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第6話 節約改革、思わぬ落とし穴

江戸の町は、威勢のいい掛け声が飛び交い、干物の匂いが鼻をくすぐっていた、


「殿、そちらお気をつけて……!」


お忍びで外出した私は、加納久通一人だけ連れて、市場の中をゆっくりと歩いていた。


目的は、屋敷で使われている品の価格調査。支出を抑えるには、まず実態を知らなければならない。前世で節約主婦として鍛えられた勘が、今まさにうずいている。


「油屋は……あそこだな」


立ち寄った油屋には、所狭しといろいろな油が並んでいた。


----ー

菜種油 一升 七十文

魚油  一升 二十五文

椿油  一升 百文

綿実油 一升 五十文

ごま油 一升 八十五文

----ー


「灯り用ですかい? これが上等の菜種油でさ。1升で七十文、ええ匂いもしねぇし、煙も少ねぇ。お屋敷じゃこれが普通ですな」


「椿油は主に髪油として使われることが多く、灯りには贅沢すぎます」


「じゃあ、こっちは……魚油か?」

「ええ、いわしから搾った油でして。こっちは二十五文。三分の一の値段ですけどねぇ……匂いがね、ちとクセがあるんで」


「三分の一……。これ、灯り全部これに変えたら、相当な節約になるんじゃない?」


私の目がキラリと光った瞬間、後ろから声がした。


「……殿、それは……」


おずおずと口を開いたのは、ついてきた久通。


「どうした?」


「いえ……魚油は、確かに安うございますが……屋敷でお使いになるには、いささか……」


久通は言い淀み、店主に聞こえぬよう声を潜めた。


「――臭いが、屋内に残りやすく……お客様や奥向きの者が、不快に思うかと……」


私はうんうんと聞きながら、きっぱりと言い放った。


「構わぬ。臭いくらい、我慢せよ。節約は、まずは見えぬところからが肝要じゃ」



続いて炭屋に行った吉宗たち。

店頭には、大小の樽や俵が並び、蓋の隙間から黒い炭がのぞいていた。


「これが白炭しろずみ、紀州の備長炭でございます。火持ちは抜群、煙も少なく……ただ、一俵八十文と、少々お高い」

「こっちは?」

黒炭くろずみです。ならや雑木を使ったもので、一俵三十五文。煙は出ますが、庶民の台所なら皆これを」

「他には?」

「こちらは竹炭。火付きはいいが、火持ちが悪い。炊きつけに最適です」

「これはいくらだ?」

「一俵二十文でございます」


白炭と黒炭と竹炭の価格差にまたもや驚く。


(黒炭でいいじゃない。私は殿様だけど中身は主婦!)


「屋敷で使う炭を、黒炭にすれば……月に何百文も節約できるのう」


すぐ傍で控えていた加納久通が、少し困ったように口を開いた。


「しかし、殿。白炭は紀州の特産品。殿の御家、紀州徳川家が、紀州の炭を用いぬとなれば――」


吉宗はくすりと笑い、振り返った。


「紀州の炭は、白炭だけではなかろう」


「……たしかに、それは……ごもっともにございまする」


加納が言葉を濁す。だが、目はなお、どこか迷いを含んでいた。


「今は節約の時ぞ。格式よりも、中身が大事じゃ。煙たかろうが、我慢すれば済む」


吉宗の声に、揺るぎはなかった。


加納はしばし目を伏せ、やがて静かに頭を下げる。


「……御意。殿のお考え、しかと承りました」



次に訪れた薪屋でも同様に、値段と質をチェック。


「これが樫薪、火持ち最上。一束十二文」

「こちらの雑木薪は?」

「七文です。火持ちはそこそこですが、焚き火なら十分」


(高級な樫や楢の薪は高い。なら、もっと手頃な雑木の薪でよくない?)


吉宗は薪を手に取り、重さを確かめながら言った。

「これで風呂も沸くな。湯が熱けりゃ文句も出まい」

加納が小声で、「……湯の熱さに負けて、家臣が風呂を逃げ出すかもしれませぬ」

「その時は、冷めてから入り直させよ」



魚屋では、鯛やひらめに混ざって、鰯や鯵も並んでいた。


「鯛は立派だが、一尾で百文か……」


「こっちの鰯なら十文で三尾ですぜ。煮つけにゃもってこいです」


吉宗は身を乗り出す。「十文で三尾! ……これを甘辛く炊けば、見た目はともかく味は変わらん」


加納がやや眉をひそめる。「殿、それでは奥方のご膳には少々……」

「かまわぬ。骨ごと食えばカルシウムにも良い。健康にも節約にもなる、理想的ではない



野菜屋では、曲がった大根や小ぶりな人参が安く売られていた。


「こちら、形のよい大根。一本十文」

「で、こっちは……?」

「曲がり大根、三本で十五文。味は変わりませんよ」


吉宗は笑みを浮かべる。「味が変わらぬなら、曲がっていた方が徳よな」

加納がぽつり。「……殿は昔より、食にうるさかったはずですが」

「その分、無駄を嫌う主婦にもなったのじゃ」



屋敷に戻った私は、さっそく行動に出た。


使用人たちを前に、私は厳かに言い放った。


「灯り用の油は、今日から魚油に変えよ」


家臣のひとりが、おずおずと口を開いた。


「……しかし、殿。魚油は菜種油よりも匂いが強く、屋敷内に残りやすうございます」


「わかっておる!臭いくらい、我慢せい。今は経費を削ることが最優先じゃ」


その場が少しざわつくが、誰も反論できない。


「次に、炭と薪も見直す。調理用の白炭はやめじゃ。黒炭にせよ」


「黒炭は煙が多く、料理に匂いが……」


「かまわぬ。殿様の食事が少々香ばしくなろうと、腹がふくれれば良かろう。薪も、雑木や竹など安価なもので十分じゃ」


皆、複雑な表情ながらも、深く頭を下げた。


「ははっ!」


私は厨房へも足を運んだ。ちょうど夕餉の準備の真っ最中。立派な鯛と、きれいな形の大根が目に入った。


「……この魚、ずいぶんと上等じゃな。野菜も形が良すぎる」


料理頭が慌てて平伏した。


「これは殿にお出しする料理ゆえ、選りすぐりの品を――」


「その必要はない。魚は鰯でよい。野菜も曲がっておろうが、小さかろうが構わぬ。食えば皆、腹の中じゃ」


「は、ははっ!」


私は満足げにうなずいた。これで相当な節約になる――はずだった。


 


だが。


数日後、異変は起きた。


「殿! 屋敷中が……なんとも言えぬ、悪臭でございます!」


報告を受けて廊下に出ると……確かに、鼻をつんざく強烈な匂いが充満している。


「……これは……まさか……」


家臣がすまなそうに言った。


「魚油にございます。灯り用に使用したものが、日を追うごとに匂いをこもらせ……」


(や、やばい……)


まさか、ここまでとは。


「す、すまぬ……菜種油に戻せ。油は……節約対象外とする」


私はひそかに頭を抱えた。


(次からは気をつけないと……見えないところを変えるって、ほんと大変……!)




紀州藩江戸屋敷・厨房。

夕餉の支度を終えた女中たちが、炊事場の片隅で肩を落としていた。


「……はぁ〜あ。今日はまた一段と地味だったねぇ……」


「だよね。前はお殿様の膳に使った魚の切れ端とか、野菜の端っことか、もらえるの楽しみだったのに」


「それが最近は、なんかうちらのより質素な食事よ?煮干しと豆腐の味噌汁って……健康にはいいけど、ねえ?」


「うちの殿様、まさかほんとに“自分から”ああいうご飯、希望してるの?」


「さぁ……でも殿が“この魚は骨が多いが味は悪くない!”とか笑ってるの見たら、文句も言えないよねぇ」


「……ありがたくいただきましょ。おこぼれが減ったのも、藩のためだもんね」


と、誰かがぼそりと呟いた。


そして皆、小さく頷いた――笑いながら、ため息をつきながら。

吉宗の節約改革、いよいよ本格始動です!


まずは現代主婦おなじみ(?)の市場調査からスタート。油、薪、炭、野菜、魚……あれこれ価格を見ては「高い!」「これ、もっと安くできるでしょ⁉︎」とツッコミを入れながら、お屋敷に戻って即・改革命令!


──のはずが、まさかの異臭騒ぎ勃発。


「魚油は臭い」「安い炭は煙い」「安い魚は骨が多い」などなど、殿様の命令とはいえ現場は大混乱。でも、吉宗はくじけません。「これは実験!無理なら元に戻せばいい!失敗は成功のもと!」と、節約主婦魂で邁進中です。


面白かったら「評価」「ブクマ」していただけると励みになります!

今後の展開にもぜひご期待ください✨

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