1. 魔法使い
―親愛なる魔女たちへ、心からの感謝を。
エマ・フォルトナード
1. 魔法使い
胴体を食い破られ、むき出したあばら骨から肉や内臓がこぼれている死体を見た。数分前のことだ。
てらてらと光る臓器を夢中で貪っている狼が私に気づいたのは、私の体からも同じようにたっぷりと血の匂いがしていたせいだろう。怪我を"負わされ"森へ逃げ込んだところだったのだ。
町で噂を聞いた。
この1週間で3人が殺されているそうだ。
つまりあの人で4人目。私で5人目(予定)ということになる。
冗談じゃないと走って逃げ出したものの、スタートの瞬間から体力も気力も底をつきかけている最悪の状態。体をよじるたびに身体中の傷口がぱっくりと口をあけ、強烈な痛みが走った。
それだけじゃない、走る度に失われていく足の感覚。
そのくせ頭は一歩踏みしめるごとに激しい痛みの信号で脳を揺らす。
痛い、痛い、苦しい。
それでも足を止めたら、その瞬間にすべてが終わってしまう。
そうしてもがくように走っていたら突然、視界が開けた。風が全身を抜けていく。
……足場は、そこまでで途絶えていた。
(そんな…)
切り立った崖の縁に、私は足をかけていたのだ。
すぐに引き返さなければ。
「っ、」
振り向くと、周囲からご馳走の居場所を嗅ぎ当て興奮した獣達の呼吸が聞こえた。
……とっくに追い付いていたのだ。
いや、きっとはじめから、悠々と。こうして手負いの獲物を確実に追い詰めるためだけに、わざと私を走らせていたんだ。
先ほどまでの恐怖と悲嘆した気持ちが消えていく。
絶望だ。死が、私の手に触れる。
先頭の一匹の目が光った瞬間、狼達が一斉に飛びかかった。
こんな時に、こんな感情を抱いていることに、自分でも驚いている。けれど。
私は、怒っていた。
目の前が真っ白になる、身体が震える、激しい怒り。
それと同時に頭がすうっと冴えていくのを感じる。
狼が近づくのを無意識に目で追った。
瞬間、強い光が弾け、熱風の束が通り抜けた。
「!?」
腕の隙間から覗く景色は信じられないものだった。
炎だ。
迫る狼に咄嗟に突き出した手の向こう側で、炎が、爆ぜたのだ。
ごうごうと激しい勢いで大人の背丈よりずっと大きい炎が私をぐるりと囲んで燃え上がっている。狼は近づけず、怯んで遠巻きに見つめている。
(これは何?この炎はどこから……?)
不思議なことに熱を感じず、そしてよく燃えているのに、それ以上場所を広げることも、勢いが落ちることもない。まるで意思をもって私を守っているようだった。
これは、こんなことが出来るのは、"魔法使い"しかいない。
だとしたら、なぜ?
私を守ってくれる人なんて、いるはずが…
何が起きているのかわからずじっとしていたが、しばらくして、諦めた狼達はさっと森の奥へと戻っていった。
その姿を見届け安堵したのか、意識が遠退き、間もなくぷつりと途切れた。