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第62話 定めなき法に、疑念は生まれる

書状に目を通していた吉宗のもとに、久通が小走りにやって来た。


「上様、大岡殿と石河殿が、謁見を願い出ております」


「……町奉行の二人揃って、か」


吉宗は書状を置き、視線を窓の外へと向ける。梅雨入り前の空は、どこか張り詰めたように曇っていた。



「「本日は急な謁見、誠に申し訳ございません」」


二人の町奉行は姿勢を正し、深く頭を垂れた。


一呼吸おいて、北町奉行・石河政朝が顔を上げ、静かに口を開いた。


「実は、上様にお願いがあり、参上いたしました」


吉宗は軽く眉を上げた。


「ふたり揃っての願いとなれば、ただ事ではあるまいな。申してみよ」


吉宗が目を細め、真剣な面持ちでふたりを見つめる。


政朝はひとつ深く息を吸い、まっすぐに言葉を紡ぎ出した。


「はっ。上様。近頃、町奉行としての務めを果たす中で、強く思うことがございます」


「……それは、同じ罪に対して、裁く者により刑が異なるという現状にございます」


吉宗の表情がわずかに動く。政朝は言葉を続けた。


「罪科において、百叩きとなる者もいれば、追放や禁固を命じられる者もある。中には説諭のみで済む者すらおり、民のあいだには“不公平”との声も上がっております」


「このままでは、民の間に疑念が生まれ、やがてはお上への信も揺の揺らぎにもつながりましょう。それは、治世において由々しき事態。……私は、法を明文化すべきと考えております」


政朝の言葉に、吉宗はしばし沈黙した。


「……なるほど。“明文化すべき”か」


軽く頷いた後、隣に控える忠相の方へ視線を向ける。


「忠相も、同じ意見か?」


「はい、上様」


忠相は一歩進み出て、静かに答える。


「法を定めることで、状況に応じた柔軟な裁きは難しくなります。しかし、それでも――ある程度の基準を設けておくことは、必要であると考えております」


吉宗は目を伏せ、再び考え込むように顎に手を添えた。部屋の空気が、静かに張り詰めていく。


やがて、


「――わかった」


と低く口を開いた。


「ふたりの申すことも、もっともだ。確かにこのままでは、裁きを受ける側に不信が残る。法が明文化されていなければ、裁く者も、裁かれる者も迷う」


そして顔を上げ、はっきりとした声で告げた。


「後日、南北町奉行に加え、勘定奉行、寺社奉行、老中の松平乗邑を中心に、法の整備についての協議を行わせよう。必要な人材を集め、話し合いの場を設けよ」


政朝と忠相は、深く頭を下げた。


「「ははっ」」


静かに、しかし確かに――

法を整えるという、新たな一歩が踏み出された瞬間だった。



謁見を終え、部屋に戻った吉宗は、畳の上にどさりと腰を下ろした。


「……まさか、刑法みたいなものが、いままでなかったなんて……」


信じられないというように天井を見上げる。


「罪と罰の基準が全部奉行の判断? 冗談でしょ……。え、じゃあ同じ泥棒でも、ある人は打たれて、別の人は放免って……。冤罪とかも多かったんじゃないの?」


ぽつりとつぶやくと、ぞわりと背筋に冷たいものが走った。


「いや、怖い怖い怖い……。現代だったら大問題よ!? ニュースでワイドショーが連日取り上げて、ネットは炎上祭りよ!? よく暴動にならなかったわね……って、あったか、一揆……」


両手で顔を覆って、小さくため息をつく。


「なんとかしなきゃ……ほんとに、江戸時代って恐ろしい……」


今回は、町奉行・石河政朝が「同じ罪に対する裁きが人によって異なる」という不公平さに疑問を抱き、大岡忠相とともに上様へ進言するお話でした。

現代の感覚からすると、法が整っていないことに驚くかもしれませんが、当時は裁きの多くが奉行の裁量に任されていた時代。

吉宗もこっそり震え上がっていましたね。


次回は、いよいよ奉行たちが集まり、「法を明文化する」ための話し合いが始まります。

江戸時代版・刑法制定物語、どうぞお楽しみに!


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