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第80話 大奥秘密の焼き芋会

 落ち葉を集めて火をおこし、ついに焼き上がった黄金色の芋。

 皮を割ると、ねっとりと甘い香りが立ち上り、一同の鼻をくすぐった。


「うまい! これは……菓子にも劣らぬではないか!」

「ほくほくして甘い……こんな芋が世にあったとは!」


 久通も庭番も、薩摩藩主までもが目を丸くし、次々と焼き芋にかぶりつく。

 吉宗は満足げに頷いた。


(そうよ、焼き芋は老若男女みんなの好物。特に女子! 某国民的アニメのヒロインだって、焼き芋が大好きだったじゃない……でも堂々と言えない理由があったのよね)


 くすりと笑みを浮かべ、吉宗はつぶやいた。

「……これは、大奥に差し入れしてやろう」


 大奥に焼き芋が運ばれると、女中や奥女中たちは一様に首をかしげた。

「え、土の芋……? 上様は何を思し召しに?」

「甘味なら菓子舗から取り寄せればよいのに」


 怪訝な顔が並ぶ中、恐る恐る一口。

 次の瞬間、女中たちの目がぱっと輝いた。


「……あ、甘いっ!」

「ほくほくで美味しゅうございます!」

「これはまるで栗きんとん!」


 一口が二口、二口が三口へ。たちまち手が伸びて、焼き芋の山がみるみる消えていく。


「もっと欲しい!」

「今度は一人一本ずつにしてくださらぬと喧嘩になりますわ!」


 大奥は焼き芋の虜となった。



 だが、数日後。


「……あの、最近大奥で“ぷぅ”という音がやたら響くのですが……」

「お腹の調子が良すぎるというか……」


 女中たちが顔を見合わせて赤面。

 焼き芋の影響で、あちこちから控えめに、しかし確実にオナラの音が響くのだった。


「こ、これでは堂々と八百屋から買ってきてとは言えませぬ……」

「女子の嗜みとして……あまりに憚られまする……」


 ひそひそと集まる女中たちの姿に、吉宗は内心で吹き出した。


(やっぱり。某アニメのヒロインが焼き芋好きを隠していた理由も、これだわね……)


 それでも焼き芋の魅力は抑えられない。

「どうにか手に入れることは……?」

「毎日とは申しません。せめて月に一度は……!」


 女中たちが群がるのを見て、吉宗はやむなく事情を説明した。

「残念ながら、これは薩摩から取り寄せたものじゃ。そうそう手に入るものではない」


「えぇ……」

 女中たちは肩を落とす。


 だが、その場の空気を和ませるように、吉宗がさらりと口を滑らせた。

「まあ、芋そのものは丈夫でな。地に植えれば簡単に育つ。大した手間もいらぬ」


「えっ?」

「か、簡単に栽培できるのでございますか?」


 一斉に顔を上げる女中たち。

「それなら……庭で……」

「いえ、鉢植えでも!」

「大奥で栽培すればよいのではございませんか!」


 その日から、大奥の片隅にこっそりと芋の苗が植えられることとなった。


 やがて――毎年秋になると、大奥では秘密の焼き芋会が開かれるようになったという。

 お腹の都合で堂々とは言えぬが、誰もが心待ちにする、甘くてほっこりとした楽しみ。


 吉宗はそれを眺め、満足げに笑った。

(ふふん、これぞ倹約にして満足。飢饉にも役立つし……女子の笑顔にも効く! 一石二鳥じゃな)




 ――さて。


 大奥でひそかに芋が栽培されるようになってしばらくした頃のこと。

 江戸城に納品に来ていた商人が、たまたま台所に顔を出し、女中たちが焼き芋を分け合っているところに出くわした。


「これは……芋でございますか? ずいぶん香ばしい匂いが」

「まあ、少し召し上がってみなされ」


 勧められるまま、商人は一口かじった。


「なっ……なんと甘い! これが芋とは!」


 目を丸くし、たちまち虜になった商人は、城を出るや否や得意先に吹聴して回った。

 「江戸城で食べた“焼き芋”が絶品だった」と。


 その噂は瞬く間に広がり、町人の間で「焼き芋って何だ?」「食べてみたい!」という声があがるようになった。


 数日後。


「上様、最近町で“焼き芋”が流行りはじめておりまする」

 久通が報告に訪れた。


「ほう、それは結構なことじゃ」

 吉宗は目を細め、にやりと笑った。


(まさか大奥の“おなら問題”から江戸中に広まるとは……歴史とはわからぬものよな)


 心の中で小さくつぶやき、吉宗は肩を揺らして笑った。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。


今回の主役は、江戸城大奥でのお芋さわぎ。

最初は訝しんでいた女中たちが、一口で虜になってしまう――焼き芋の魔力、恐るべしです。


史実では、吉宗が享保の飢饉を機にさつまいもを広め、多くの人々の命を救いました。

ここでは少しコミカルに、大奥から江戸中へと噂が広がった……という形にアレンジしてみました。

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