第66話 前代未聞の献上品、ただいま長崎にて待機中
吉宗は、差し出された巻紙に目を落とした。
そこには、長崎奉行・今村正長の筆で、整然とした報告が並んでいた。
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「去る日、清国・広州よりの唐船、定期貿易便の荷より、突如“象”なる巨獣が現れ候。
安南国よりの献上の意、との口上にて、象使い一名が同行。
ただし、書状等は未着にて、正規の手続きを経ず、現時点では正式な受領は致しておりませぬ。
象は港近くの空き地に繋ぎ、穏やかな様子にて餌を食し水を飲む。暴れず、扱いに慣れた様子。
つきましては、当奉行所としては速やかに江戸へのご判断を仰ぎたく、まずは御報告申し上げ候。
なお、移送の手段につき検討を始め候えど、これほどの巨躯、並の手立てにては運び難く――」
吉宗は、飛脚が届けた書状をゆっくりと巻き戻し、目を閉じた。
「……象……」
吉宗は呆然とつぶやいた。
空を見上げ、しばし言葉を失った。
江戸時代に、友好のしるしがまさかの“象”。
パンダ外交ならぬ、象外交ってわけ?
……いやいや、聞いたことないんだけど!?
こういうの、江戸時代では“よくある話”なの?
「のう、久通……こういうのは、よくあることなのか?」
「象とか、普通に送られてくるものなのか?」
久通は全力で首を振った。
「ありませぬ! 前代未聞にござりまする!!」
「……だよなぁ」
「それで――これ、どうしたら良いと思う?」
吉宗は広げた書状を前に、久通へ問いかけた。
「いらぬ、というわけにもいかぬだろうな……」
吉宗は大きくため息をついた。
そして、再び文面に目を落とし、つぶやくように言った。
「しかし、江戸まで……どうやって運べばいいのだ? あの巨体を……」
しばしの沈黙。
「……歩かせるしか、ないのでは」
久通の消え入りそうな声に、吉宗は頭を抱えた。
「ところで、費用はどっちが持つのだ? ベトナムか? 幕府か?」
(ちょっと待って、象ってめちゃくちゃよく食べるんじゃなかった?
餌代だけでも大変なことになるじゃないの⁉︎)
「まさかとは思うが……まさか、そのへんの草を食べさせておけ、とか言わんだろうな……」
吉宗はこめかみを押さえ、再び深くため息をついた。
「……とりあえず、長崎にはこの件、了承したと文を送ってくれ」
「あとは――そうだな、“そちらでいいように手配せよ”とでも書いておけ」
(うん、これでいい。象をどうやって動かすかとか、考えるのはあっちの仕事よね)
(こっちはすでに餌代のことで頭がいっぱいなんだから……)
パンダ外交ならぬ、象外交。スケールでかすぎて震えております……。
餌代、移送費、飼育環境……誰が面倒みるのよ!?(←たぶんこの人)
次回、ついに「象をどうやって江戸へ運ぶか」問題に迫ります。どうぞお楽しみに!
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