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22. クッキング-2-


「それで、何を作るんですか?」


「今日はポトフを作るよ。」


「ポトフ?」


聞いたことのない料理だ。

いや、そもそもの料理の知識があまりないせいもあるのか。

(そういえばレシピ本は、図書館でも読んでこなかったな…)


「場所によって名前が違うかもね。腸詰めと一緒に煮込んだ野菜スープだよ。具材もそこまで細かくする必要はないし、行程も少ないから簡単な魔法の練習にはぴったりだと思ってね。明日から色々と料理の作り方も教えてあげる。」


ふと、カラフルなタイルが敷き詰められたキッチンに目をやる。

オーブンにその上のコンロ、流し台、木のまな板、壁に吊るされた木べら、窓からの柔らかい日差しがそれらを明るく照らしている。ここから、これから、素敵なことが始まるのだと思うと心があたたかくなった。


「楽しみです。」


ヒスイは嬉しそうにうんうんと頷き、仕切り直す。


「それじゃあ、まずはお手本。見ててね。」


と、左手を握ったまま空の鍋の上にかざした。

今気づいたけれど、その人差し指に銀色のチェーンが緩く何周か巻き付けてあった。なにか、装飾品だろうか。


ヒスイが手を開くと、手の中に収まっていた銀製のおもりがチェーンの擦れる小さな音を立てて落下し、人差し指から下がった。


おもりはしばらく揺れていたが、次第に重力にしたがって、人差し指から垂直に吊るされた状態でぴたりと静止した。


「え、」


思わず声が出る。

おもりが鍋の中の"水面に"上下対称に映っていたからだ。

先ほどまで体だったはずの鍋の中に、今はたっぷりと水が張っている。

そのことに、ずっと見ていたのに、今この瞬間まで気がつかなかった。


「すごい!!いつの間に!?どうやって!?」


すごいすごいと興奮する私をヒスイは笑って宥めた。


「そんなに驚いてくれるとやりがいがあるよ。」


「ずっと見てたのに、私何が起こったのか全然わからなかった!」


ふむ、と人差し指を口に当て、少し考えて結論を出した。


「それは、エマが魔力探知じゃなくて視覚に頼って僕の魔法を見ていたからだね。」


「魔力探知?」


ヒスイは両手の掌を向かい合わせにして、その間にぶら下がったおもりと、下側の手の間に空間が出来るよう間隔を調整した。


「リザドールに触れないように、この隙間に手入れてみてくれる?」


「リザドール…」


この銀のおもりの名前だろう。今はぴたりと静止している。

少しどきどきしながらそっと手をさし入れてみる。


「?」


なにも起こらない。

そっとヒスイの顔を覗き見ると、少し目を伏せてリザドールに視線を注いでいる。そして、唇が僅かに動いたその時、私の手の上でリザドールが円を描き回転をはじめた。


「!」


風が吹いている。

それも、ヒスイの掌の間にだけ、リザドールの回転にあわせ渦を巻くようにして。


「よく見て。」


ヒスイが視線でリザドールを示しながら、言った。

銀のおもりは変わらず ぐるぐると手の間を回っている。


「今回っているのがリザドール。形は人や得意な魔法型によって様々だけれど、いずれも術者の魔力をまとっているんだ。魔法を使用している間は特に。」


そう言われて目を凝らすけれど、変わらず私の目にはなにも変わったものは見えない。


「あの、ごめんなさい。やっぱり私には…」


「大丈夫、はじめは皆そうなんだ。落ち着いて、もう少し続けてみよう。」


二人して回るリザドールを見つめ、しばらく沈黙が続いた。


(やっぱり何も見えない。…そうだ。音や風の感触にも気をつけてみよう。なにか掴めるかもしれない。)


旋回する風は意思をもって動く空気の塊のようだ。風や空気の動く音はほとんどしない。リザドールからも。

だけど、なんだか……冷たい?

そういえば、リザドールが回っている上側の空気だけ冷たい気がする。気のせいだろうか。


温度に集中していると、ふっと風の音が小さく聞こえている気がした。それと共に、一瞬、空気が動く"気配"のようなものをリザドールがまとっているように"見えた"。

そして、それが見えた瞬間、手の甲に氷をのせられたような冷たい刺激があって、思わず手を引いてしまった。


「っ!」


「エマ!?」


ヒスイが驚いて手を崩すと、ぴたりと風はやみ、リザドールも静止した。心配そうにしながら少々狼狽えている。


「あ…大丈夫、みたいです。」


手をさすっても特に冷たくなってはいなかった。

けれど小刻みに手が震えているのは、きっと身体に染み付いた痛い氷の刃の記憶のせいだ。

この恐怖も、これから飼い慣らさないといけないわけか。


ふう、と息を吐く。

大丈夫、大丈夫。まだ理性が勝っている。

ぐっと手に力を込めて握ると、食い込んだ爪の先からじわりと痛みが広がって、手の感覚が戻ってくる。

震えが落ち着いてきた。


すると、握り込んだ両手をそっとヒスイが包み込んだ。


「そんなに強く握ったら、傷になっちゃうよ。」


ゆっくりと手をほどかれる。掌にはくっきりと爪のあとがあったけれど、幸いまだ出血には至っていなかった。

ヒスイはその爪痕を痛ましげに眺めると、そっとさすりながら、授業を再開した。


「さっきは、何かわかった?」


「恐らく…ですけど、リザドールに近い空気が冷たい気がして、その温度に集中していたら、一瞬リザドールの回りに軌道のようなものが見えました。ただ、それが見えた時、急に手の甲に冷たいものが当たったような感覚があって、びっくりしてしまいました。」


「そっか。話を聞く限りだと、僅かにでも魔力は見えたみたいだね。手は、まだ冷たい?」


「いえ、本当になんともないです。」


ヒスイはそれでも心配そうに手に視線を落としている。

(お母さんってこんな感じだったのかな。)


ヒスイには申し訳ないと思いつつも、私はそんなことを考えた。


「そういうことは、キョウの目につかないところでやった方がいいと思うぞ。ばれたら面倒だ。」


「!?」


突如背後から現れたレイが神妙な声色で言った。

私は驚き、ヒスイは呆れて微妙な顔になって言い返した。


「あのねえ、絶対にレイが思っているような状況じゃないからね。きみ時々妹さんの影響受けすぎだから。」


レイには妹さんがいるのか。

というか、レイが思ってるような状況ってなんだろう。

キョウに見られるとまずいというヒントのせいで余計わからない。


その間も二人は若干話が脱線しつつなにやら言い合っていたが、すっかり見慣れてしまった私としては、今日も仲がいいなあと微笑ましく思うばかりだった。



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