第79話 秋の一大事!さつまいもを探せ
秋風が吹きはじめたある日。
ふと、むしょうに焼き芋が食べたくなった。
(落ち葉を集めて、焚き火で焼いて……皮をむけば、ほくほくの甘い香り……! これぞ秋の醍醐味よ!)
思い出すだけでよだれが出そうになり、居ても立ってもいられない。吉宗は台所へ駆け込み、奥仕えの八百屋を呼んだ。
「おい、芋だ。芋を持って参れ。……さつまいもじゃ!」
八百屋は首をかしげた。
「里芋でございますか? それとも山芋……」
「違う、違う! もっと長細くて甘くて……焼くと美味しいやつだ!」
「……はて?」
八百屋が完全に「???」となっているのを見て、吉宗は愕然とした。
(……え、嘘でしょ? 現代じゃスーパーに年中並んでたのに!? 秋には安売りで箱買いできたじゃない! 江戸に……ないの!?)
衝撃のあまり、その場で崩れ落ちそうになった。
執務に戻ったものの、頭の中は焼き芋でいっぱい。
久通が報告を読み上げていても耳に入らない。
(……ない、なんてことはない。探せば必ずあるはずよ。だって“薩摩いも”って言うじゃない。なら、薩摩藩には絶対ある!)
そう思い至った吉宗は、きらりと目を光らせた。
「久通。薩摩藩主を呼べ」
「……は?」
「よいから呼べ。至急じゃ!」
数日後。江戸城大広間に薩摩藩主・島津家の当主が呼び出された。
藩主は恐る恐る畳に座し、頭を下げる。
「上様、いかがな御用でしょうか」
吉宗はずいと身を乗り出した。
「薩摩の国に“さつまいも”なる芋があると聞いた。真か?」
島津藩主は目を瞬かせ、やや困惑した表情を浮かべる。
「……さつまいも? 存じませぬ。いかなる芋にございましょうか」
吉宗は勢い込んで説明した。
「長細くて皮は赤紫、中は黄色。焼けば甘く、腹持ちもよくて……そう、飢饉の折にも役立つものじゃ」
藩主はしばし考え、やがて手を打った。
「――ああ、それなら“唐芋”にございましょう。我が国で栽培しておりまする。農民の食といたしておりますが、江戸にはまだ伝わっておりませぬな」
「それじゃ! その唐芋を江戸に持ってきてくれ!」
吉宗の目がきらりと輝いた。
「江戸に普及させるのじゃ!」
藩主は思わず絶句した。
「は、はあ……御所望とあらば……」
(な、何ゆえ将軍自ら芋にこれほどご執心を……)
久通は脇でそっとため息をついた。
「……また始まったか」
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
史実の徳川吉宗は、享保の飢饉対策としてさつまいも(当時は唐芋)を普及させた人物としても知られています。
丈夫で収量も安定し、庶民の命を救った大切な作物でした。
今回はその史実を“主婦吉宗”らしくアレンジし、
「ただ焼き芋が食べたい!」という食欲から物語が始まる形にしてみました。
当たり前の食材がまだなかった江戸と、現代主婦の感覚とのギャップを楽しんでいただければ幸いです。
次回はいよいよ薩摩から届いた“初物”のさつまいも。
江戸でのお披露目はどうなるのか――お楽しみに!




