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13. 学園

「エマ、起きてしまったんですね。」


キョウは立ち上がり、手すりに身体を預けてなんとか階段を下りようとしているエマのもとへ向かった。


「すみません。お手洗いに起きたら大きな声が聞こえたので…」


レイは自身の心当たりに眉間を揉んで、すまない、と頭を下げた。罰が悪そうだ。


「話はどこから聞こえていましたか?」と、キョウが手を延べながら尋ねると、エマは俯いて数秒沈黙した。


「学園に入学してもらおうって…ところから、です。あの、私のことですよね…?」

「ええ、そうです。」

キョウは一瞬だけ思案し、そしてはっきりと肯定した。


その返答を聞くと、ヒスイは小さなため息を一つ吐いてエマの分のお茶を入れにキッチンに向かい、レイは彼女が座る椅子を静かに引いた。

その様子にキョウは満足げに目を細め、エマを連れて席へと戻る。2人は、なんだかんだキョウに甘い。


「はい、眠る前だからハーブティーだよ。身体が冷めないように。」


「ありがとう…ございます。」


薄い蜂蜜色の液体からは、湯気と共に少し不思議な香りが立ち上っていた。エマはおそるおそる口をつける。まだ熱かったが、鼻を抜ける生姜や棗、何かの花の香りが心地よかった。


彼女の緊張が和らいだのを確認してから、キョウが話し始めた。


「先程話していたのは、あなたのこれまでとこれからのことです。あなたの話を聞いて、ご家族のもとに返すのは危険だと判断して、その上で学園への入学が最良ではないかと思ったのですが、もちろん エマ、あなたの希望が最優先です。どうするかは、この後の話を聞いて、よく考えてから、決めましょう。」


「はい。…ありがとうございます。」


エマは、感動していた。

自分がとっくに諦めていた学校へ通えるかもしれないこと。もうあの家に帰らなくてよいかもしれないこと。それらを自分の意思で決めてよいこと。

何より、数日前に会ったばかりの、ほとんど見ず知らずの彼らが、自分のためにそこまで考えてくれていること。


心の中ではもうほとんど結論が出ていた。


そのためには、情報が必要だ。

「あの、学園って…普通の町の学校とは違うんですか?」


素朴で一番重要な疑問を投げると、キョウは思い出話をするようにゆっくりと話し始めた。


「そうですね…。まず、"学園"とは、正式には『魔法使い養成学校』のことです。昔は魔法学園が名前につく学校が4校あったのですが、今は王都に1校しかありません。1校になってから呼び分ける必要がなくなったのと、それとほぼ同時期に国の管理下の一機関となったので、その時に名前が魔法使い養成学校と変わりました。現在残っている学校のもとの名前は『ポロネス学園』といいます。なので通称"ポロネス"や"学園"と呼ばれているんですよ。」


「そこからか?」と、隣で聞いていたレイが耐えきれず口を挟んだ。さらにヒスイも掩護射撃よろしく続ける。


「疲れてるとこあんまり夜更かしさせても良くないよ。一先ず要点だけ説明してあげよう。」


実際、遠くで梟の声が響くほど夜は深くなっていたし、エマも途中から机の下で指と指に時折爪を立てながらなんとか眠らないようにしているほどだったので、2人の言い分ももっともだった。

キョウは少ししゅんとしてエマに向き直る小さく咳払いして仕切り直した。


「要するに、学園とは、国が主導して魔法使いを育てるための学校です。そしてここでは、優秀な学生には貴族平民に関わらず奨学金が送られます。あなたには、入学試験で好成績をおさめ、奨学生としての入学を目指してほしいのです。」


キョウの強い意思が宿った瞳にみつめられ、エマはどきりとした。何かが変わろうとしている高揚感。それが現実であることに漸く実感が伴った瞬間だった。


「これは、国から将来の優秀な魔法使いへの投資であり、明け透けに言えば国からの恩を売らせてほしいという申し出です。一方、学生からすればその事実が栄誉であり、だからこそ費用に困らない貴族であっても奨学生を目指しています。」


「その分、奨学生に選ばれるのは難しい。」レイがはっきりと言いきる。


「そうだね。だけど奨学生になれば、学費も寮費もかからないし生活資金の援助もあるから、気兼ねしないで勉強できるんだよ。目指す価値はあると思うな。」

ヒスイはしみじみと言った。


「そういえば、ヒスイは奨学生でしたね。」


「まあね。」

ヒスイはおごった風もなく肯定する。


それに、と、キョウは再びエマに向き直った。


「エマ、これはあくまで一例ですが、特に奨学生は、国と将来の関係を見据えた一対一の契約関係にあります。つまり、一度入学してしまえば相手が誰であっても、あなたの許可無しで退学や休学を無理にさせることは不可能。あなたの意思が尊重されるんですよ。」


「私の、意思が…」


夢のようだった。疑うわけではないが、とても本当の話には思えなかった。心臓がいつもより強く鳴っている。

キョウは容赦なく、その先の言葉を続ける。


「そしてこれが一番の目的なのですが、学園で魔法の使い方を学べば、再びあなたを傷つけた男がやって来ても、抵抗する力を身に付けることができます。いつか一人で窮地に立たされた時にも、そこから自力で抜け出すための力を磨くことが出来るのです。だから…」


そこまで聞くと、エマは勢いよく立ち上がり、頭を下げた。驚いた3人は一瞬固まって、すぐに彼女の次の言葉を待った。


(なり方も、自分にその資質があるのかさえも不確かなのに無謀だとは思う。だけど、この機を逃したくない。)


「お願いします。私、その学校に入りたいです。」


エマは顔を上げるとキョウと真正面から目を合わせた。


「…奨学生として。」


その瞳には改めて問うまでもない覚悟が宿っていた。


そして再び頭を下げると、一言一言に祈りをこめながら、言葉を紡いだ。


「そのために必要なことを、どうか、私に教えてください。」

言葉の端にわずかに涙がにじんでいた。


3人は顔を見合せ、各々が覚悟を決め、小さく頷いた。

「エマ、顔を上げてください。」


その表情を見れば、彼らの返答は聞くまでもなかった。


「これから、忙しくなりますよ。」


キョウはそう言って嬉しそうに笑った。



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