第7話 地は揺れ、天は鳴る
ここからしばらくはシリアス展開が続きます。
いつもの“節約主婦”コメディは少なめですが、吉宗は元気です(主婦魂も健在です)。
落ち着いたらまた笑える日々が戻ってくる予定ですので、どうぞお付き合いくださいませ!
吉宗が紀州藩主を継いで2年がだったある日。
「殿、お支度が整いました」
側仕えの声に促されて、私は羽織の裃の襟元を整えた。
登城の時間だ。
江戸城では、将軍家への挨拶と報告を済ませ、他藩の動向も耳に入れた。昼を回り、ようやく屋敷に戻ったのは午後一時を少し過ぎたころ。
(ふぅ……疲れた。着物、脱いでいいかしら……)
と思っていると、
「殿、お着替えのご用意を――」
と声がかけられる。
登城服を脱ぎ、普段着に着替えようとしたその時だった。
――ゴゴゴゴゴ……!
襖がガタガタと揺れ、床が波打つように軋む。
着物を片袖脱いだまま、私は畳の上で踏ん張った。
(な、何⁉︎地震⁉︎)
「殿、地震でございます!」
あわてて駆け込んできた家臣の声に、屋敷がざわつく。
「大丈夫でございますか!」
「私は平気だ。他の者に怪我は? 火の元は? 倉の被害は?」
「今、確認しております! ただ、かなり大きな揺れで……!」
「ならば急げ。まずは江戸城の被害状況を確認しろ。将軍家に何かあってはならん」
「ははっ!」
屋敷のあちこちで叫び声や足音が響く中、私は上着を着直した。
震えながらも、冷静に、藩主としてやるべきことを選び取る。
「江戸城に参る!」
*
江戸城では廊下を早足で進む足音に混じって、すれ違う家臣たちのざわめきが耳に入る。
「これほどの揺れ……いや、拙者も長く生きておるが、ここまでのものは初めてだ」
「御国元は大丈夫であろうか。わしのところは、海に近いゆえ、津波など……」
「拙藩も港町を抱えておりますので、心配でなりませぬ。
皆、表情には出さぬものの、内心の不安を隠しきれぬ様子で言葉を交わしていた。
*
そのころーー紀州では
地鳴りのような轟音とともに、城が大きく揺れた。
「っ、地震か――!? 皆、頭を守れ!」
城内にいた家臣たちが次々と棚や柱を押さえ、悲鳴が上がる。壁が崩れ、庭石が転がり落ち、瓦が鳴り響いた。
やがて揺れが収まると、城の周囲はほこりと瓦礫で覆われていた。
「城に大きな損傷があります! 天守の壁が一部崩落!」
「町はどうだ!?」
家臣が息を切らしながら戻ってきた。
「海沿いの町が……っ! 津波が来たと報告が……!」
*
その頃――。
海辺の村では、すでに異変が起きていた。
「海が……引いていく……?」
普段なら白波立つはずの入り江が、ざざざ、と音を立てて沖へと水を引かれていく。海底があらわになり、魚が跳ねているのが見えた。
「逃げろッ! 高台へ!」
村の長が叫んだ瞬間、遠くの水平線の向こうに、壁のような水が盛り上がった。
ゴォォォォ――ッ!
地響きのような轟音とともに、真っ黒な水が怒涛の勢いで押し寄せてきた。
堤防は一瞬で飲み込まれ、家屋が根こそぎさらわれる。
人々の悲鳴と、木造家屋の砕ける音が、地鳴りと重なって響き渡った。
水浸しの地面と、流された家々。立ち尽くす人々の背後で、家老が走り寄る。
「江戸へ早飛脚を! これは報せねばならぬ――」
そして、江戸の我が屋敷でも――
「殿、こちらも飛脚を。無事の報を伝えましょう」
「うむ。紀州が無事であることを祈るしかない……」
数日後、領地からの報告が交差した。
「紀州より早飛脚、到着!」
「城下町、壊滅。田辺・串本にて津波の被害甚大。死傷、千を超す
私は目を閉じた。
これほどの大災害。覚悟はしていた。だが、やはり胸が潰れそうになる。
「――参れ」
私は顔を上げ、信頼する家臣の名を呼ぶ。
「お前に託す。民の救出と援助を最優先に、すぐに紀州へ向かえ」
「はっ!」
「城のことは後でよい。まずは人命だ。必要な物資はすぐ手配する。迷うな、急げ!」
命を救えるのは、今しかない。
――すべては、生きてこそのものなのだから。
今回は大きな節目となる回でした。
地震という非常事態――それは今の私たちにとっても、昔の人々にとっても、大きな試練であることに変わりありません。
吉宗(中身は節約主婦)もまた、帳簿とにらめっこしていた日常から一転、藩主として“民を守る責任”に真正面から向き合うことになります。
財政がどうとか、倹約がどうとか言っていたのに、いざ命が関わる状況になれば、優先すべきはやっぱり「人」。
節約主婦、いよいよ本格的に“殿様”として覚悟を決めた瞬間でした。
次回からは、紀州の復興と、さらに加速する改革の幕開けです!
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