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第72話 白象、京都入り ― 紫宸殿にて冠位授与

 ――ベトナムから来た象が、ついに京の都へ到着した。


 朝まだき、御所近くの道はすでに人で埋まっていた。

「象が来るぞ」「あの大きな獣じゃ」――そんな声が町中に広がり、

魚屋も八百屋も、今日は早々に店を閉めて見物に向かう。


 長崎からの旅は船と陸路を繰り返し、

やっとのことで淀川をさかのぼり、伏見から京へと運ばれてきたのだ。


 港町・長崎では港近くの空き地に囲いを作って休ませたが、

京では御所の北側、乾御門近くの広場に一時的な囲いが設けられていた。

そこには藁を敷き詰めた寝床と、

竹で組んだ柵、そして飼料の山――干し草、米ぬか、野菜の山が積まれている。


 囲いの外には、早くも屋台や土産物を並べる商人の姿があった。

「象まんじゅう、どうですか!」

「象の絵入り団扇、ここだけのお土産!」

この日のために描かせたという象の姿絵があちこちに売られている。



 そして――この日の午後、前代未聞の儀式が行われることになっていた。


 御所の紫宸殿。

内裏の中心で、束帯姿の公家たちがずらりと並んでいる。

「冠位授与の儀……まことに珍しきことよな」

「人ではなく、獣に与えるとは……」

ささやき合いながらも、その表情はどこか楽しげだ。


 正面には、異国からの使節と象使い。

使節は色鮮やかな衣装をまとい、象使いは素朴な麻の衣。

その間に――巨大な象が、ゆっくりと姿を現した。


 背には赤い飾り布、額には花飾り。

象はきょとんとした目で公家たちを見回し、耳をぱたぱたと動かす。


 式は厳かに始まった。

「従五位下、広南白象」――その名が読み上げられると、

場内に小さなどよめきが走った。

公家の中には「わしより上ではないか……」と苦笑する者もいる。


 象には巻物の代わりに、花の首飾りと飾り布が贈られた。

象は鼻を器用に使い、花をひょいと持ち上げて自分の頭にのせた。

その仕草に場が和み、笑い声が広がる。


 儀式の後、象は再び囲いへ戻された。

その周囲には、見物客が波のように押し寄せる。

子どもたちは目を丸くし、大人たちは口々に感想を漏らした。

「こんな大きな生き物が世におるとは……」

「ほんに、仏の化身のような……」

「いや、あの耳の動きは猫に似ておる」――感想はさまざまだ。



 そして翌日から、江戸への旅立ち準備が始まった。


 象の飼料は、京の青物市場や近隣の農村から大量に買い集められた。

干し草、菜っ葉、芋、米ぬか……飼料だけで山ができる。

護衛は京の町奉行所からの人員に加え、江戸から派遣された武士たちも合流する。

人足の手配も進み、東海道の各宿場に宿と囲いの準備が指示された。


 旅立ちの日、京の町は再び人であふれた。

太鼓と笛の音が響く中、象はゆっくりと歩み出す。

「また来てなー!」と叫ぶ子どもに、

象は鼻を持ち上げ、ひときわ高く鳴いた。

その声は、京の空を越えて東へと響いていった。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。


広南従五位下白象様、ついに京都入りです。

御所の紫宸殿で冠位授与の儀まで行われるとは、まさに前代未聞。

実際に冠位を授けられたのですから、「事実は小説より奇なり」とはまさにこのことですね。


次はいよいよ江戸への旅立ち。

広南従五位下白象様の行列が、東海道をどんなふうに彩るのか――お楽しみに。


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