体を沿わせて回転して、向けた皮はバラバラとゴミ箱へ向かっていく。
これらが目の前で同時に起こっている。
当然、魔法だ。
ヒスイは人差し指を左右に弾ませてリザドールを振り子のように揺らしている。
「さっき見せたのは水魔法。主に水を集めたり、水の塊にして動かしたりすることが多いかな。そして次に見せるのは風魔法。一般的には風の方が水よりも習得が簡単だから、エマにはまずはこれが出来るようになってほしいんだ。」
そう言って、目の前で始まったのが現状、野菜のショーだ。
これを、出来るように…なれるだろうか?
「エマ、魔力の流れは見えてる?」
「はい。」
見えている。
なんならさっきよりもはっきりと見えている。
風魔法だからだろうか。
ヒスイが習得しやすいと言っていたのもそのあたりが関係しているのかもしれない。
人参の外側を薄い膜がくるくると回っている。対して包丁は台所との接地面に塊があって、そこに半分埋まっている形だ。固定しているのだろう。人参が当たっていてもぴたりと静止したままでいる。
玉ねぎやキャベツは、浮かんだ本体から、平たくて早い風が葉の隙間に滑り込むと、1枚ずつばらけてふわりと浮かぶ。浮かんでいる野菜の周囲は人参同様、薄い膜に包まれていた。
皮や野菜屑は1度台所に落ち、その上をゴミ箱へ向かって川のように流れる空気にさらわれ、動いている。
ジャガイモは、ただ宙に浮かんでいる。
「ジャガイモを見ててね。」
ヒスイが指を指すと、ジャガイモがその場で素早く回転し、皮が下から上へと一本の細長い紐のようになりながら剥け、あっという間に黄色がかった剥き身へと変身した。
「すごい…」
「それじゃ、仕上げ。」
すべての野菜がまな板の上に整列し、今度は彼らがその場に固定されると、その上を包丁が向きや角度を変えながらリズミカルに裁断していく。
ごろごろとカットされた野菜達は最後に水の入った鍋に順々に飛び込むと、眠りについたように静かになった。
あっという間の出来事だった。
「相変わらず器用だな。」
横で同じく見ていたレイが唸った。
「まあね。」
ヒスイは得意気に手をヒラヒラさせた。
「あの、浮かせるときと、下に固定するときの魔力の流れ方が違って見えたんですけど、実際はどう使い分けているんですか?」
考えながら見ていたつもりだけれど、魔力の観察なんて初めてだった。
ヒスイは私の質問に、目を見開いてにっと笑ってみせた。
嬉しさ半分、驚き…いや、感動半分といった感じで。
「いい質問だよ、エマ!」
と、その前に、とヒスイはすいっと私の後ろを指さした。
「?」
「ちょうどお湯が沸いたみたいだから、おやつにしよう。」
彼は茶目っ気たっぷりにウインクをした。
レイは慣れた様子でティーカップを準備している。
(いつの間に…。気がつかなかった。)
木製の大きなテーブルの上には、湯気のたつハーブティーとクッキーがちょこんと乗っている。
「じゃあ、食べながら聞いててね。」
そう言うと、先ほどまでいた台所の鍋に指を向け、リザドールが動き出す。
鍋からきれいに輪切りされた人参が一切れ飛び出て、浮かびながらまっすぐこちらへ向かってくる。
(なんだろう、面白い光景だ。)
人参はテーブルの上、私とヒスイの間におとなしく着地した。
「…乾いてる。」
「空気の流れに包んで来たからね。水魔法を合わせて使えば濡れたまま運ぶことも出来るんだけど。」
リザドールが再び揺れはじめた。
「まず、シンプルに浮かせる方法。風魔法も水魔法も基本的には本来固まるはずのない物に自分の魔力を溶け込ませることで操って、変形自在な塊として動かすことで成立するんだ。ただ、その動かし方でいろんなことが出来る。単純だけど応用の幅も大きい便利な魔法なんだ。」
「消費する魔力も少なくて済むしな。」
隣でレイがクッキーに手を伸ばしながら一人言のように呟く。
「そうそう。だからこう、あんまり軽視せずに腕を磨くべきなんだけど、最近は派手さ希少さが評価されがちで勿体ないなぁと思うんだよね。
と、いうわけで、エマには時間がないとはいえ、基礎からしっかり習得してもらいます。」
びし、と人差し指を立てたヒスイはなんだかいきいきしている。
人の世話を焼くのは性分なのだと数日前に夕食の後片付けを手伝っている時、会話の中でこぼしていたけれど、きっと彼自身自覚があるかは別として世話好きなのだろう。
私も負けじと元気よく返事を返した。
「で、まずはシンプルに浮かせる方法だけど、人参の上側と下側、両方に流れる風のスピードを変えるんだ。下側を早く、上側を少し遅く。」
ヒスイは魔法で浮かべた人参を指差し、私に周囲の空気に触れてみるよう促した。
確かに、人参の上下で薄い風が行ったりきたりしている。
そして何となくだが、下側の方が空気が固い、ような気がする。
空気に対して固いと言う表現は、おそらく適切ではないのだが、塊としての密度が他とは大きくとは違うのだ。
「下から上へ押し上げるんじゃないんですか?」
「それだと移動させたり、細かい調節がかえって難しいんだ。浮かせるものも安定しづらいしね。」
「なるほど。じゃあもしかして、固定するときも上側から押さえつける訳じゃない…?」
ヒスイの目がきらりと輝く。正解だ。
「その通り!物を固定するときは、反発を意識するんだ。」
「反発?」
試してみよう、と、ヒスイはテーブルに着地した人参の側面にそっと指を当てた。
「エマ、これから僕がこの人参をこの指だけで動かすから、エマは逆に君の人差し指だけで人参が動かないように力をかけてほしい。わかった?」
こくこくと頷く。
「よし、じゃあやってみよう。」
ヒスイがすーっと人参を前に押し出したので、私はその反対側から同じように押して人参を止めた。
すると今度はヒスイが別の角度から人参を押したので、私もその反対側から押して人参を止める。
こんなことを何回か繰り返すうち、ヒスイの言いたいことがわかってきた。
「わかったかもしれません。加わる力を予想して、それと同じ力を反対側から加えればいいんですね?」
「そういうこと!」
魔法って、もっと何となく出来るものだと思ってた。
一つ一つはこんなに地道な理論で構成されているんだ。
しかも、そのための知識は、私がこれまで読んできた魔法とは関わりのない本達からすでに学んでいたことだ。
図書館に魔法に関する本はほとんどなかったから、自信がなかったけれど、これならなんとかなるかもしれない。
それに、何より。
「魔法って、面白いんだ……」
それを聞いたヒスイは今日一番 瞳を輝かせていたのだが、それに気づいたのはレイだけだった。




