11. 開放
そして、3日前。
あの日は、家族の様子も、男の様子も、いつもと違っていた。
私はいつぶりか、小さい頃に私が好きだった料理が並ぶ食卓に呼ばれた。
私のためだけの食事。父と母が見守る中、嬉しいのか、不気味で恐いのか、それとも悲しいのか。色々な感情に押し潰されそうになりながら、一言も話すことなく最後まで食べた。
何かおかしいと感じていながらも口をつけたのは、捨てきれない家族への情だった。
絶対にあり得ないと思いながらも、ある日突然、今まで通りの家族になれるんじゃないか。あるいは今日までのことが全て夢で、目が覚めたら元通りの日常に戻れるんじゃないか。
いつも、頭のどこかでそんなことを考えていた。
食事の後で、突然 強い眠気に襲われた。
ああ、やっぱり。そんなことあるはずがないのに。もうもとには戻れないのに、それでも。
考えてしまうんだよ。
目覚めた時。私はいつものように"あの部屋"にいた。
男は言った。
「君には価値があるんだ。その髪も、爪も、血液も皮膚も眼球も心臓もなにもかも。もっとも、その価値は生け贄としてのものだけれど、ねぇ。」
男は私の髪を掬うと、楽しげに手に乗った束をハサミで切り取っていった。はらはらと床に落ちていく髪をただ眺める。
そして、上機嫌で続ける。
「これまで君には私が必要とする時に新鮮な素材を提供する保管庫の役割があったが、惜しいけれど、今日でそれも終わりだ。」
男は人差し指ですっと私の左胸を示すと、
「次はこれが必要なんだ。まだ動いているくらい、新鮮なものが。…抵抗されても困るし、そうだな。」
そう言って男は何事か唱えると、頭に強烈なもやがかかって、いつものように、いや、いつも以上に何も考えられなくなった、
「血液もなるべくたくさん欲しいから、そのあとで余すことなく"全て"を有効に使わせてもらうよ、安心してね。」
そして宣言通り、男はなんの躊躇いもなく私の首に手をかけた。
いつもとは違う。確実に死に向かっている。目の前の男から感じるそれは、あまりにも淡々とした、殺意だった。
今気を失ったら、その間にこの心臓は男の物になる。
その次に目が覚めることはないんだ。
動きの悪い脳を叱咤しながら抵抗していたが、まもなく意識が朦朧としてきた。
その時。
突然、頭の中をこれまでのたくさんの場面が駆け巡って目の前の景色と過去の記憶がぐちゃぐちゃに混ざっていった。
気がつくと、男が床に倒れていた。
何が起こっているのかわからなかったがとにかく、深い傷はあったものの、なんとか立ち上がることができたので、男が目を覚ます前に部屋を逃げることにした。
不思議と頭がすっきりしていて、恐怖も感じなかった。
そして無我夢中で長い階段を駆け上がって、エントランスまで出ると、開いていた1階の窓から外に飛び出し、一刻も早くこの場から少しでも遠くへ離れなければとその一心で森を奥へ奥へと進んでいった。
そして、運悪く狼の群れに遭遇したのだった。
そこからは自分でもよくわからないけれど、逃げて、崖の前で群れに囲まれたあと、気を失って、気づくとこの家にいた。
気を失う前に炎のようなものを見た気もするけれど、結局身体のどこにも火傷がなく、夢か現か判然としなかった。
「ここまでが、私の経緯です。」
話を終え、息を吐き出す。すっきりした。
私が悪いわけではないのに、ずっと抱え込んでいた後ろめたい隠し事を白状したような、そんな気分。
「話してくれて、ありがとうございます。」
優しい声がした。キョウだ。
顔をあげると3人と目が合った。
「大変だったね。」とヒスイ
レイがその隣で頷く。
「最後まで聞いてくれて、ありがとうございます。」
その後、少し会話をして段々と気が抜けたのか、私は呑気にあくびを吐いた。
それを見て、レイがふっと息を吐く。
「ここも安全だ。だから、今日はもうゆっくり休め。」、
彼の表情も、先程よりはいくぶん明るい。
暗い話を聞かせてしまって申し訳なかったな、と1人反省するけれど、この場合伝えるべきは謝罪より感謝だろうと思った。
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、休みます。」
今さら追い出されても困ってしまうのだが、ふと当然のように彼らにもう一泊するつもりでいる自分に驚いた。
そんな様子を察したのか、レイが補足する。
「ここはもともと宿場だ。空き部屋には困らないし。怪我人が引け目を感じなくていい。」
「ありがとうございます。」
「というか!君は子供で僕ら大人!遠慮なんてしなくていいの!わかった?」ヒスイがもどかしそうに叫んだ。
その様子がおかしくて、笑ってしまう。
「では、送りましょうか。」と、キョウが立ち上がる。
「えっ、いや、大丈夫です!頑張ったら1人でも歩け…」
やや問答したものの、キョウが意外と頑固だったので再び寝台までは横抱きで運んでもらうことになった。




